異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第626話 カワウソ選帝侯対王党派将軍(1)

 私、ツェツィーリア・フォン・エムズハーフェンは暇をしていた。先鋒のリースベン師団、そして側面からの攻撃をになうジェルマン師団は、現在激戦のまっただ中にあるという話しだった。

 しかし、私の指揮するエムズハーフェン旅団は敵の迂回攻撃を警戒して後方待機中だ。なすべき仕事といえば周辺警戒くらいで、あとは旅団指揮本部でじっと報告を聞いているくらいしかやることがない。

 

「リースベン師団より入電。我が師団の部隊の七割が渡河を完了。後方警戒、ますます厳とされたし。以上です」

 

「了解。……作戦は順調だな、今のところは」

 

 野戦電信機に張り付いた通信兵(リースベンからの派遣要員なので獣人ではなく竜人(ドラゴニュート)だ)に返事をしつつ、懐中時計を確認する。

 渡河ポイントの確保にはやや手間取ったソニアだったけれど、北岸に橋頭堡を確保した後の動きはスムーズだった。速やかに周囲の安全を確保し、後詰め部隊を進出させる。あとは相手の火力源を叩き潰し、遊撃隊に後方攪乱をやらせつつみるみるうちに橋頭堡の周囲を制圧していく……。

 さすがはあのアルベールの腹心だけあって、このあたりの手腕は見事と言うほかない。さすがに別働隊のジェルマン師団のほうはそこまで手際よく動けていないようだけど、敵の主力がリースベン師団にかかりきりになっているおかげか苦戦しているという連絡は入っていない。

 

「敵が仕掛けてくるとすれば、今のタイミングだろうね」

 

 火のついた葉巻を片手に蓮っ葉な口調で言うのは、いかにも歴戦の古兵という風情の狼獣人。そう、ミュリン伯イルメンガルド・フォン・ミュリンだ。アルベールに叩きのめされた縁で、今の彼女は私の配下として働いてくれている。

 娘や孫はともかく、この老婆自身はたいへんに有能だ。正統派の用兵術を修め、豊かな経験に裏打ちされた嗅覚ももっている。司令官としてはもちろん、参謀としてもぜひ欲しいタイプの人材だった。

 

「ガムラン軍は、兵力では我が方に劣っている。この状況で逆転を狙うとすれば、増援を得るか迂回作戦を用いてこちらの側面や後方を狙うのが常道。我らエムズハーフェン旅団の役割は大きいだろう」

 

 軍学の教師のような口調で、私はそう返した。もちろんイルメンガルドの婆さんにとっては、こんなことは指摘されるまでもないだろうけど。まあ、我がエムズハーフェン旅団はこの間の戦争でアルベールにボコボコにされた帝国諸侯の寄せ集めだからね。士気にも練度にもバラツキがあるから、せめて意識だけでも共有しておく必要がある。

 

「偵察でしたら、わたくしめにお任せを」

 

 即座に声を上げたのは、賢しらな態度が鼻につく若い諸侯ジークルーン伯爵だ。この女は我が旅団の中でもかなりやる気のあるほうで、こうした任務にも率先して参加をすることが多い。

 まあ、もちろんそれなりの打算があっての行動だろうけどね。たとえば手柄をたくさん上げてアルベール体制の中での足場固めを狙っているとか、あるいは全開の戦争でいいようにやられた八つ当たりとか、もしくはその両方とか。

 

「よろしい、卿に騎兵四百を預けよう。ネズミ一匹見逃さぬ気持ちで、しっかりと敵の動きを探るように」

 

 まあ、内心がどうあれやる気のあることは良いことよね。ひとまず、ジークルーン伯爵には領主騎士や遍歴騎士とその郎党たちで編成した寄せ集め部隊を投げておくことにする。こうした部隊ははっきり言ってやや扱いづらいから、できるだけ他人に投げておくようにしていた。

 

「ありがたき幸せ!」

 

 こちらのそんな思惑など気にもしてない様子でジークルーンは敬礼し、指揮本部の天幕から出て行った。……それから、三十分後。そのジークルーン伯爵から伝令が送られてくる。曰く、敵騎兵の大軍が、ドナ村北方の田園地帯を西に進撃中。我が部隊だけでは対処不能、増援寄越されたし。

 

「案の定来たわね」

 

 指揮卓の上に広げられた地図を睨みつつ、私は小さくうなった。報告にあったドナ村というのは、我々が布陣しているロアール川南岸の街道沿いにある小さな農村だった。つまり、敵はすでに川の手前側にいる。

 

「逆渡河を許したという報告は来てなかったね……伏兵かい」

 

「だろうな。地の利は向こうにある。どうせ、最初から南岸の森か何かに騎兵部隊を潜ませてあったのだろう」

 

 アルベール軍は豊富な鳥人兵を生かして盛んに飛行偵察を繰り返していたけれど、敵翼竜(ワイバーン)騎兵による邀撃などもあってガムラン軍の布陣状況のすべてを把握できていたわけではなかった。伏兵を仕込んでおくような余地は、おおいにあったことだろう。

 ひとまず得られた情報はすべて野戦電信でソニアのほうに送り、敵へどう対処するかの思案をする。アルベール軍の現在の総大将はソニアだけど、彼女はロアール川の突破にかかりきりだ。後方の警備は我々の仕事なのだから、能動的に働く必要がある。

 

「ドナ村から西へ向かっているということは、狙いはリースベン師団の背中だな。問題は敵の規模だが……」

 

 ジークルーン伯爵の報告では、くだんの騎兵隊は大軍という言葉で表現されていた。彼女に預けてあった兵力は決して小さいものではないから、それで対処不能なレベルとなると最低でも敵の規模は連隊級、千名以上か。

 うーん、微妙な雰囲気。リースベン師団は既に主力を北岸に渡らせているから、騎兵一千でもなかなかの脅威になる。もちろんこうした事態に対処するために私たちエムズハーフェン旅団がいるわけだけど、これの阻止のためにどれだけの戦力を動かすかという点がなかなかに悩ましかった。

 

「ガムラン軍の総兵力は、たしか二万程度だったねぇ。リースベン師団とジェルマン師団を同時に相手にしつつ、遊撃に振り分けられる戦力というと……多くても三千くらいが限度か」

 

 年は食っても頭の冴えは変わっていないイルメンガルドが、あっという間にソロバンを叩いてみせる。伏兵部隊の予想兵力は、最低でも三千か。陽動作戦を実行できる程度の余裕はある数ね。

 私が何を恐れているかといえば、ジークルーン伯爵の発見したこの部隊が単なる餌であるという可能性だった。これを撃滅しようと私が主力を動かした途端、別の場所から伏兵が出てきてこちらの脇腹や背中に短刀をブスリ……おおいにあり得そうなシチュエーションよね。

 

「敵の狙いが、ただたんにリースベン師団の背後を突くことだけであれば話は簡単なのだが。しかし、相手は知将と名高いガムラン将軍だ。どれだけ警戒してもし足りないということはあるまい」

 

 コホンと咳払いをして、私は旅団指揮本部に詰める貴族たちを見回した。その通りだと頷く者も居れば、小首をかしげている者も居る。エムズハーフェン旅団はしょせん寄り合い所帯だから、このあたりの意識や能力の差はたいへんに激しい。

 この明確な弱点を突かれてはたまったものではない。私は一瞬、頭の中で思考を巡らせた。ガムラン将軍の思惑は何だろうか? 今、手元にある情報だけではまだそれを推理するにはピースが足りない。ここは、勇み足は避けて敵の出方を見るべき盤面ね。

 

「リースベン師団を狙うとみせかけてジェルマン師団を襲う。あるいは、さらにこちらの防備を迂回して後方の補給拠点をねらう。そういった策を用いてくることも十分に考えられるだろう。そうした攻撃に対処するだけの戦力を残しておくとなると……ジークルーン伯爵に送ることができる増援は、一個連隊程度が限度であろうな」

 

「一個連隊……一千といったところですか。その程度の戦力では、ジークルーン伯爵が交戦中の敵部隊を撃滅するのは困難なように思えますが」

 

 いささか不満げな様子で、一人の諸侯が声を上げた。私の方針が戦力の逐次投入に見えたのだろう。たしかに、増援を出し惜しんで手痛い反撃を食らうのはバカのやることではあるだろう。

 ましてや、敵はあのガレア王軍だ。その装備や軍制はリースベン軍に準じており、敗軍の寄せ集めでしかない我らエムズハーフェン旅団を遙かに上回っている。同数か少しばかり上回る程度の兵力では、当然勝利は見込めない。敗北を避けるので精一杯だろう。

 けれども、私たちエムズハーフェン旅団の仕事はあくまで友軍の背後を守ることであって、敵を殲滅することではない。よっぽどの事態では無い限り、全軍を上げて攻撃するような真似は避けなくては。

 

「むろん、そんなことは承知している。この増援はあくまで偵察の延長だ。ジークルーン伯爵にはあくまで敵の進撃の阻止だけをやってもらい、その上で敵の出方を見る。いわば、大規模な威力偵察のようなものだ」

 

 その言葉を口にしてから、あの伯爵にそこまで繊細な作戦を実行する器量があるだろうか? と嫌な考えが頭をよぎった。手柄を焦った新興貴族が、無茶な戦い方をして無意味に敗れることなんてよくあることだからね。

 ……でも、大丈夫。たしかにジークルーンは一見無鉄砲そうに思えるけど、あのアルベールと直接戦って生き残った女だもの。ジークルーンが愚かな将校であったのなら、今頃彼女はミュリン領の戦野で屍をさらしているはずよ。

 

「ジークルーン伯爵には負担をかけるが、致し方あるまい。殴りかかろうと大きく腕を振りかぶり、その隙に足をすくわれてはたまったものではないからな。諸君らも、軽挙妄動は絶対に避けるように」

 

 念押しするような口調で言いながら、私は再び周囲の者たちを見回した。こいつらがどこぞの野蛮人みたいに好き勝手暴れ始めたら、絶対にガムラン将軍には勝てない。二度目の敗北を避けるためならば、嫌われ役でもなんでもなってやろうじゃないの。

 

「まずはガムラン将軍のお手並み拝見といこうではないか。ガレア王軍屈指の知将の実力、実に楽しみだな」

 

 冷や汗の滲む手を握りしめながら、自信満々のセリフを吐く。その言葉と裏腹に、私の心には硬い緊張が満ちていた。

 

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