異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第643話 くっころ男騎士の決断

 王城の本丸と二の丸を繋ぐ、さして広いわけでも無い通路。そこに立ち塞がるように布陣したマリッタ騎兵隊は、長大な馬上槍をズラリと並べて突撃体勢を作っている。号令が下れば、即座に突撃に移れる構えだった。

 騎手本人はもちろんその乗騎までもが馬鎧をまとった重装騎兵は、ライフル兵にとっては天敵に近い相手である。魔装甲冑(エンチャントアーマー)の強度の前にはライフル弾は通用せず、より大口径の大砲で対処するか、あるいは白兵で装甲の隙間を狙う以外に対処法は無い。結局のところ、ライフル兵ならではの優位が軒並み潰されてしまうということだ。

 

「さようなら、アルベールくん。それに、みんなも。後は、すべて、お任せあれ」

 

 そのような難敵を前にしてネェルの放った言葉が、僕の頭蓋の中で反響する。その空笑いめいた色のついた声には、ひどく覚えがあった。前世の僕が、戦死することになった戦い。あの時の僕は、今のネェルと同じような言葉を吐いていた覚えがある。

 思えば、あの戦いも今と同じような状況だった。圧倒的に優勢な敵集団(”軍”ではなかったが)、味方からの支援は受けられず、配下の部隊は精鋭ではあっても寡兵。さらに言えば、守り通さねばならぬ相手がいることすらも同じだ。

 違いと言えばただ一つ。前世の時の護衛対象は戦火から逃れようとする避難民たちだったが、今回の場合は自分自身が守られる対象であるという点だ。……だから、今回ではあの時用いた策――捨て身の遅滞作戦(捨てがまり)は使えない。僕が倒れれば自動的に作戦は失敗になってしまう。

 

「ネェル!! あんた、自分が何言ってるのか分かっているの!?」

 

 カリーナの激しい声が、一瞬前世に飛んでいた僕の意識を現世へと戻した。我が義妹は、悲壮な表情でネェルの背中をバシバシと叩いている。

 

「一人だけ残って時間稼ぎをするつもりってことでしょ、それ! ふざけないでよ!」

 

「ふざけて、なんか、いません。他に、手は、ないでしょう」

 

 対するネェルの声は、鋼鉄のように硬かった。すっかり決意を固めている態度だ。

 

「……カリーナちゃん。早く、降りて。間に合わなく、なる前に」

 

 僕の頭脳の中の一番冷徹な部分は、彼女の案を肯定していた。現状もっとも少ない損害で状況を切り抜けられる策が、ネェル単独による突破・遅滞作戦だ。

 彼女が捨て身で突撃すれば、あの重厚な騎兵陣だって抜けるだろう。そこからさらに反転し、倒れるまで足止めし続ければいかにマリッタとはいえ手も足も出ないはずだった。

 だが……それをやればネェルは必ず死ぬ。強力無比な彼女とはいえ、無敵では無いのだ。僕はちらりとネェルの二の腕に視線を向けた。

 そこには無残な銃創が刻まれており、当然ながら未だに少なくない出血が続いている。このようなダメージが積み重なれば、ネェルといえどいずれ力尽きる。無敵の人間などこの世には存在しないのだ。

 

「バカいってんじゃないわよ!!!!」

 

 カリーナが、今まで聞いたことの無いような大声で叫んだ。その声音には、道理を蹴っ飛ばして無理を通すような強さがある。

「この私に友達見捨てて逃げろっての!? あんたが死ぬなら私も死ぬからね!! ついでに言えばこの子も死ぬから!! 人質がいるのよこっちは!!」

 

 そのまま、我が義妹はまるでひっつき虫のようにネェルの背中に張り付いた。頑として降りない構えだ。さらに言えば、カリーナの背後には気絶した例の男中(メイド)くんが荒縄で縛り付けられている(落下しないようカリーナが縛ったらしい)。人質とは彼のことだろう。

 ネェルは「えっ、あの、ちょっ」などと言いながらなんとか無理矢理カリーナを引きずり降ろそうとするが、上手くいかない。カマキリにとって、背中はまったくの死角なのである。

 

「よく言った! カリーナ!」

 

 僕は、満面の笑みを浮かべてそう言ってやった。ああ、そうだカリーナの言う通りだ。マリーンは決して味方を見捨てない。捨てがまりなどさせるものか。

 

「ネェル! 君の上官は僕だ、命令に従え! 捨て身なんか許さない! 禁止だ、禁止ッ! 生き延びるならみんなで、だ!」

 

 そんなことを言いながら、僕は心の中でどうしようもない後悔をしていた。今、ネェルがやろうとしていたことは、前世の僕が通ってきた道だ。いま、僕は彼女の選択を誤りだと感じている。つまり、前世の僕の選択もまた誤っていたということだ。

 軍人のもっとも大切な素養は、最悪の状況でも最善にむけてあがき続けることだろう。そう、ちょうど今のカリーナのようにだ。安易に思考停止して自己犠牲に酔っていたあの時の僕は、ただしい軍人とは言えなかった。

 

「アルベールくん!? でも……」

 

 背後のカリーナを引っかけようと鎌をフリフリしつつ、ネェルが困惑する。カマキリの体では、どう頑張っても自分の背中は触れないのだ。その鎌は無為に空を切るばかりだった。

 

「人質を追加しといて良かったね。流石のカマキリちゃんも、友達と男を道連れにはできないだろ」

 

 ニヤリと笑いつつ母上が呟く。なるほど、男中(メイド)くんをネェルに任せたのはこういう意図があったわけか。冴えてるね。

 

「さすがは母上……」

 

 僕の賞賛に母上はさらに笑みを深め、こちらに拳を突き出してくる。こちらもそれに応え、拳同士をコツンとぶつけ合った。……当然ながら母上は籠手をつけていて、こちらは素手だ。結構痛いぞ、ハハハ。

 

「ネェル、あいつら全滅させるぞ。そうすりゃ足止めなんか必要なくなるだろ」

 

 ネェルに歩み寄った僕は、剣先でマリッタらを指し示しながらそう言った。相手が最精鋭の強敵である事だとか、彼女がソニアの義妹である事だとか、そんな事実は僕の頭からは飛んでいる。みんなが生き残るためにはそんなことに思考を割いている余裕はない。今は、ただ敵を打倒することだけを考えていれば良いのだ。

 

「自信満々じゃないか」

 

 言葉を返したのはネェルではなくマリッタだった。その声音には侮られたことに対する怒りが満ちていたが、その裏には迷子になった小さな子供のような不安が隠れている。

 彼女としても、このような状況には複雑な思いを抱いているのかもしれない。ソニアの妹だけあって、マリッタには妙に繊細な部分があった。

 

「虚勢を張るのはよせ、アルベール。もはや貴様に勝ち目は無い……部下や母親を無駄死にさせたくないなら、いい加減諦めるべきだ」

 

 臨戦態勢の部下たちをちらりと見てから、マリッタは悠然とした態度でそう語りかけてくる。虚勢を張ってるのはお前も一緒だろうにな。何年もの付き合いがあるのに、見透かされないとでも思ってるのかね……。

 

「なんだよ、マリッタ。今更ビビッてんのか?」

 

 だから、僕はあえて憎々しい声音でそう言ってやった。顔には自然と笑みが浮かびつつある。死地で飛ばす軽口ほど楽しいモノはない。

 

「いつまで待たせる気だよ。御託抜かしてないでさっさとかかってこいや」

 

「……ッ!!」

 

 なかなか突撃に移れないことを揶揄され、マリッタは凄まじい形相で歯をかみしめた。この反応、図星だね。こいつ、やっぱり攻撃を躊躇してたみたいだな。なかなか突っ込んでこないと思ったよ。

 

「なんで、この状況で、挑発しちゃうの……」

 

「アルベールだからじゃよ」

 

「ああいう、エルフみたいなとこ、ダメだと、思います」

 

「ワシもそう思う」

 

 隣でネェルとロリババアがボソボソと何かを話しているが、僕はあえて無視した。ムハハ、これだけマリッタのヘイトがこっちに向かったら、もはやネェルによる陽動なんて実行不能だろうなァ?

 

「こちとら、さっきからの逃避行ですっかり疲労困憊なんだよ。そんなヘロヘロな男ひとりファック出来ない程度の胆力で、よくもまあ偉そうに騎士ヅラできたもんだなこの野郎」

 

「こ、この男ふざけやがって……! その放言、後悔するなよッ!」

 

 さらなる追撃にマリッタは完全に激高した。いや、彼女だけでは無い。その配下の騎士たちもまた、怒気をあらわに槍の穂先を震わせている。そりゃあ、公衆の面前で上官がバカにされたらキレるわな。

 このまま怒りで我を忘れてくれれば、ずいぶんと戦いやすくなる。そのままブチ切れてくれ。……まあ、実際のところ万事上手くいってマリッタ騎兵隊の排除に成功しても、状況はそんなに改善しないんだが。

 なにしろ、マリッタの出陣でずいぶんと時間を稼がれてしまった。いい加減、他の王軍も態勢を立て直して迎撃に出てくるだろう。マリッタを倒し、増援の王軍を倒し、城門と城下町を越えて逃亡する……相当無理ゲーだぞ、これ。

 まあ、でも……ネェルにこれだけ見栄を切っちゃったわけだしな。今更イモなんか引けないだろ。無理ゲー? たいへん結構。大好物だよ、そういうの。

 

「この傲慢なクソ男に天誅を下す! やるぞ、貴様ら!」

 

 僕とマリッタは、同時に覚悟を決めたようだった。サーベルの切っ先を振り上げた彼女は、こちらをまっすぐに見据え号令を下す。

 

「総員、突げ――!」

 

「そこまでだ!」

 

 その瞬間のことである。しわがれた、しかし力のこもった声が、戦場に響き渡る。いままさにサーベルを振り下ろそうとしていたマリッタが、凍ったように動きを止め僕たちの遙か背後に目をやった。

 

「そんな、陛下……!? どうして」

 

 陛下!? 陛下と言ったか!? 予想外の言葉に混乱しつつ、僕も後ろを振り返る。そこに居たのは……体調不良で寝たきりになっていたはずの、ガレア国王陛下その人だった。

 

 

 

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