異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第644話 くっころ男騎士とガレア王

 ガレア王国の国王、パスカル・ドゥ・ヴァロワ。御年八十三歳の彼女は、去年から続く国難のせいか実年齢よりもさらに老け込んで見えた。背中はすっかり曲がり、膝は今にも砕けそう。どうやら自力で立つことすらままならないらしく、その体は隣に立つ臨時近衛団長バリルエが支えていた。

 だが、そんな彼女の目には尋常ならざる光が宿っている。老いにも苦難にも屈さぬという気迫の光だ。彼女は、そんな威厳に満ちた目でいままさに激突しようとしていた僕たちとマリッタ騎兵隊を睥睨している。

 

「陛下の御前であるぞ! 双方、剣を収めよ!」

 

 陛下を支えるバルリエ氏が、張りのある声でそう命じた。……なるほど、読めたぞ。陛下を連れてきたのはバルリエ氏だな? 妙に近衛が静かだと思ったら、裏でこんなことをしていたのか。

 僕はちらりとマリッタのほうを伺った。下したハズの突撃号令が不発に終わってしまった彼女は、すっかり混乱した様子で新たな命令を出せずにいる。上官がそういう状態だから、部下の騎士たちも動けずにいるようだ。

 いや、もちろん困惑しているのはマリッタたちばかりではない。母上やジョゼット、ネェル、そして僕自身すらも、振り上げた拳の降ろしどころを見失ってしまっている。例外はロリババアくらいだった。

 

「失礼いたしました、陛下」

 

 僕は大きく深呼吸をして、陛下の方へ振り返った。そのまま間髪入れずに膝を折り、臣下の礼を取る。頭蓋と腹の中にはまだ熱い戦意が煮えたぎっていたが、努めてそれを冷却する。陛下のご登場は、状況を一変させるだけの衝撃があった。ここから戦闘を再開するのは上手くない。

 まあ、いいさ。むしろ状況は改善している。バルリエ氏は両者に剣を納めろと言った。つまり、望んでいるのは話し合い。ここからどういうふうな流れになるのかはまだわからないが、殺し合わずに済む道があるならそれを選ぶべきだ。

 

「……」

 

「……」

 

 ジョゼットや母上、そのほかの近侍たちも僕に続いて跪く。一言の疑問も挟まないあたり、僕の意図を察してくれたようだ。

 

「……チッ」

 

 こうなると、困ったことになるのがマリッタ騎兵隊だ。ここで攻撃を仕掛ければ、陛下の心証を損ねるのは確実。不承不承にサーベルを収め、部下たちに下馬するように命じた。貴人を馬上から見下ろすのは不敬だからだ。

 よし、よし。連中を馬から引きずり下ろせただけでもずいぶんと状況は楽になった。もし陛下が僕たちの捕縛を命じても、即座に反転攻撃をかければ突破の目は十分にある。最悪、陛下を人質にするという手もあるわけだし(もちろん、本当に最後の手段だが)。

 

「はぁ」

 

 膝を突き頭を垂れる騎士たちを見回し、陛下は深々とため息を吐いた。そして、頼りない外見からは考えられないようなしっかりした声で「頭を上げよ」と命じる。

 

「訓練にしてはずいぶんと派手にやったな、マリッタ・スオラハティよ」

 

「く、訓練!? 訓練と申されましたか、陛下!」

 

 怒気の籠もった声でマリッタはそう言い返した。耄碌しやがったのか? ババアめ。そう言いたげな口調である。まあ、気分はわかるよ。『あいつめ、絶対に許さん』そう思って剣を振り上げたところで、いきなり制止されたわけだからな。そりゃイラついて当然だよ。

 

「なに、実戦なのか。このパレア城が戦場になるなど、何十年ぶりであろうか。いや、去年の夏も同じようなことがあったな。まったく、穏やかな治世が余の密かな自慢であったというのに、代替わりの直前になって突然に乱れはじめたものだ」

 

 対する陛下の声にも痛烈な皮肉が込められていた。もちろん陛下も去年の王都内乱を忘れていたわけではなく、イヤミを言うためにあえてすっとぼけたのだろう。

 

「確かに陛下の宸襟を安んじ奉るのは我ら臣下の義務ではございますが、だからこそ不埒な輩は見逃せませぬ! 陛下! どうぞわたくしめにアルベールの一党を討てとお命じください!」

 

 陛下がそんな命令を出す気なら、わざわざマリッタの突撃号令をかき消すタイミングで声をかけたりしないと思うんだよな。表情には出さずそんなことを考えていると、案の定陛下は額を抑えて首を左右に振った。

 

「凪いだ水面にあえて波風を立てておいてよくそのようなことが申せたものだ。耄碌したとは言え、余が貴様らの考えを知らぬと思うてか」

 

 そう語る陛下の顔が青ざめて見えるのは、夜空を照らす月光のせいばかりではないだろう。

 

「……すでに走り出した車だ。大した実権など持たぬ今の余に、貴様らを止めるすべは無い。しかし、我が庭先でそれ以上の狼藉を続けるのは認められんな」

 

「……」

 

「言い訳を申す口も無いか。道理の通らぬ事をするからそうなる」

 

 おう、おう。胃が痛くなりそうな叱責だな。それに挟まれるこっちの身にもなってほしい。いや、命をかけた殺し合いよりはマシかもしれんがね。

 

「ブロンダン……の、息子の方。なにを他人事のような顔をしておるか。貴様が全ての元凶だと指弾する気はないが、さりとてまったくの瑕疵(かし)がないとは言わせぬぞ」

 

 ああ、矛先がこっちに向いちゃった。僕は思わず顔を引きつらせかけ、なんとか気合いでそれをこらえた。

 

「ああ、先に言っておくが、貴顕にとっては『必要な手立てを取らなかった』というのは十二分な瑕疵にあたる。ゆめゆめ忘れぬように」

 

「おっしゃるとおりでございます、陛下」

 

 耳が……耳が痛い! いや、うん、まあ、そうだよね。もうちょっとこう、やりようがあったんじゃないかと。そういう気分はもちろんある。気の重い決断を後回しにしてしまうのは、僕の明らかな悪癖だ。今回の内乱も、その性格がおおいに悪影響を与えた感触は正直あるんだよな。

 

「なるほど、流石はこの国の長。公正な見識をお持ちでいらっしゃいますな」

 

 そこへ口を挟んだのがあのロリババアである。ちらりとそちらを伺うと、彼女の顔には妙に楽しげな笑みが浮かんでいる。戦っている最中は陸へ打ち上げられた魚のような表情だったというのに、ずいぶんな落差だな。

 

「貴人の役割とは責任を取ることである……ガレア建国王の言葉ですじゃ。あのお方が亡くなって数百年が経った今も、その哲学はヴァロワの血に混ざって流れ続けておるようですのぉ」

 

「……確かに、初代様の手記にはそのような格言が書かれていたが。しかし、まるでそれを直に耳にしたような口ぶりで語る貴様は何者か?」

 

 思わぬところに落ちていた小石に蹴つまずいたような表情で、陛下が聞き返す。陛下も、そして僕たちの視線も、ダライヤに釘付けになっていた。

 ジョゼットは『マジかこいつ』みたいな顔をしているし、母上は愉快そうな表情だった。さて、僕の顔にはどちら寄りの表情が浮かんでいるだろうか。自分でもよく分からない。

 

「おお、申し遅れました。ワシの名前はダライヤ・リンド。ガレア建国王、マリー=テレーズ・ヴァロワ陛下にお仕えしていたこともある、ただのしがない長命種ですじゃ」

 

 アア!? 出たぞ、ダライヤの寿命マウント! そういやこのロリババア、ガレア王国建国の直接的なキッカケとなったガレア独立戦争にも参加していたという話だったな。建国王本人から剣を下賜されたとも言っていたから、それなりの手柄も上げたのだろう。

思いもよらぬ一撃を食らった陛下は、「ダライヤ……ダライヤ!?」などと小さな声で呟いている。この態度、どうにもババアの名前に聞き覚えがあるようだな。王家には建国王の残した手記がたくさん残っているという話だから、そのなかにダライヤの名前も書かれていたのかもしれない。

 

「……その名には覚えがある。しかし、なにぶん数百年も前の話だ。貴様、いや、貴殿が”あの”リンド卿本人なのか、証明するすべはあるのかね?」

 

「マリー=テレーズ陛下から下賜された剣ならありますじゃ。今は手元にございませぬが、必要とあらば取り寄せましょうかのぉ?」

 

「……いや、結構」

 

 首を左右に振る陛下。よく見れば、その顔には冷や汗が浮かんでいる。うわあ、あんな動揺してる陛下はいままで見たことがないぞ……。

 エムズハーフェン家との交渉の時にも思ったが、歴史の古さを誇る王侯に対して「お前の先祖と会ったことがあるぞ」というマウントは禁止カードレベルの効果を発揮する。しかし、幽閉されていたときは温存していたそのカードをここで切るとはな。何か思惑があるのだろうか。

 

「しかし、いやはや。ワシも永く生きておりますが、マリー=テレーズ陛下ほど偉大なお方とは出会ったことがありませぬ。その末裔のお方とこうして再びまみえる機会を得られるとは、なんと幸運なことでありましょうか」

 

「いや、その……エルフの方が我が城に滞在しているという話は聞いていたのだが、まさかそれがリンド卿だとは思ってもみず……も、申し訳ない……」

 

 うわ、一国の王が「方」とか「申し訳ない」とか言ってるぞ。このロリババア、独立戦争の時に何をやらかしてるんだ。普通に気になるんだが……。

 というか、陛下の登場で一変した空気が、また風向きを変えつつあるな。いつのまにか、状況の主導権はロリババアが握りつつある。さっきまでドンパチやっていた僕やマリッタなど、今や背景みたいなものだ。うーん、流石はクソババア。交渉ごとになるとてきめんに強い……。

 

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