異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第645話 くっころ男騎士と敬老バトル

「しかし、いやはや。ワシも永く生きておりますが、マリー=テレーズ陛下ほど偉大なお方とは出会ったことがありませぬ。その末裔のお方とこうして再びまみえる機会を得られるとは、なんと幸運なことでありましょうか」

 

「いや、その……エルフの方が我が城に滞在しているという話は聞いていたのだが、まさかそれがリンド卿だとは思ってもみず……も、申し訳ない……」

 

 ロリババアのエゲツない長命種マウントにより、陛下はすっかりタジタジになっていた。僕の隣でその景色を見守っている母上は、肩をプルプルと震わせている。別に、国王陛下をバカにされて怒っているわけではない。笑いを堪えているのだ。我が母には、権威者が中指をおっ立てられているのを見て喜ぶ困った癖があった。

 

「あのエルフ、クソ面白いな。流石は私の息子だ、愉快なヤツを部下にしたじゃないか」

 

「よかったですね、母上。もう少ししたらそんな愉快な女の義母になれますよ」

 

「………………冗談はよせ」

 

「マジです」

 

「ミ゜」

 

 などという密かなやりとりする母子(おやこ)を、ダライヤはまるで無視しながら陛下に微笑みかける。ああ、まだ攻勢をつづけるつもりだな。やることがエグいよ……。

 

「陛下と共に戦野を駆けた記憶が、今となっても鮮明に思い出せますじゃ。そう、あれはアヴァロニア軍に街ひとつを焼き討ちされた時。無残な焼け野原を前に、陛下は怒るでもなく、泣くでもなく、ただ一言『無力な貴顕ほど罪深いものはない』とおっしゃられた」

 

「……」

 

「悪いのは無体を働いた敵軍であるというのに、すべてはおのれのせいであると嘆く! なんと責任感が強いお方でありましょうか。ワシの永い人生の中でも、あの時ほど強く『この方のお力にならねば』と願ったことはありませぬ!」

 

 昔話が止まらなくなった年寄りのようなツラで言葉を並べ立てるダライヤだったが、その発言の内容はとんでもなく辛辣だった。なにしろ、実権を孫娘に奪われた陛下に対し、無力は罪だとハッキリ指摘しているのである。

 もちろん、老いたりとはいえ未だに頭のほうはシャッキリしている陛下は、ダライヤの発言の意図をはっきりと理解していた。一瞬口元を引きつらせ、そしてなんとか平静な表情を取り繕う。

 

「あの、あの、ダライヤ殿。興味深いお話をしていただけるのは有り難いのですが、今はそれどころではありませんので、その」

 

 ああ、露骨に話を逸らし始めちゃった。しかしダライヤは追撃せず、「ああ、これは申し訳ない!」とわざとらしい謝罪を口にした。白々しいやりとりだが、よく見れば両者の間では隠微なアイコンタクトが続いている。腹芸を得意とするものたち特有の、言外の交渉だろう。僕にはついていけない領域だった。

 

「こほん! ……話は戻るが。マリッタ・スオラハティ!」

 

 突然に、陛下は矛先をマリッタへと向けた。どうやらダライヤとの無言の話し合いは終わったらしい。こっそりと後ろを伺うと、当のマリッタは能面のような表情になっていた。ブチギレ寸前、そういう風情である。

 

「……は」

 

「今すぐ戦闘態勢を解除し、両ブロンダン卿とその部下ら王都まで護送せよ。彼らはここで解放する」

 

 解放。陛下はそうハッキリと口にした。とうとう我慢ならなくなったマリッタが立ち上がり、強い目つきで陛下をにらみ付ける。主君に向けては成らぬ類いの眼光だった。

 

「なにをおっしゃいます、陛下! アルベールは捕虜であり、その他の連中は彼を奪いに来た反乱軍! 討つ理由こそあれ、許す理由など微塵もございませぬ!」

 

「馬鹿者!」

 

 マリッタもキレかけだったが、陛下も大概キレていた。青筋を立てながらそう叫んだ陛下は、一瞬ヘナヘナと崩れ落ちかける。あわててバルリエ氏が支え直したが、陛下の体力もいい加減限界が近そうだった。寝たきりに近い状態のご老体では、いまや部下を怒鳴りつけることすら一苦労なのだ。

 

「このまま戦いを続けて、万一流れ矢でもブロンダン卿に当たってみろ……! いよいよ、この下らぬ内戦が短期に収束する道筋が途絶えてしまうぞ……!」

 

「……自分も素人ではありません。生け捕りくらいできます」

 

「うぬぼれるな、若造。戦いが全て思い通りに進むことなどあり得ぬ。それが夜戦ならなおさらだ」

 

「……」

 

 黙り込みはしたが、マリッタの目に宿る光りはむしろ強くなっていた。今にも暴発しそうな雰囲気だ。

 

「それに……そこなカマキリ虫人のこともある。彼女が捨て身で無差別攻撃に出てみろ! 鎮圧までに、どれほどの被害がでるのかわかったものではない」

 

 今度はネェルがやり玉にあがった。血まみれの彼女は、なで切りにした王国兵の肉片が付着したおぞましい鎌を持ち上げニッコリと笑う。

 

「ええ、ええ。ネェルは、大食なので。ふふ、この街には、ご飯が、たくさん、ありますね? ええ、お腹いっぱい、食べさせて、くれるのなら、うれしい、ですよ?」

 

 そう言ってペロリと鎌を舐めるネェルは、まるで神話に出てくる怪物のように恐ろしかった。騎士や兵士が身じろぎをする音が、あちこちから聞こえてくる。本職の戦闘員すらおびえさせるだけの迫力が、今の彼女にはあった。

 うーん、怖い嫁さんだぜ。脅しが必要な場面では、躊躇無く化け物を演じる。そういう割り切りができるところ、本当に良い子だと思うよ。好き。

 

「……王都であのような存在が暴れ出したと、そういう話が内外に出回ってみろ。物理的な被害以上に、精神的な悪影響が大きい。戦場の王国兵たちは間違いなく動揺するだろうし、様子をうかがっている周辺諸国もこれを王国弱体化の兆候と捉えるのではないか?」

 

「……周辺諸国、ですか」

 

「うむ。貴様らは神聖帝国を下して外患を断ったつもりでいるようだが、ガレアの敵国は神聖帝国だけではない。北の巨人王国、そしてフランセットによる婚約破棄の宣言以降急速に態度を硬化させ始めた西のアヴァロニア王国……警戒に値すべき国はいくらでもあるのだ。彼女らに隙を見せるべきではない」

 

「……その通りでございます」

 

 下唇をかみしめつつ、マリッタは絞り出すような声でそう応えた。陛下の指摘は的を射ている。マリッタにも、いくら怒り狂っていても正論は正論として受け止められる度量くらいはあった。

 

「ブロンダン卿を取り戻そうとさらなる戦力を投入しても、それは賭けの負けを取り返そうと余計な金をつぎ込み続ける行為と大差ない。カマキリ虫人兵に城内への侵入を許した時点で、戦略的には我らの敗北なのだ。ここは潔く損切りせよ」

 

 陛下の指摘に対し、マリッタは歯ぎしりの音で応えた。つまり、反論ができなかったということだ。

 たしかに、僕の奪還という目的だけならばマリッタが死力を尽くせば達成できる可能性はまだ残されている。だが、陛下はそれを成すまでに受けるであろう物質的・精神的な損失が容認できないと言っているのだ。

 

「………………承知いたしました、陛下。ブロンダン卿を、市外まで案内いたします」

 

 しばしの逡巡の後、マリッタは砂を噛むような調子でそう答えた。事実上の敗北宣言だった。

 

「よろしい。……マリッタ・スオラハティ、貴様と貴様の騎兵隊は、我が孫に残された大切な懐刀なのだ。その刃を、男ひとりのために欠けさせるわけにはいかぬ。わかるな?」

 

「はい、陛下」

 

「分かっているなら良い。では、与えられた任務を果たすように」

 

「……はい、陛下」

 

 あれほど難儀していた城外脱出が、あっさりと決まってしまった。こういうのが、鶴の一声というのだろうか。マリッタが納得できていないように、僕にも納得しがたい部分はある。もちろん、無事に王都を脱出させてくれるというのなら、こんなに嬉しいことは無いが……。

 

「ま、あやつとて現状に思うところはあったということじゃ」

 

 釈然としない僕の耳元で、ダライヤが小さく囁いた。あやつというのは、もちろん国王陛下のことだろう。

 

「だからこそ、ボロボロの体を引きずってこの場まで出てきた。なんともけなげなことじゃのぉ……」

 

 つまり、陛下は最初から僕らを逃がすつもりでマリッタを止めたということか。正直なところ戦略的には悪手のように思えるが、外聞やら損失予想やらを勘案した上の政治的な判断ということになるだろうか。

 ……いや、まあ、国王陛下の真意はいいとして。じゃあ、なぜダライヤはわざわざ陛下を挑発してみせたのだろうか? そう思ってダライヤの方を見ると、彼女はいたずらっぽく笑ってウィンクした。

 

「悩める若人の尻を叩くのも、年長者の役割じゃよ」

 

 ……御年八十三歳も、年齢四桁オーバーから見れば若人か。やっぱり長命種って無法な連中だな。

 

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