異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第66話 チート男魔術師と狙撃

「ニコラウスくん、悪いがまた仕事だ。出られるか?」

 

 天幕の隅で横たわっていたぼく、ニコラウス・バルツァーは、その言葉に一瞬顔をしかめた。攻城魔法《プロミネンス・ノヴァ》を敵陣に撃ち込んでから、まだ半日しかたっていない。身体は鉛のように重く、ひどい頭痛もする。魔力欠乏症の典型的な症状だ。戦場に出るどころか、身じろぎすることすら煩わしい。

 

「ええ、問題ありませんよ。クロウン様」

 

 それでも、ぼくは体を起こすと柔らかな笑みを浮かべてそう答えた。拒否をしてクロウンに失望されたくなかったからだ。彼女はひどく人使いが荒いが、ぼくの身体を求めてくることは一切ない。その一点において、事あるごとにおぞましい行為を強要してきた今までのパトロンたちより余程マシだ。

 僕は魔術師だ、男娼なんかじゃない。何度そう主張して、踏みにじられてきたことか。飢えたケダモノどもめ、決して許しはしない。内心ではドロドロしたものが渦巻いていたが、もちろん態度には出さない。

 

「それでこそ我の部下だ。リースベンの守備兵ども、なかなかにやる。大きいのを一発喰らわせてやれば、腰砕けになると思ったんだが。敵の指揮官はなかなかの傑物だぞ」

 

 クロウンは相変わらずフルフェイスの兜をかぶっているため、その表情はうかがい知れない。しかし、声は明らかに弾んでいた。彼女は極端な人材マニアで、有能な人間と見れば誰彼構わず自身の手元に置きたがる。敵の指揮官とやらをどうにか勧誘できないか考えているのだろう。

 

「クロウン様。申し訳ありませんが、《プロミネンス・ノヴァ》はしばらくは使えません。魔力量から考えて、対人魔法が限界です」

 

 まあ、そんなことはどうでもいい話だ。所詮クロウンなんて、都合のいい踏み台に過ぎないわけだし。彼女の嗜好なんか、なんの興味もない。彼女の下にいれば、身体を売らずに済む。ただの魔術師として戦える。そして何より、その人脈を利用して自身の名を売ることが出来る。とても便利な雇い主だが、それでもぼくはクロウンのことが嫌いだった。

 

「もちろん、心得ている。後方から適当に見た目だけ派手な魔法を撃ち込んでくれればそれでいいのだ。先ほどの攻城魔法で、ニコラウスくんの恐ろしさは敵に刻みつけられているはずだ。君が前線に出るだけで、敵の士気を挫くことができるだろう」

 

 要するに、カカシというわけか。屈辱的だな。でも、パトロンの命令だ。従うほかない。僕は頷いて、クロウンに従い天幕を出た。近くにいた全身鎧姿の女たちが、無言で僕たちを囲む。クロウンの護衛だ。

 戦場となっている山道にはあちこちに深い穴が掘られていているため、馬は使えない。そのため、前線には徒歩で向かうほかない。ふらつきそうになるが、根性で堪えた。無様な姿を見せれば、「これだから男は」と嘲笑されてしまう。そんなことはぼくのプライドが許さない。

 

「そういえば聞いたか? 敵の指揮官は男騎士だそうだ」

 

「そうですか」

 

 ぼくはわざと、興味のなさそうな声で答えた。実際のところ、驚いている。僕以外に戦場に出ようだなどという奇特な男がいるとは……。

 女たちの社会の中で男が生きていく辛さを、ぼくはよく知っている。その男騎士殿とやらも、さぞ苦労していることだろう。これはちょっと、方針を変えるべきだな。ぼくの目的(・・)を話せば、同志になってくれるかもしれない。間違っても殺さないようにしないと。

 

「……捕虜にしても、乱暴はしないであげてください」

 

「ハハハ……我の栄えある親衛隊が、そのようなことをするはずもないだろうが。淑女だよ、我々は」

 

 クロウンは笑い飛ばすが、なんとも胡散臭い。いや、ぼくに夜伽を命じたりしないあたり、淑女なのはたしかなんだろうけど。彼女の言動はいちいちぼくの気に障る。何一つの不足もなく生きてきた者特有の傲慢さが見え隠れしているせいかもしれない。

 そんな話をしているうちに、前線に到着した。革鎧すら着ていない粗末な装備のリースベン兵が隊列を組み、押し寄せるこちらの部隊をなんとか押し返している。よくもまああんな装備で戦えるものだと、敵ながら感心した。

 

「……」

 

 いや、まともな鎧を着ていないのはこちらも同じことだ。金属は魔力を遮断する。そのため、基本的に魔術師は金属鎧を着用することが出来ない。例外は、自分自身の肉体に作用する内系と呼ばれる魔法を扱う術者だけだ。

 僕は攻撃魔法を得意とする外系魔術師であるため、ハードレザーを縫い込んだ魔術師用ローブが唯一の防具だった。こんなものでは、槍も矢も防げはしない。

 

「君には神聖帝国最強の騎士たちがついている。かすり傷一つ負うことはないだろう」

 

「安心しました」

 

 ニッコリ笑ってそう返したが、内心全く安心などできなかった。それでも、我慢して足を進める。僕は、男であっても戦えることを証明したい。そうして、男なんてただの種馬だと蔑んでくる連中を見返すんだ。

 

「この辺りでいいです」

 

 立ち止まってそう言うと、クロウンは頷いた。僕の前で堂々と立ち、巨大な盾を地面に突き立てる。僕は朗々とした声で呪文を詠唱し始めた。

 

「おおっと!」

 

 そこで、破裂音と盾の装甲を何かが叩く音が連続して聞こえてきた。ぼくは肩をびくりと震わせたが、呪文の詠唱は精神力を総動員して続行する。

 

「これは凄い! あの距離で撃って、ほとんど命中か! あの新式銃、ぜひとも手に入れたいものだが……」

 

 クロウンの恍惚とした声が聞こえてくる。気持ちが悪い奴だ。しかし、銃。初めて見る武器だが、なかなか恐ろしい。あんなものが普及したら、攻撃型の魔術師は駆逐されてしまうのではないか。

 そう思った瞬間だった。突然片足に力が入らなくなり、僕は崩れ落ちた。一瞬遅れて、銃声が一発だけ聞こえてくる。

 

「えっ……」

 

 地面に転がりつつ、ぼくはあわてて周囲を見まわした。そして、ヒトの足らしきものが一本、すぐ近くに落ちていることに気付く。それを見た瞬間、下半身に激烈な痛みが走った。まさか、あの足はぼくの――


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