異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第662話 くっころ男騎士の演説(1)

 王軍の渡河を阻止すべく構築された防御陣地。その後背にある広場に、我が軍の将兵が集結していた。その数、約二万。どうしても手が離せない仕事のある者を除いたアルベール軍のほぼ全員である。

 この決戦直前の重要な時期に、なぜこれほどの人数が一堂に会しているのか? 理由は簡単、演説を聴かせるためだ。

 演説なんて洒落臭い、たんなる儀式みたいなものだろう。僕も昔はそう思っていた。しかし、少しでも迷いのある状態で戦えば必ず負ける。みなの意識をできる限り統一するためには、こうした儀式も意外と馬鹿にはできないものだ。だからこそ、決戦を前にした司令官は必ずこうして将兵に語りかける場を作るのである。

 

「……」

 

 お立ち台の上から聴衆を一望した僕は、口元に薄い笑みを浮かべた。数こそ多いが、なんと雑然とした集団であろうか。正面にはエルフや鳥人、虫人などの集団がいる。右手には様々な種の獣人がいる。左手には竜人(ドラゴニュート)だ。

 バラバラなのは人種だけではない。まとっている軍装や武器も、掲げている旗も、みなそれぞれ違う。寄せ集めとしか表現できない一団であった。

 川向こうに布陣する王軍はそうではない。なにしろ相手はヴァロワ王家の名の下に集まったガレア貴族による軍隊だ。人種にも軍装にも統一性がある。軍として美しいのは、間違いなく敵軍のほうだ。

 

「壮観だな」

 

 誰にも聞こえない声でそう呟く。寄せ集め? 上等だ。僕にとってはこちらのほうがよほど好ましい。顔ぶれが多様であればあるほど、“みんな”という感じが強まるからな。特定の個人のために戦うよりも、みんなのために戦うほうが僕の性に合っている。

 

「アル様、将兵の整列が完了いたしました」

 

 ソニアの報告に、僕は小さく頷き返す。彼女の目は戦意と希望に満ちあふれキラキラと輝いていた。

 視線を兵隊どものほうに戻す。ソニアと同じような目つきの者もいれば、不安で仕方ないという表情のものもいる。しかし、他人事のような顔をしている者は一人もいなかった。

 みな、これが天下分け目の大戦(おおいくさ)であることを理解しているのだ。この戦いの勝敗によって、今後の西方世界の歴史が変わる。自分たちは歴史の渦中にいる……そういう認識があるのだから、誰であっても無関心ではいられない。

 

「戦友たちよ、よく集まってくれた」

 

 将兵に向け、そう語りかける。後ろに控えたダライヤが、すかさず風の魔法を用いて僕の声を増幅してくれる。なにしろ相手は二万もの聴衆だ。こうした手段を使わないことには、端から端まで言葉を届けるのは不可能だった。

 その声を受け、二万人の視線が僕に集中する。全身の筋肉がこわばるような感覚が僕を襲った。緊張しているなぁ、などと他人事のような感想を覚えつつ、大きく息を吐く。白い呼気がふわりと広がり、刺すように冷たい空気の中へと拡散していった。

 

「今日もずいぶんと寒いな。みな、体調を崩してはいないかね?」

 

 頭の中でスピーチ原稿をなぞりつつ、友人に対するような口調でそう問いかける。聴衆の間に、困惑がさざ波のように広がっていくのが見て取れた。僕の話の運び方が、こうした演説のセオリーからずいぶんと外れていたからだ。

 合戦前演説といえば、自身の大義を強調し敵の不徳や怯懦をそしるものと相場が決まっている。もちろん僕もそれは理解しているし、有効とわかっている定石をあえて使わぬ理由もない。しかし、今回の場合はいささか状況が特異だ。将兵の士気を上げるためには多少の工夫が必要だろう。

 

「空は曇り、なんと雪まで降っている。歴戦の古兵揃いの戦友諸君から見ても、これは戦争日和とは言いがたいだろう」

 

 はらはらと舞い降りる雪を手のひらで受けつつ、僕はやれやれと言わんばかりの表情で肩をすくめた。

 

「今年の冬は例年を遙かに超える厳しさだ。まるで、極星が『戦争などしてはならない』と示しているようにすら見える。実際、このクソ寒い中で喜び勇んで戦うような人間は本物の愚か者だけだろう」

 

 居並ぶ兵士の少なくない数が頷いているのが見えた。将から見ても兵から見ても、冬は戦争の季節では無いのだ。みなこの寒さには嫌気がさしているし、合戦などしたくもないと思っていることだろう。

 

「ところが、このロアール川の対岸にはそんな愚か者が雁首を揃えているようだ。しかも、信じがたいことに連中は川遊びの準備までしている! 付き合わされる方の身にもなってほしいものだな」

 

 大仰な手振りで嘆いてみせると、あちこちからくぐもった笑い声が聞こえた。雪の降る中で渡河なんて、本当に正気の沙汰じゃないからな。嘲笑されても仕方ないだろう。

 

「とはいえ、相手がどれほどの阿呆でも、ダンスに誘われたからには応じねばならん。それが正しい淑女のあり方だ。もっとも、僕は淑女では無く紳士だが」

 

 お前のような紳士がいるか。誰かがそんなヤジを飛ばした。おかげで、会場の笑い声はますます大きくなる。

 ……ちなみに、僕の発言にツッコミを入れたのは事前に配置してあったサクラだ。場を暖めるためには、こうした仕込みは必要不可欠だった。

 

「何やら失礼な発言が聞こえたが……覚えていろよ? あとで必ず見つけ出して、腕立て伏せ千回の刑に処してやる」

 

 いかにも怒った風を装い、聴衆をにらみ付ける。……うん、うん。ほとんどの者が笑顔を浮かべているな。いい感じだ。コホンと咳払いし、首を左右に振る。これもまた演出だ。

 

「……まあ、それはさておきだ。向こうさんのダンスの誘いは受けてやるが、それはあくまでお情けだ。僕としては、義理以上に付き合ってやる気はない。さっさと仕舞いをつけて、暖かい家に帰ろうじゃ無いか。なあ? 戦友諸君」

 

 その言葉を受け、兵士たちの笑みに苦いものが混じる。こんな馬鹿騒ぎはさっさと終わらせて、家に帰りたい。これはまさに彼女らの偽らざる本音であろう。絵に描いた餅のような大義よりも、この骨身に染みる寒さから逃れるほうがよほど重要なことなのだ。

 

「ところで諸君。君たちは、この戦いが終わったらどうするつもりかね? 家族と一緒に過ごすのかな? 恋人に会いに行くのかな?」

 

 日常会話のような語り口で、話の流れを変える。冗談めいた前座によって、聴衆の心理的なガードはずいぶんと下がっていることだろう。すかさず本論をぶち込み、絵に描いた餅を食わせるのだ。

 

「恋人などいない、という諸君も安心してほしい。このいくさに勝てば、諸君らは英雄となる。輝かしき栄光に包まれた若き英雄! 普段は澄まし顔の紳士だって、君たちからは目を離せなくなるだろう。これは、男である僕が保証しよう」

 

 なんという詭弁だろうか! 自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。だが、他ならぬ男の言葉には違いない。若い兵士たちはそれを真に受け、目の色を変え始めた。

 それを見て、古兵たちがクスクスと笑う。戦場の勇者になってモテモテ! などという幻想は、どんな兵士も一度くらいは見たことがあるはずだ。長年軍隊のメシを食ってきたものから見れば、なんとも微笑ましい限りであろう。

 

「諸君らにもそれぞれ、この戦いが終わったらああしよう、こうしようという思いがあることだろう。もちろん、それは僕も同じ事だ」

 

 そこまで言って、僕は口をつぐんだ。そして、聴衆全体を見回す。たっぷり時間をかけてもったいぶり、彼女らの笑いやざわめきが収まるまで待つ。

 

「……本当ならば、秘密なのだが。ともに(くつわ)を並べる我が戦友たちにだけは特別に伝えておこう」

 

 まるで酒場の雑談のような調子でそう言って、僕はふたたび言葉を切る。さて、ここからが正念場だ。合戦前演説の定石は、大義名分の再確認。当然ながら僕もこれを踏襲するつもりだった。

 しかし、今回の戦いは一筋縄ではいかない。優勢な敵、馬鹿みたいな開戦経緯、ひどい天候……士気を下げる要因はいくらでもある。この状況で彼女らの心を動かすには、よほど大きな花火を打ち上げねばならない。

 大きく息を吸い込み、たっぷりと勿体ぶる。聴衆の目がこちらに釘付けになっていることを確認してから、僕はやっと再び口を開いた。

 

「僕は……この戦争が終わったら、国を作ろうと思っている」

 

 

 

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