異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第67話 くっころ男騎士と血濡れの帰還

「ターゲット、ダウン!」

 

 ジョゼットがそう叫んだ時は思わずガッツポーズを取りそうなほど興奮したものだが、その後がまずかった。黒色火薬特有のバカみたいな量の白煙のせいで、僕たちの居場所は即座に敵に露見した。

 あとはもうひどいものだ。大勢の追手に追い回され、死を覚悟するような状況にも五回ばかり遭遇した。それでも生きて味方陣地に帰って来られたのは、敵魔術師が倒れた隙を見計らって反撃を開始したソニアの的確な指揮あってのことだ。

 

「代官殿! 姿が見えないと思っていたら……あの魔術師を撃ったのは代官殿だったんですね!」

 

 ボロボロの姿で帰還した僕たちを出迎えた傭兵が、目を見開きながら叫ぶ。

 

「ああ。あんなヤツに我が物顔で戦場をウロチョロされちゃ困るからな」

 

 ニヤリと笑ってそう答えるが、内心は若干不安だ。なにしろ、銃弾が当たったのは足だからな。追撃しようがかなり迷ったが、結局僕が選択したのは撤退だった。足を奪ったわけだから、強靭な亜人でもしばらくは戦場に出るどころではない。最低限の目的は果たしたのだから、それで良しということだ。

 ましてあの魔術師が本当に男だとすれば、種族は僕と同じ只人(ヒューム)だろう。亜人ならともかく只人(ヒューム)にとっては足一本でも十分致命傷(手足には太い血管が通っているため、そこが傷つくと失血性ショックを起こす可能性が高い)のはずだが……もう戦線復帰とかしてこないよな、流石に。頼むからもう出てこないでくれ。というかそのまま死んでくれ。

 

「しかし、指揮官先頭にも限度がありますぜ。しばらく姿が見えないもんだから、負傷でもされたんじゃないかとハラハラしてましたわ」

 

 驚嘆とも呆れともつかない複雑な目つきで、傭兵は僕たちを眺めた。せっかく用意した迷彩ローブは返り血で真っ赤に染まり、肩から下げた猟銃は銃身が半ばからへし曲がっている。銃身を握ってこん棒代わりに敵兵をブン殴ったせいだ。ジョゼットのほうも大差のない格好をしている。まさに激戦の後、という風情だ。

 しかし、前線にいなかった理由が逃げたからではなく負傷したからと思われていたのは嬉しいな。部下を見捨てて逃げるような人間ではないと思ってくれているのだろうか。この信頼だけは裏切っちゃだめだな。

 

「この人がムチャするのはいつものことだ」

 

 そう言ったのは、台車を引いてやってきた騎士だった。その荷台には僕とジョゼットの甲冑一式が乗せられている。

 激戦の後なんて言ったが、前線ではまだバリバリに戦いが続いている。もう今すぐベッドに倒れ込みたいくらい疲れているが、残念ながら休んでいる暇はない。すぐに戦線復帰しなければ。

 ……まともに人員交代もできないなんて、本当に人材不足が著しいなあ。この戦いが終わったら、なんとか増員できないものか。いや、増強中隊一つだけでこんな過酷な戦場を回してるほうがおかしいんだけどさ。

 

「それじゃ失礼しますよー」

 

 従士たちが出てきて、手早く僕に甲冑を着せていく。一人でやるとなかなか時間がかかるんだよな、これ。おまけに天幕用の布を使って簡易の更衣室を作り、僕の着替え姿が周囲から見えないようにする配慮っぷり。手厚いってレベルじゃないな。僕としてはそこまでやってもらわなくてもいいんだが。

 そうこうしているうちに、着替えはあっという間に終わった。しかし従士の一人がニヤリと笑って、何かを取り出した。

 

「それから、こんなものも用意してみたんですけど……どうします?」

 

 それは甲冑の上から着る外套、サーコートだった。日本で言うところの陣羽織だな。白地にブロンダン家の家紋である青薔薇の紋章が刺繍されたそれは、一見普通に見える……が、その裏地を見て僕は思わず笑ってしまった。

 

「面白い仕掛けだな。お前が考えたのか?」

 

「ええ。先日の一騎討ちもそうですが、アル様は組打ちされることが多いので、いざという時にこういうのがあると便利そうかなと」

 

「確かにな」

 

 僕は苦笑した。別に好きで肉弾戦にもつれ込んでるわけじゃないんだけどな。

 

「どうやって使うんだ?」

 

「左の袖に短い紐が通してあるでしょう? それを引っ張ってください」

 

「なるほど、使ってみよう」

 

 頷いて、サーコートを着込む。天幕で周囲の視線を遮っていた従士たちが、さっと散っていった。僕か彼女らに礼を言い、自分に気合を入れるために叫んだ。

 

「よーし、行くぞ!」

 

 萎えそうになる手足に喝を入れ、前線に向かう。魔術師を撃たれた動揺で、敵はやや後退していた。狭い山道に立ちふさがるようにして味方歩兵隊が槍衾を組み、敵を牽制している。後方の物見やぐらの上から、銃兵隊が盛んに射撃を浴びせかけていた。

 

「アル様、よくぞご無事で!」

 

 ソニアが出迎える。別れた時点で土まみれのひどい格好だった彼女だが、現在は返り血やらなにやらでさらに汚くなっている。彼女もなかなかの激戦を潜り抜けたようだ。

 

「そっちもな」

 

 肩を叩き合って笑顔を交わすが、今はのんびり再会を喜んでいる暇などない。すぐに面頬を降ろし、聞く。

 

「で、状況は?」

 

「味方を摺りつぶしながらなんとか耐久している状態です。……今日一日はなんとかなりますが、明日か明後日には我々は戦闘力を喪失するでしょう」

 

 後半の言葉は、僕にしか聞こえないような小声だった。敵傭兵団はほぼ全員が魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着用している。射撃は効果が薄いため、鎧の隙間を狙いやすい白兵で戦うしかないが……こちらの傭兵たちは練度が低い。かなりの被害が出ただろうな。

 緒戦でこいつらが出てきていたら、もうちょっと安全に戦えたはずなんだがな。手榴弾も地雷もとっくに尽きてる。本当に腹立たしい。

 

「とはいえ、アル様が例の魔術師を討ったこともあり、士気は下がるどころか上がっています。戦闘力はまだ十分残していますよ」

 

 ソニアはそう言うが、被害のわりにこちらが元気なのは彼女の頑張りのおかげだろう。攻城魔法を受けてボロボロの状態だった味方部隊を手早く立て直したのは僕じゃなくてソニアだからな。

 しかし、戦況は本当にギリギリのようだな。このまま戦っていたら、間違いなく負ける。その前になんとか敵の攻勢の意志を挫く必要がある。……いい加減勝負に出る必要があるな。一か八かの賭けになるが、やらないよりマシだ。

 

「ふむ……」

 

 僕は腰のポーチから懐中時計をとりだした。日没まで、あと二時間ほど。夜になれば、敵は退くだろうか? ……微妙なところだな。できれば夜戦に持ち込みたいが、向こうの指揮官が安全策を取る可能性もある。そうならないよう、わざと弱みを見せてやることにするか。

 

「よし。プランCを次のフェイズに移行する。大砲の準備はできているな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「よろしい。では、今日中に決着をつけようか」


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