異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第687話 くっころ男騎士と最後の突撃

 フランセット殿下の陣頭指揮を受け、にわかに体勢を立て直し始めた王軍。ブロンダン旅団は敵中で孤立しており、攻守が逆転すれば一転して窮地に立たされることになる。

 これはいささか(まず)い状況ではあるまいか――そんな考えが僕の脳裏をよぎったその瞬間、突如として敵の後方で大爆発が起きた。

 続いて聞こえて来たバグパイプの音色で、僕は爆発の正体を確信した。偽装ではない、本物の皇帝軍が来援したのだ!

 今回の速攻作戦には、神聖帝国の介入を可能な限り防ぐという目的もあった。その目論見は脆くも崩れ去ってしまった訳だが、この猫の手も借りたい状況ではそんな曰く付きの援軍ですら有り難い。僕は即座に麾下の部隊へ総攻撃を開始するよう命じた。

 

「目指すは大将首のみ! 雑兵の首など捨て置け!」

 

 軍旗を手に敵隊列に切り込みつつ、高らかに命じる。ほんの数分までは一分の隙もない密集防御隊形を組んでいた王軍槍兵隊であったが、いまやその陣形は千々に乱れている。つけ込める隙はいくらでもあった。

敵の後方、すなわち西の方角からは剣戟と発砲の音、そして女達の蛮声や悲鳴といった戦場音楽がひっきりなしに鳴り響いている。王軍主力は前後から挟撃を受けているのだ。

 

「お、終わりだ……ガレア王国はもうおしまいだ!」

 

「北岸の敵は皇帝軍じゃないって言ってたのに、やっぱり嘘じゃねーかよ! 畜生、あたしらは騙されてたんだ!」

 

 熟練の古兵であっても、こうした状況で泰然自若としていられる者は多くない。勝手に逃げ出す者が相次ぎ、戦列がどんどん歯抜けになっていく。こうなるともはや立て直すのは不可能だ。

 

「退くなッ! お前たちが退いたら本当にこの国は終わりだぞッ! 踏みとどまれッ!」

 

 そんな中でも、懸命に戦い続ける者たちがいる。四面楚歌の中でも最善を尽くそうとするその姿は、まさに英傑。彼女らのような兵隊こそ、真の勇者であろう。

 

「キエエエエエッ!!!!」

 

「グワーッ!?」

 

 そんな心の底から褒め称えたくなるような勇者を、僕は軍旗で刺し殺した。殺さねば前に進めぬなどという、至極くだらない理由でだ。戦場では尊敬すべき人間から先に死んでいく。なんとむごい話だろうか。

 

「アル様! アル様ーッ! 軍旗は武器ではありませぬ! お控えください!」

 

 感傷的な思考を、ソニアの叫びがかき消した。彼女は愛用の両手剣を手に、雑兵どもをまるで雑草のように刈り取りまくっている。獅子奮迅と呼ぶほかない活躍ぶりであったが、その顔に浮かんでいるのは笑みでも怒りでもなく心配だった。

 

「穂先がついているのだから武器だろう」

 

「自衛用です、それは! 積極的に敵にブッ刺すものではありません!」

 

 そうは言われても、この軍旗の旗竿には歩兵の用いる槍がそのまま流用されているのである。武器以外のなんだというのだろうか? 

 

「フランセット殿下の旗印は、もうすぐそこなんだぞッ! ここで僕が引っ込むのは無作法が過ぎるッ!」

 

 軍旗の穂先で指し示した先には、高々と掲げられた龍の紋章がある。ヴァロワ王家の家紋だった。敵の総大将、フランセット殿下の居場所を示すものだ。

 手を伸ばせば届きそうな距離に、敵の大将旗がある。僕の気がはやるのも当然のことだった。殿下を討つなり捕虜にするなりしてしまえば、この戦争は完全に終わる。これ以上の余計な流血を避けるためにも、一分一秒でもはやくあそこにたどり着きたい。

 

「見よッ! 我らのゆく道は、我らが御大将ブロンダン卿が切り開いている! 彼の演説に偽りはなかったのだ! 栄光の道へ我らも続けッ!」

 

短命種(にせ)ん若様があげんまでに女々しゅう戦うちょらるるんどッ! 貴様(きさん)ら、男ん背に隠れて恥ずかしゅうなかとかッ! 行け、行け、行けッ! 矢面に立つべきは我らエルフじゃッ!」

 

 ソニアはたいへんに嫌そうだが、それでも指揮官先頭の効果は凄まじいものがあった。竜人(ドラゴニュート)もエルフもその他の種族も関係なく、皆が全身全霊をかけて戦ってくれている。浮き足だった王国兵に、この怒濤の攻撃に耐えるだけの気力は残されていなかった。

 

「やってられっか、チクショー!」

 

「私には夫と三人のガキがいるんだ、こんなところで死んでられっかー!」

 

 とうとう王軍の防御陣形が完全に崩れた。兵士達は武器を捨て、我先にと逃げ始める。僅かに残った勇敢な者も、あっという間に袋叩きにされてしまった。

 

「アル様、フランセットが!」

 

 ソニアの叫びに、僕は慌てて視線を敵陣後方へと向ける。前線の壊乱を見て殿下の心が折れ、撤退を始めたのではないかと思ったからだった。

 しかし、現実はその真逆だった。勇壮なる火吹き竜の旗は、我々から逃げようとする兵士たちの流れに逆らうようにしてこちらむけ前進をしていた。それを見て、僕の心に複雑な感慨が浮かぶ。殿下が、あの紋章に恥じぬ心意気の持ち主であることを理解したからだ。

 

「殿下は最終的解決をお望みか。たいへん結構! 応じぬ理由はない!」

 

 槍のように構えていた軍旗をスッと上げ、地面へと突き立てる。もはや、これを掲げて前へ進む必要はない。王軍の前線は完全に崩壊しており、我々の行く手を阻むものは何も残っていなかった。

 

「王太子が前に出てきた……? ヤケクソでも起こしたか」

 

「手柄首が自ら寄ってきよったど、感心な首級じゃ。よっし、ここは(オイ)が」

 

「やめんか! アレは若様ん獲物じゃ、手を出すつもりならタダじゃおかんど!」

 

 そんな会話が我が方の兵士達の間で交わされているうちに、とうとう軍旗の主が僕たちの前に姿を現した。瀟洒だが実戦的な防寒コートに身を包み、旗竿を肩に担いだ女だった。その傍には、冴えない風貌の中年女が付き従っている。

 

「フランセット・ドゥ・ヴァロワ殿下とお見受けする! アルベール・ブロンダン、故あって貴殿を討ちに参った!」

 

 背後の部下らを抑えつつ、戯曲めいた調子で名乗りを上げる。敵司令官だ、ぶっ殺せ――そんな無粋な命令は出さない。このいくさは反逆以外の何物でもないが、だからこそ最低限の一線は守らねばならないのだ。

 

「いかにも、余こそヴァロワ王家とガレア王国の正統なる後継者、フランセット・ドゥ・ヴァロワである!」

 

 フランセット殿下は堂々たる大音声でそう応じた。かつての軽薄で軟派な彼女とはまるで別人のような、王者然とした態度だ。

 ああ、まったくもって気分が悪い。最後の別れの時、彼女はまるで捨てられた子犬のような表情をしていた。それが、今や立派な敵手として僕の前に立ち塞がっているのである。

 むろん、王太子という肩書きにふさわしいこの凜とした立ち振る舞いには敬意を覚える。けれども、これは成長と呼んで良いものなのだろうか? ただ、必要に迫られてかぶりたくもない仮面を被らされているだけなのではないか……。

 

「僕はあなたが背負うべきものを奪い取ると決意した。ゆえに、あなたに挑まねばならぬ。しかし、これ以上の流血は僕の望むところではない。……殿下、最後の決着は我ら自身の手でつけましょう。一騎討ちです」

 

 相変わらずの戯曲ふうの言葉遣いで提案をすると、後ろでダライヤが聞こえよがしに深いため息を吐いた。ソニアも小さな声で「またこれですよ……」などと呟いている。

 おそらく、彼女らは殿下をこのまま袋叩きにしてしまう腹づもりだったのだろう。実際、彼女を守る戦力はごく僅かだ。兵士達をけしかければ、決着はすぐにつくはずだ。しかし、僕は僕以外の剣でフランセット殿下が傷つけられているところを見たくはなかった。

 

「殿下……」

 

 顔を強ばらせたガムラン将軍が、殿下の肩を掴んだ。そのまま耳元で何かを囁きかける。しかしフランセット殿下は氷のような表情で首を左右に振る。……おそらく、撤退を進言されたのだろう。

 

「もとよりそのつもりだ。やろう、アルベール」

 

「有り難き幸せ」

 

 こうして、僕と殿下の一騎討ちが始まった。

 

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