異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第689話 くっころ男騎士と予想外の奇襲

 フランセット殿下の剣は僕の左前腕にブッ刺さり、僕の剣は殿下の首筋へと向けられている。流れ出た血がぽたぽたと滴り、足下の雪を赤く染めていた。相打ち寸前の辛勝、それがこの一騎討ちの結末であった。

 

「勝負あり、ですな」

 

 その台詞を言い終わるのと同時に、凄まじい痛みが僕を襲う。大怪我をしたときって、どうしてちょっと遅れて痛みがやってくるんだろうか? 不思議だね。

 まあしかし、左腕を犠牲にした価値はあったようだ。フランセット殿下は目だけを動かし、自らに向けられたサーベルを見た。凍てついた月光を白刃が反射し、ギラリと物騒に輝く。

 白い息とともに、彼女の口から「ああ……」という声が漏れた。全てが終わったことを理解した声音だった。そのまま、膝から崩れ落ちるようにして地面にへたり込んでしまう。

 

「手加減されたあげく、この手で男を斬ってしまうとは……ああ、なんたる、なんたることだ」

 

 性別に拘るねぇ。僕は思わず苦笑し、それから顔をしかめた。腕に剣が思いっきり突き刺さっているのだ。当たり前だが、メチャクチャ痛かった。死ぬほど、とまでは言わんがね。

 

「アル様!」

 

 血相を変えて叫ぶソニアを目配せだけで制止し、視線を殿下へと戻す。彼女は全身を震わせていた。

 

「殺してくれ、アルベール。この先の歴史に余の居場所はない。出番の終わった役者は疾く去らねばならない」

 

 目尻に涙を浮かべ、フランセット殿下は懇願する。介錯を求める気持ちは理解するが、申し訳ないが今それに応じることはできない。わざわざ左手まで犠牲にしてこの盤面に持ち込んだんだ、死んで貰ってはこまる。

 これは単に僕が彼女を殺したくないということだけではなく、今後の政治的な立ち回りを考えた上での判断でもあった。

 一番の問題は神聖帝国だ。今は味方の彼女らだが、本来は敵国の連中だからな。戦争への協力を盾に我が物顔で振る舞われては困る。ガレア王国の正統な統治者であるヴァロワ王家を押さえておくことは、戦後のイニシアチブを握る上では重要な要素であった。

 

「申し訳ありませんが、殿下。そのご要望を承るわけには参りません」

 

「……そうか、余の血と肩書きにはまだ使い道が残っているか」

 

 どうやら、殿下もこちらの意図を察したらしい。絶望したような、安心したような、複雑な表情で大きく息を吐く。

 

「まったく、ままならないなァ……」

 

「まだ諦めてはいけません、殿下!」

 

 ガムラン将軍の大声が殿下のボヤきを遮った。そちらに目を向けると、彼女は剣を抜いて僕に向けている。将軍の目には、自分の身を捨ててでも目的を達そうとしている者に特有の強い意志の光が宿っていた。

 

「ここは我々が抑えます! 殿下は敗軍をまとめ、王都に籠城して体勢を立て直すのです!」

 

「そんなことをして何になる! 皇帝軍までもが現れたのだ! もう王国は終わりだ……」

 

 涙声で殿下が反論した。もうすっかり捨て鉢になってしまっているようだ。……うーん、それはそれとして、僕自身のほうがちょっとヤバい感じだ。まだそれほど血は失っていないはずなんだが、頭がふわふわしてきた。痛みと寒さのせいかな?

 

「そんなことはありません! アルベール軍も、皇帝軍も、強行軍のすえにこの地にたどり着いたのです! 彼女らに冬越しの備えはありません。長期戦を強いれば、両軍ともに戦わずして瓦解するでしょう!」

 

 さすがはガムラン将軍、冷静な現状把握だ。実際、我が軍はあと一ヶ月この場に滞陣し続ければおのずと自壊してしまう可能性が高い。冬の軍事行動はそれだけリスキーなのだ。おそらく、皇帝軍のほうも似たような状況だと思われる。

 今のアルベール軍・皇帝軍に、王都攻囲戦を戦い抜く能力が無いというガムラン将軍の見立ては正しい。問題はそんなことをしても守り切れるのは王都周辺だけだという点だが……それでも、負けるよりはマシ、という判断なのかもしれない。

 

「これが最後のご奉公です。我らの忠義にお応えください、殿下。……総員、突撃! 殿下をお救いせよッ!」

 

 剣を指揮棒のように振り回し、ガムラン将軍が命令を下した。それまで遠巻きに一騎討ちを眺めていた殿下の側仕えたちが、一斉にこちらにむけて走り出す。げぇ!?

 

「いかん、止めろ!」

 

 ソニアが鋭い声をあげ、近侍隊が一斉に発砲した。一瞬遅れて、エルフ兵も矢を放ちはじめる。矢玉の雨を浴びた王国兵はバタバタと倒れていったが、それでも彼女らは怯まない。

 

「我ら全員が倒れようとも、殿下お一人が逃げ延びることができればこちらの勝利だ! 踏ん張れ!」

 

 いつもの昼行灯めいた雰囲気をかなぐり捨て、ガムラン将軍が叫んでいる。弾でも掠ったか、その顔は鮮血に染まっていた。

 

「なんてことだ」

 

 せっかく綺麗な幕引きができそうだったのに、気付いたらこれだ。戦争というヤツは本当にままならない。ヤンナルネ。

 とにかく、今は殿下の確保が最優先だ。ガムラン将軍のプランである王都への籠城が実現したら、かなり厄介なことになる。これまでの努力が台無しだ。

 

「ありゃ」

 

 などと考えつつ座り込んだままの殿下を引き起こそうとするが、足がもつれて上手くいかない。どうやら、失血と痛みと寒さが予想以上に僕の体力を奪っていたようだ。

 その様子を見たフランセット殿下が「アルベール!?」と心配そうな声を上げる。おいおい、僕は敵だぞと笑おうとしたところで……突如、背中に硬いものが押しつけられた。

 

「ッ!?」

 

 慌てて振り返ると、そこにいたのは眼帯をつけた白髪の少女。そう、フィオレンツァだ。彼女は小型のリボルバーを僕の背中に当てつつ、艶然と微笑む。

 

「お久しぶりです、アルベールさん」

 

「どう……して、君がここに」

 

 まったくの虚を突かれ、僕は呆然とした。これまで完全に姿をくらませていた黒幕候補が、ここへきて突然現れたのだ。驚かないはずがない。

 

「漁夫の利を得るには最適のタイミングでしょう? うふふ」

 

 常と変わらぬ優しげな笑みと共に、僕の幼馴染みはそう吐き捨てた。そして彼女は視線を戦場に向け、口を開く。

 

「皆様、ご静粛に」

 

 静かだが、妙に響く声だった。敵味方の注目がこちらに集まる。僕が拳銃を突きつけられているのを見て、ソニアの顔が真っ青になった。

 

「アル様!? き、貴様フィオレンツァか!」

 

「ええ、その通り。貴方の幼馴染みにしてお友達、フィオレンツァですよ」

 

 フィオレンツァの声は不思議と晴れ晴れとしていた。

 

「アルベール軍の皆様も、王軍の皆様も、お静かに願います。さもなくば、あなた方の大切な主君が命を落とすことになりますよ」

 

 そう言って、フィオレンツァはリボルバーの銃口を殿下の足へと向けた。そのまま、躊躇無く引き金を引く。乾いた銃声とともに、殿下の右ずねに弾痕が刻まれた。鮮血が舞い、くぐもった悲鳴が上がる。

 戦場はにわかに静まりかえった。再激突寸前だった両軍の兵士らは動きを止め、凍り付いた表情でこちらを見ている。フィオレンツァは見せびらかすように撃鉄を起こし、再びその銃口を僕へと向けた。

 

「クソ坊主、何のつもりだ!」

 

 ガムラン将軍が罵りの声をあげる。フィオレンツァは王党派陣営に属していたはずだ。それがいきなり殿下に牙を剥いたわけだから、将軍の困惑もひとしおだろう。

 

「まったく、単純な方々ですね。私の手のひらの上で踊っているとも知らず、国まで真っ二つに割って……うふふ、なんて滑稽なんでしょう」

 

 嘲りの言葉とともに、フィオレンツァはくつくつと笑う。ああ、やはり彼女がこの状況の黒幕だったわけか。しかし、どうしてこんなことをしでかしたのかはさっぱり理解ができない。僕は口を一文字に結び、うなり声を漏らした。

 

「王党派、アルベール派、そして神聖帝国。大陸西方の有力勢力はもうすっかりズタボロです。これで下ごしらえは完了。あとは調理して美味しくいただくだけ……うふ、簡単な仕事でしたよ」

 

 ニヤニヤと笑いつつ、フィオレンツァは左手を挙げた。すると、戦場に新たな一団がゾロゾロと現れる。若い貴族将校らしき女に率いられた小部隊だった。しかし、その全員がひどく茫洋とした目つきをしており、なにやら異様な雰囲気を漂わせている。

 

「アルベールとフランセットを確保し、いったん離脱します」

 

「はい」

 

 どうやらこの連中はフィオレンツァの指揮下にあるようだが、命令への返答も奇妙にのっぺりとした声音で明らかに普通の状態では無い。まるで自我を持たぬ人形のようだった。

 

「フィオレンツァ! 貴様、なんのつもりか知らないが、アル様に手を出してタダで済むと……」

 

 大剣を手にソニアが吠える。まるで怒り狂うドラゴンのような威圧感の籠もった声だった。しかし……

 

「おおっと、いけませんよソニアさん。下手に動けばこの男の命はありませんよ?」

 

 まるで似合わない小悪党めいた脅し文句がフィオレンツァの口から飛び出すと、我が副官はうめき声を漏らすことしかできなくなった。

 そうこうしているうちに例の貴族将校らが近寄ってきて、手際よく僕と殿下の武装解除を行った。隙を見て反撃に転じようとしたが……

 

「身体がマトモに動かないのは分かっているのです。無駄な抵抗はしないように」

 

 と、フィオレンツァに絶妙なタイミングで釘を刺され諦めざるを得なかった。実際、今の僕は大人数を相手に立ち回れるような状態ではない。左腕からの出血が思った以上に激しく、強化魔法の反動から立ち直れずにいるのだ。

 そうこうしているうちに、僕たちはあっという間に身体を拘束され荷物のように抱え上げられてしまった。どうやらこのままどこかへ連れて行く腹づもりのようだ。

 

「それでは皆様さようなら。次に会うときは最終幕です。どうぞお楽しみに……」

 

 ニヤリと笑ってから、フィオレンツァは部下に撤収命令を出す。お互いの主君を抑えられたアルベール軍と王軍は、彼女らの行動を阻止することが出来なかった……

 

 

 


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