異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

691 / 700
第691話 くっころ男騎士と黒幕(1)

「そうですね。何も知らないままというのは可哀想ですし、そろそろ種明かしをしてあげましょうか」

 

 状況説明を求めた僕に対し、フィオレンツァはまるで世間話のような気楽さでそう応じた。そして幌馬車の荷台に置かれている椅子の一つに悠然と腰を下ろすと、にこやかな表情で僕たちを交互に見る。

 フランセット殿下が憤懣やるかたない様子で息を吐いた。彼女は指が白くなるほど力強く拳を握りしめ、鎖や鉄枷による拘束がなければ今すぐにでも司教に殴りかかっていきそうなほどの怒気を全身に漲らせている。

 優女と呼ばれがちな殿下だが、それでも竜人(ドラゴニュート)だ。只人(ヒューム)や翼人などと比べれば、遙かに体格と膂力に優れている。そんな猛獣より恐ろしい存在がここまで怒りを露わにしているというのに、フィオレンツァはまったく気にする様子もなく微笑を浮かべ続けていた。

 

 

「では、何からお話しましょうか。この際です、なんでも答えて差し上げますよ」

 

 じゃあまず今日の天気でも教えてもらおうかな、なんて軽口が口から飛び出しかけたが、マジギレしている殿下の手前なんとか堪えた。

 裏切られた上に片足まで持って行かれたのだから当然だが、フランセット殿下の怒りようは尋常ではない。枷や鎖にチラチラと視線を送っているのは、なんとか拘束から逃れる方法はないのか考えているためだろう。

 

「そうだね、まずは鉄板の質問から行こうか。……僕たち二人を捕まえて、どうするつもりだ?」

 

 殿下がそんな様子だから、僕の方はかえって冷静になっていた。むろんフィオレンツァに対して思うところや言ってやりたいことはいくらでもあるが、今はそんなことに拘っていられる場合ではない。

 

「どうするつもり、ですか。うふふ、簡単なことですよ」

 

 こちらの意図が情報収集と時間稼ぎであることなどわかりきっているだろうに、フィオレンツァは気にする様子もなく平静な声でそう応じる。なんだか不自然な態度だな。真意がいまいちよくわからない。

 

「アルベールさんとフランセット殿下の身柄を抑えれば、もう王国とアルベール陣営の首根っこを押さえたも同然ですからね。お二人を人質にしている限り、両陣営は身動きが取れなくなります」

 

「なるほど、その隙に好き勝手やろうというわけか。……星導国の方でもずいぶんと大きな動きがあったと聞いた。今回の一連の事件も、そちらの政変と水面下で繋がっていたというわけだな」

 

 昨今の聖界は大時化状態だ。スキャンダルの嵐が吹き荒れ、現教皇が職を降ろされた。そして代わりに教皇に就こうとしているのが、誰あろうフィオレンツァの母親なのだ。

 

「ご明察です。神聖帝国は先日のいくさで大きく弱体化いたしました。そしてこのいくさによって王国系の勢力も大人しくなるでしょう。貴族の権威はもはや地に墜ちました。その代わりとして、我らが導きの星が中天にて輝くというわけです」

 

「陳腐な策だ」

 

 苦々しい表情で殿下が吐き捨てた。僕もまったく同感だ。要するに、フィオレンツァは貴族を叩くことで聖職者の権威と権力を高めようとしているのだった。

 確かに分かりやすいシナリオではある。貴族が役立たずと分かれば、民衆はさらに星導教への依存を強めるだろう。この世界ではまだ民主主義革命の萌芽は始まっていないから、ここで世俗権威が没落すればしばらくは星導教が天下を取れる。

 世俗と聖界の権威は絶えず綱引きを繰り返しており、これまでも度々鞘当てめいた事件は起きている。今度の事変は、その競争の最終的な解決を図ろうとして起きたものだということだろうか?

 

「……ああ、なんたる無様か。余はずっと貴様の手の上で踊っていたわけだな。レーヌ市へ侵攻したのも、宰相派を討とうとしたのも、全ては貴様を利するためだったと」

 

「さようです。うふふ、言ったでしょう? 貴方ほどよく踊ってくれる駒は他にいなかったと。わたくし、本心から貴方に感謝しておりますのよ?」

 

 両手をぎゅっと握り、祈るような所作で殿下に頭をさげるフィオレンツァ。

 

「おのれ、おのれ……! なぜ余は貴様のような(やから)の口車に乗ってしまったのだ! 自分が情けない……!」

 

「まあまあ、そう気を落とさず。感謝していると申しましたでしょう? むろん、それなりのお礼はいたしますとも」

 

 フィオレンツァの態度はあくまで友好的だ。優しく微笑み、ずいと身を乗り出して殿下の鼻先に顔を近付ける。

 

「アルベールくんに関しては、生きてさえいればもう用はありません。フランセット殿下がご自由にお使いください。子供だって作っても良いですよ。むしろ、存分にお励みください。ヴァロワ家、ブロンダン家の直系血族はいろいろと役に立ちますから」

 

「貴様、余を騙すのみならず幼なじみまでもをモノのように扱って……!」

 

「結婚式だってあげても良いのです。もちろん、誓いの言葉はわたくし自ら聞き届けてあげましょう。うふふ、ふふふふふ……! 楽しみですね、殿下」

 

 微笑の仮面が剥がれ、その下から三日月状にゆがむ口元が露わになる。殿下は最早言葉が出ない様子で、ひたすらに憎々しげな目つきでフィオレンツァを睨み付けた。

 ……いったいどうして、フィオレンツァはここまで殿下を煽るのだろうか? 理由がよくわからない。意趣返しか何かだろうか。うーん、単なるサディズムの発露という可能性もあるが、なんだか違和感があるぞ。

 

「ふむ、僕たちを解放する気はないと。なら、この馬車が向かっている先は星導国ということだな」

 

 ちらりと荷台の後部に目をやり、僕は軽い声で言った。そこには分厚い帆布のカーテンがかけられており、布と布の間からは冬の冷たい陽光が差し込んでいる。

 これはつまり、周囲に日差しを遮るようなもの、例えば樹木などがないことを示している。空気の匂いからしても、ここは森の中などではないようだ。街道とか、平坦な草原とか、そういう場所ではなかろうか。

 そして、星導国はガレア王国からみて南東に位置する国だ。もちろん僕の頭の中には大陸西方の詳細な地図が入っているから、それとこれまでに得た方法を並べてみれば自分たちの現在位置にはそれなりの見当がつく。

 

「さて、どうでしょう。ご想像にお任せしますよ」

 

 しかし、フィオレンツァの鉄面皮にはいささかの揺らぎもない。図星を刺された、という感じではないな。

 相手はこんな大それた陰謀をしでかす女だ。幼馴染みとはいえ、「長い付き合いだから、アイツの考えていることなんて簡単に予想できる」なんて慢心は覚えない方が良さそうだ。実際、僕は今回の内戦が始まるまで彼女の策謀に気づけなかったわけだし。

 

「はぁ、まったく。君には敵わないな。興味半分で聞くが、フィオはいったいいつからこんな気宇壮大な計画を立てていたんだ? もしかして、僕と出会う以前からの野望だったりするのか」

 

「……ええ、もちろん」

 

 一瞬の思案の後、フィオレンツァは静かに頷いた。

 

「フランセット殿下と並んで、アルベールさんもなかなか良い駒でした。わたくしの引いたレール(、、)の上を、自分で選択したような顔をして進んで……単純な馬鹿は扱いやすくていいですね。なんとも簡単な仕事でした」

 

レール(、、)ね。僕の人生は、ずっと君の掌中にあったわけか」

 

 レール(、、)レール(、、)と来たか。これはちょっと予想外の単語が出てきたな。ちょっと話が変わってきたかもしれん。

 

「……当然でしょう。貴方のような卑賤な生まれの男が、己の力のみで今の地位まで成り上がることが出来たとでも?」

 

 しばし沈黙してから、フィオレンツァは傲然と言い放った。彼女の口調はひどく挑発的なものであったが、その目には奇妙な決意の色がある。

 なんだろう、奇妙な齟齬を感じる。この陳腐な野望は、本当に彼女の本意なのだろうか? 幼なじみの身としては、今の彼女は嘘をついているようにしか見えないのだが……。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。