異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第693話 盗撮魔副官の反抗(1)

 決戦の夜が明けても、わたし……ソニア・スオラハティの心に歓喜がわき上がることはなかった。いや、決して負けたわけではない。この第二次ロアール河畔の戦いは、確かに我々アルベール軍の勝利で幕が降りたのだ。

 一度は一騎討ちの結果を覆そうとしたガムラン将軍だったが、大黒柱であるフランセット殿下がフィレンツァの手に落ちたことでとうとう心が折れ、降伏を受諾した。

 ジルベルトに攻められていたオレアン軍も同時期に白旗を上げ、オレアン公自身も自決したとの報告が入っている。王軍はとうとう完全に屈服したのである。

 しかし、勝利の美酒をまず第一に味わうべきアル様がいらっしゃらないことには、画竜点睛を欠くにもほどがある。わたしは焦り、悩み、憤怒した。一度ならず二度までもアル様を奪われるとは。悔やんでも悔やみきれない。

 

「おのれ、フィオレンツァめ!」

 

 このわたしがついていながら、アル様が浚われていくさまを指をくわえて見ていることしかできなかったのだ。慚愧の念に堪えないとはこのことだろう。穴があったら入りたい、そしてそのまま埋め立てられたい。本心からそう願うほどの恥辱と後悔であった。

 ガムラン将軍が横槍を入れさえしなければ、フィオレンツァごときに不覚を取ることなどあり得なかったのだ。ヤツだけは決して許さない。

 そんな考えが頭の中でぐるぐると回っていたが、だからといってアル様の捜索に専念するという訳にはいかない。なにしろアル様がいらっしゃらない以上、アルベール軍の最高司令官はわたしなのだ。

 いまのわたしの最優先任務は、責任を持って戦争の後始末をすることなのだ。私情を優先してそこから逃げ出すわけにはいかない。まさに断腸の思いで部下の指導に当たる。

 

「この寒さだ、遺体の腐敗についてはそれほど気をつける必要はない。それよりも生者の救護に専念したほうが良いだろう。死なずに済むものは出来る限り生かせ」

 

 数万の軍勢が真正面からぶつかりあったのだ。その後始末は尋常ではなく大変だった。その上、脳裏には常にアル様のことがチラついている。心が張り裂けそうなほど辛かった。

 

「アルベール! アルベールはどうなっている!?」

 

 そうこうしているうちに、面倒な来客が現れた。救援にやってきた皇帝軍の司令官、アレクシアだ。彼女は道すがらアル様とフランセットが拉致された事件について聞かされたらしく、らしくもないことに血相を変えていた。

 

「現在捜索中だ。しかし、まだ尻尾は掴めていない。貴様のところに手空きの部隊があったら、そちらも追跡に回してくれ。とにかく今は人手が足りない」

 

 皇帝軍の来援によって王軍は総崩れになり、戦局は決定的な局面を迎えた。業腹だが、この手柄は認めざるを得ないだろう。神聖帝国抜きで勝利を掴むという当初の計画は、画餅に帰してしまったわけだ。

 正直なところ彼女らにこれ以上頼ることは避けたかったが、それでもあえて涙を飲み頭を下げてアレクシアにそう頼み込んだ。今は面子を優先している場合ではないと判断したからだ。

 

「むろん言われずともそのつもりだ。既に軽騎兵を用意してある」

 

 苦々しい顔で頷いたアレクシアは、部下たちに二言三言指示を出した。そしてこちらに渋面を向け、これ見よがしにため息を吐く。

 

「しかしだな、これは失態だぞ。貴殿がついていながら、坊主風情に遅れを取るとは」

 

 耳の痛くなるような指摘に、わたしは唇を噛んで目を伏せることしかできない。言い返したい気持ちはあるが、まったくの正論だ。まさか軍人ですらないフィオレンツァに、こうも良いようにやられるとは思っても見なかった。

 

「いま味方同士で足を引っ張り合っても、喜ぶのはあのクソ坊主だけでしてよ~?」

 

 アレクシアは追撃の言葉を放とうとしたが、それより早くヴァルマが彼女の脇腹を小突いた。なかなか力が入っていたようで、デカ猫女(アレクシア)は「オフッ」と小さな声を漏らしてしゃがみ込んでしまう。

 

「とにかく、アルベールを取り戻すのが第一ですわ。駄姉、そちらの捜索態勢を教えて貰ってもよろしくって?」

 

「とりあえず、ウルの鳥人とミュリン伯爵軍を投入している」

 

「鳥人とオオカミ獣人ですか。まあ、人捜しを得手としている連中には違いありませんが……他の方々は?」

 

「昨夜の戦闘で、多くの兵士が体力の限界を迎えている。動ける部隊の割り振りを考えれば、捜索任務に出せるのはこの二部隊が限度だった」

 

 言葉と言うよりは砂を吐き出しているような気分で、出来ない理由を説明する。我が軍は昨日の昼間から戦い通しであり、完全に疲弊しきっている。オレアン領を虱潰しに調査していくような余力はどこにも無かった。

 

「……ふぅ。戦争ですものね、常に万全とは行きませんか」

 

 苦い笑みを浮かべつつ、ヴァルマがわたしの肩を叩いた。彼女がわたしを励ますなど、いままでになかったことだった。不覚にも涙が出そうになり、慌てて咳払いをして誤魔化す。

 

「とにかく今は出来ることからやっていきましょう。ちょうど、人手(、、)も余っているのでお手伝いいたしますわ」

 

「マリッタか」

 

 わざとらしい言い方に、思わず苦笑が漏れる。敵方についていた二番目の妹がヴァルマの説得を受けて寝返ったことは、もちろんわたしも耳にしていた。

 姉妹相打つ事態が避けられたのはたいへんに結構だが、マリッタがこちらに槍を向けたことは紛れもない事実だ。流石になんのお咎めもなし、という訳にはいかない。せいぜい馬車馬のように働いてもらい、それを禊ぎとすることにしよう。

 

「仕事はいくらでもある、奴にはせいぜい頑張ってもらおうじゃないか」

 

 ひとまず戦死者の回収と集計でもやらせることにするか。誰もやりたがらないたぐいの仕事だが、だからこそいまのマリッタが適役だ。

 

「そういえば、ソニア。貴殿、ガムランとか言う敵将を捕らえていると聞いたが」

 

 話がまとまりかけたところへ、アレクシアがくちばしを突っ込んでくる。

 

「ああ。フランセットが捕まった今となっては、奴が王軍の総大将だ。殺してしまってはいろいろと不便だから、一応生け捕りにしてあるが。それがどうした?」

 

「我の方でも聴取がしたい。フィオレンツァというのはもともと王室方についていたのだろう? 王党派の将軍であれば、逃走ルートや潜伏先についてなにか心当たりがあるやもしれん」

 

「聴取、ね……。それほど有用な情報は得られないと思うがな。何しろ、フィオレンツァは王太子陣営を裏切っているのだ。王室系のルートから辿れるような経路を用いて逃げるような間抜けな真似はすまい」

 

 むろん、ガムラン将軍に対する尋問は我々のほうでも実施している。だが、芳しい成果は何一つ得られなかった。どうやらフィオレンツァは最初から王太子陣営を利用するだけして使い捨てる気だったようで、極力足跡を残さぬよう活動していたフシがある。

 

「それは分かっているが……」

 

 アレクシアは珍しく歯切れの悪い様子だった。アル様が拉致されたことで、動揺しているのかもしれない。何かせずにはいられない落ち着かない気分になってしまっているのだろう。

 ここで面談を断れば、「我自ら捜索に出る!」などと厄介なことを言い出してしまいかねない気がする。

 だが、こんなガサツで無神経で身分ばかりが高い厄介者が前線に出れば、間違いなく現場の者たちに無用の苦労をかけるだろう。ならば、聴取でもなんでもやらせて無聊をなぐさめてもらうことにしようか。

 

「わかった、ガムラン将軍のところに案内しよう」

 

 わたしの言葉に、アレクシアは子供のように表情をほころばせた。

 

「助かる。よし、善は急げだ。早速……」

 

「おっと、相済まん。その聴取、ワシも同行させてもらっても良いかの?」

 

 修羅場に似つかわしくないのんきな声が、先帝の言葉を遮った。見れば、そこにいたのはダライヤである。一応いつものポンチョこそ着ているものの、髪はボサボサで顔はネムネム、いかにも寝起きとわかる風体だった。

 

「それは構わんが……本当に、あの将軍は何も知らない様子だったぞ? 大勢で押しかけたところで、大した意味があるとも思えんが」

 

 このクソ外道エルフは、戦闘が終結してすぐに仮眠に入ってしまったのである。この忙しい時に、という気持ちを込めて睨み付けると、彼女は大きなあくびをしてから首筋をボリボリと掻いた。

 

「それはどうかのぉ? 目先を変えてみれば、案外なかなかの掘り出し物が手に入るやもしれんぞ」

 

 そう言って、ダライヤは不敵に微笑んだ。

 


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