異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第699話 くっころ男騎士の決意

 青白の司教服と、純白の羽根が血に染まっている。事切れたフィオレンツァは、ひどく安らかな表情をしていた。まるで眠っているだけのようにも見える。その死に顔を網膜に焼き付けた後、僕はゆっくりと目を閉じ深々と息を吐いた。

 

「終わった、な……」

 

「ええ……」

 

 重く湿った声でソニアが同意を示す。いつにも増して、彼女の表情は固かった。決して仲は良くなかったとはいえ、幼馴染みが死んだのだから当然のことかもしれない。

 ネェルが優しい手付きでフィオレンツァの遺骸を地面に下ろした。血を流しながら横たわる彼女は、さながら地に墜ちた小鳥のようだ。その可憐でありながらむごい姿は、僕の神経をいやに逆撫でしていた。

 彼女に向けて手を合わせ、心の中で祈る。彼女が死後、どういった道のりを行くのかはわからない。僕のように転生するのだろうか? それとも、地獄に落ちるのだろうか? あるいは、死んだ時点で全てが泡のように消えてなくなるのかもしれない。

 しかし、なんであれ死人に罪はあるまい。願わくば、彼女の次の旅路が幸の多いものであらんことを。

 

「ん? あれっ、ここはいったい?」

 

「殿下!? フランセット殿下ではありませんか! 私は何を……」

 

 そうこうしているうちに、周囲の護衛兵たちが次々と正気を取り戻しはじめる。フィオが死んだことで服従の魔眼の効果が消えたのだろう。

 どうやら彼女らは自分が何をしていたのか分かっていなかったらしく、拘束されたフランセット殿下を見て顔色を変えていた。

 結局、この護衛兵たちはフィオに危機が迫っている時でさえ、カカシのように突っ立っているだけだったな。おそらく、本当に彼女らはカカシ以上の存在意義が無かったのだ。

 つまり、フィオレンツァが黒幕ぶるための演出装置というわけだ。それはそれで、ひどく哀れな話である。

 

「やれやれ、やっと魔法が解けたか。君たち、ひとまずこの手枷を外して、椅子を用意してくれないか。見ての通り、今の余は自分の足で立つこともままならない身でね」

 

 生まれたその日から人に傅かれる立場にあった人間らしい態度で、殿下が護衛兵らに命じる。

 その声には、自分をここまで引っ立ててきた護衛兵たちに対する恨みなどは一切ふくまれていない。彼女らも、自分と同じフィオレンツァの被害者にすぎないと割り切っているのだろう。

 兵士のひとりが軍用の折りたたみ椅子をだしてきて、殿下を座らせた。どうやら僕たちが乗っていた幌馬車の落とし物らしい。堂々たる態度でそれに腰を下ろした殿下は、ゆっくりとため息を吐いて僕たちの方を見た。

 

「終わった、と君は言うがね。僭越ながら言わせてもらえば、終わったのではなくむしろ始まったのだと思うよ」

 

「確かにそうですね。ああ、今から気が重い」

 

 ボヤきながら、僕は地面の上であぐらを組んだ。貴族らしからぬだらしない態度だが、致し方あるまい。徹夜明けからのこの逃避行だ。さすがにくたびれてしまった。

 

「フィオの勝ち逃げを許してしまった以上、もはや僕の取れる選択肢はひとつだけ。王様になるしか無いんですかねぇ」

 

「そりゃあねぇ? 我らヴァロワが落陽を迎え、君たちブロンダンが頂点に立つ。歴史の流れはこれで確定してしまった。余は役目を終えた役者というわけだ」

 

 投げやりな調子でそう言い、殿下は椅子の上で脱力した。こちらもこちらで、王太子らしからぬダラけた所作である。

 

「納得していない部分は多々あるし、言いたいこともたくさんある。けれど、もはや全ては手遅れだ。ひとまず認めよう、余の敗北を」

 

「どうも……」

 

 フランセット殿下の表情は、むしろ清々しているようにも見えた。フィオレンツァに操られたあげくの結末がこれだ。むろん、受け入れるのは容易ではあるまい。

 しかし、今さら四の五の言ったところでまったくの無意味だ。彼女はひとまず、名誉ある敗者の立場に甘んじることを受け入れたようだった。

 

「で、勝者たるオヌシはこれからどうするのかのぉ?」

 

 腕組みをしたダライヤが寄ってきて、ニヤケ面でそんなことを聞いてきた。からかい半分、哀れみ半分といった調子の声音だった。

 

「さてね。ひとまずは、フィオレンツァの敷いたレール……もとい、道筋を利用することにするかね」

 

「王国、神聖帝国に跨がる大国の建国、そしてその元首に戴冠か。ふふふ、なんとも凄まじい話じゃないか。前時代の大オルト帝国に匹敵する大偉業だ」

 

 フィオレンツァに利用され、すべてを失ってしまった割には殿下の声はカラリとしている。無くしてから初めて、自らの背負っていたものの重さに気付いたのかもしれない。

 

「アヴァロニアに脇腹を刺されて頓死するフラグじゃないですか、それって。勘弁してくださいよ」

 

「ハハハ……かの国は狡猾だよ。旧式の軍隊しか持たぬ連中だと舐めるのはやめたほうがいい、彼女らの本分は海軍と外交だからね」

 

「肝に銘じておきましょ……」

 

 戦争は終わったというのに、まったくもって気が重い。何が悲しくて、僕のような軍事馬鹿が王様などやらねばならんのだ。しかも、むやみに図体のデカい新国家の。

 全部を投げ出して、田舎でも引っ込みたい気分はあった。いや、リースベンもド田舎には違いないが、あそこはエルフがいるから駄目だ。まあとにかく、尻尾を巻いて逃げたいと言うことだな。

 しかし、義務というのは捨てられないからこそ義務なのだ。それを捨て去ることは僕のプライドが許さない。まあ、フィオの描いた絵図そのままを踏襲するというのはいささか気に入らないが……いったんそれは忘れよう。

 

「……なあ、ソニア」

 

「なんでしょう」

 

 応えるソニアの声は硬い。彼女も、いろいろと思うところがあるのだろう。僕自身、正直なところ平常心は保てずにいた。フィオの死、彼女の陰謀、そしてこれからの僕たちが歩むであろう茨の道……さまざまな考えが、頭の中を巡ってはきえてゆく。

 

「僕たちは、これまで以上によく話し合ったほうがいい。フィオがこうなったのは、誰とも話し合わずに一人で不相応な理想を弄び続けたせいだ。くだんの計画を実行に移す前に、僕たちに一言相談していれば……こんなひどいことにはならなかった」

 

 フィオの表情は他殺体とは思えぬほど安らかだった。僕にはどうにもそれが気に入らない。自己満足で大勢の人を傷つけ、あげく独りよがりに死んでいった。我が幼馴染みながら、ろくでもない女だ。

 けれども、僕はどうしてもフィオを憎みきることができなかった。彼女の生き方が、僕自身にもダブって見えるせいかもしれない。彼女の短所と僕の短所はよく似ている気がするのだ。

 

「そうですね……。フィオレンツァと同じ轍を踏む気はありません。もちろん、結末もです。こんな風に、自分だけの満足を抱えて一人で死ぬなんてまったくの御免ですから」

 

 ソニアは悲しげな表情でフィオを一瞥する。

 

「騎士にあるまじきことを申しますが……わたしは、子供や孫に囲まれて大往生がしたいですね。そして、あなたと同じお墓に眠りたい。やれ新国家だ、王様だ、皇帝だ、などと言われても、その目標だけは変える気はありませんよ」

 

「ハハハ……良い目標じゃないか。その道は、是非とも一緒に歩ませてもらいたいところだね」

 

 初志貫徹、か。確かにそれも忘れちゃ駄目だな。

 

「幼馴染みも、結構、ですが。しかし、アルベールくんには、他にも、家族が、いるのですよ」

 

 ネェルが不満顔でしなだれかかってきた。体格が体格なので、なんだかゾウか何かに甘えられているような気分になる。

 

「ワシも忘れて貰っては困るぞ? オヌシには、ワシの隠居に付き合うという重大な使命があるのじゃ。国だかなんだか知らんが、それにかまけて後回しにされては貯まったもんじゃないからのぉ」

 

 ロリババアも滅茶苦茶なことを言い出す。うへえ、参ったね。そういえば、僕には両手の指を足しても足りないほどの大勢の嫁がいるのである。当然だが、彼女らを放置しておくわけにもいかない。

 

「やれやれ、やることが多くて気が滅入るね。ぶかぶかの身の丈に合わない服を着せられたような気分だ」

 

「そうでしょうか? わたしには、ちょうど良い大きさの服のように思えますが。……ふふ。ですが、身の丈に合わないというのなら、それに合わせて身体の方を大きくすれば良いだけです。簡単なことでしょう?」

 

「ムチャクチャを言うねぇ」

 

 大陸西方の大半を領有する巨大国家を建設して、平和な世の中を作り、そしてたくさんのお嫁様と円満な家庭を築く? おいおいおい、僕が十人くらいに分裂してもまだ足りないだろ、そんなの。まったくソニアもとんでもないことを言ってくれるものだ。

 

「悪いが、僕は君たちが思っているほど有能な人間じゃない。正直、力不足だよ。……だから、みんな。どうか僕に力を貸して欲しい。一人じゃ出来ないことも、みんなでやればきっとなんとかなるから、さ?」

 

「もちろん」

 

「むろんじゃ」

 

「当然、です」

 

 返ってきたのは、三者三様の頼もしい答え。それをひとり離れたところで聞いていたフランセット殿下が、悲しげな表情でため息を吐いた。

 

「……ッ!?」

 

 そちらに向けてウィンクをすると、彼女は驚いた顔で目を見開く。……せっかく拾った命なんだ、ここで捨てるには惜しい。情の面を抜きにしても、先代王朝直系の血筋というのはいろいろと使い道はあるものだ。

 幸いにも、僕の陣営にはすでに一度矛を交えている相手がたくさんいるのだ。彼女と再び手を結んでも、大きな反発は出ないだろう。

 アーちゃんを初めとした厄介なメンツに対抗するためにも、彼女の力と血筋は有効だからな。せいぜい、戦後秩序の確立のために身を粉にして働いて貰うことにしよう。

 

「さて、とにもかくにもこれでこの戦争は終わりだ。剣を納め、帰るべき場所に戻ることにしようじゃないか」

 

 そう言って、僕は地面から立ち上がった。これから僕たちが歩むのは茨の道だ。こんなところで休んでいる暇はない。今はただ、無心で歩き続けよう。その先にソニアの言うような幸せなゴールがあると信じて。

 

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