異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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最終話 くっころ男騎士の後日譚

 あの戦争が終わってから、十年が経過した。

 当然ながら、その道のりは決して平坦なものではなかった。なにしろ、大陸西方の既存秩序はフィオレンツァの策謀によって完全に破壊し尽くされてしまっていたのだ。そこに新たな秩序を打ち立てるというのは、まったくもって尋常な事業ではなかった。

 ガレア内戦終結後の最大の懸案事項は、星導国とアヴァロニア王国であった。僕たちアルベール軍は連戦によってすっかり疲弊しており、次の戦争を戦う余力などどこにも無かったからだ。

 このうち、前者の星導国については思ったよりも簡単に片がついた。教皇就任一歩手前まで行っていたフィオレンツァの母が、娘の死後すぐに暗殺されてしまったからだ。かの国はそのまま内部闘争の道に進み、我々に干渉するどころではなくなってしまった。

 一方、後者……アヴァロニア王国への対処はなかなかに難儀をした。ガレア王国の西側に浮かぶこの島国は、西方諸国の動乱を自身の勢力拡大の好機として捉えていたからだ。

 ガレア内戦終結からちょうど半年後、ガレア・アヴァロニア両王国の間に横たわる海峡にアヴァロニアの大艦隊が集結し、情勢は緊迫の一途をたどった。一時は開戦は不可避ではないかと思われたほどだ。

 しかしこれは、アデライドとダライヤの二人が直接アヴァロニア本土に乗り込むことでなんとか解決した。外交巧者で知られるアヴァロニアに対しても彼女らは一歩も引かずに交渉しつづけ、最終的にはなんとか矛を収めることに成功したのである。

 

「やれやれ、先方の筆頭紋章官が旧い友人で助かったわい」

 

 とは、ダライヤの弁である。本当に交友関係の広い奴だな、こいつは……。

 

 それはさておき、外交も大変だったが内政もなかなかに大変だった。”内”とはいっても、我々の支配領域は西はガレア王国から東は神聖オルト帝国、北はノール辺境領から、南はリースベン領に跨がっている。これは、ほぼ中央大陸西方の全域といっても過言ではない。

 アーちゃんやフラン(あの内紛の後、僕たちは愛称で呼び合う関係になった)との話し合いの末、リースベン・ガレア・オルトの三国は連合を組み一つの国家を形成することとなった。

 ガレアもオルトも一連の戦乱ですっかり疲弊していたから、外敵から身を守るためにはこうして徒党を組むほかなかったのである。リースベン軍自体も連戦で消耗してたしな。

 

 とはいえ、ヴァロワ王家陣営は内戦で敗れてしまったわけだから、白紙和平で無罪放免というわけにもいかない、結局、王国の南部と北部の結構な範囲が削り取られ、それぞれが独立して王国を名乗ることになった。

 王家内部にも手が入れられ、国王陛下は退位。フランセット殿下も廃嫡ということになった。フランには姉妹はいないから、これにてヴァロワ王朝は断絶である。

 新国王に就いたのは、先の内戦で自害したオレアン公の長女だ。血筋をたどった結果、こうなった。彼女はまだ幼児と呼べる年齢だったから、そういう面でも都合が良かったしな。……ま、つまりは傀儡ということだ。

 お役御免となったフランの処遇は揉めに揉めた。処刑せよという意見も当然出たが、先代王朝の血筋が途絶えるといろいろ面倒なことになる。

 例えば、得体の知れないヤツが王家の末裔を名乗って反乱軍を興したりとかな。そうした事態の予防のためにも、老王陛下や殿下に手を出すのは得策ではない。結局、食客という形でリースベンに招き、お膝元で保護することになった。

 

「そもそもからして、余は王冠に相応しい人間ではなかったのかもしれないね。昼間は詩歌を読み、夜は愛する男に睦言を囁く。そういう生活のほうが肌に合っているみたいだ」

 

 ……とは、フランの弁である。

 

 視線を独立した二つの王国に向けてみよう。北の新国家、ノール王国の中核になったのは当然スオラハティ家である。これを期にカステヘルミは当主の座を退き、ヴァルマが初代国王として戴冠することになった。

 そのカステヘルミは責任ある立場を降りたのを良いことにリースベンに引っ越してきて、ヴァルマをずいぶんと悔しがらせたりした。今ではブロンダン家の相談役という形で、僕の屋敷に居候している。

 スオラハティ家で唯一ヴァロワ王家方に付き、あげく再び裏切ったマリッタは……ヴァルマの私的な副官の座に収まっていた。

 針のムシロ状態に置かれている彼女を保護するためにはこうするしか無かったらしい。周囲の目がキツい、とか。ヴァルマが面倒な仕事ばかり投げてきて大変だ、とか。そんなことを長々と書き連ねた手紙が、毎月のように僕の元に届いている。

 

 そして南の新国家……リースベン王国は、思った以上に大きな国になった。ガレアの南部諸侯のみならず、エムズハーフェン選帝侯やらミュリン伯爵やらといった、もと神聖帝国の諸侯までもがリヒトホーフェン家と手を切ってブロンダン家に臣従したからだ。

 

「いくらカワウソ獣人でも、好き好んで泥船に乗り続けようとは思わないからね。私は大船に移らせてもらうわ」

 

 とは、ツェツィーリアの弁である。どデカイ手土産をひっさげてリースベン陣営に参加した彼女は、まさに外様派閥の盟主。リースベン宮廷内で絶大な権力を握り、アデライドなどと連日のように喧々諤々とやり合っている。

 ツェツィは敵同士の時も厄介だったが、味方になってからも一筋縄ではいかない。その割に二人きりになると突然ベタベタに甘えてくるので、ギャップで脳が焼かれそうだ。

 

 一方、そのツェツィーリアに捨てられたアーちゃん以下リヒトホーフェン家はなかなか難儀なことになっていた。

 アーちゃんが勝利を手土産に皇帝へと復位したのはいいものの、ガレア戦での敗北や新連合への加入などで不満を持った神聖帝国諸侯が一斉に叛旗を翻したのである。

 当初、反リヒトホーフェン陣営は合法的な形でアーちゃんを引きずり下ろそうとした。神聖帝国は選挙皇帝制の国であり、帝国議会の結果いかんでは皇帝すら強制的に廃位することができるのだ。

 数年間すったもんだの政争が続いたが、ダライヤの策謀がこれに終止符を打つ。アーちゃんがリースベン軍の軍事力を盾にして議会を廃止しようとしている、という噂を諸侯に流したのである。

 神聖帝国の伝統ある体制が脅かされたとして、諸侯達は大激怒した。とうぜん、状況は急速に悪化の一途をたどる。反リヒトホーフェン陣営は次々と挙兵し、帝都ウィンブルクに攻め寄せた。

 

「ガレアの次はうちで内戦か。まあ良い、不満分子を一斉排除する好機だ!」

 

 とは、アーちゃんの弁である。意図的に暴発させられた反乱軍はたちどころに出鼻をくじかれ、援軍としてやってきたリースベン軍やノール軍に袋叩きにされて敗走。その後も戦乱は丸一年続いたが、それでもなんとか鎮圧には成功した。

 とはいえ、この内戦とツェツィーリアらの独立によって、神聖帝国の力はずいぶんと削られてしまった。アーちゃんは豪腕を振るって混迷を極める国内を再編、なんとか国らしき形に整え、国号をオルト王国へと改める。

 これは、リースベン、ノール、ガレアの三王国と足並みを揃えるための措置であった。他の連合加盟国の元首が王を名乗る中、オルト一国が皇帝を擁し続けるわけにもいかなかったのである。

 

 そんな前途多難な四国が集まって出来た寄り合い所帯の名を、アルベール連合帝国という。……そう、国号に僕の名前がついてしまった。

 もちろん僕は抵抗したが、最終的には押し切られた。「連合結成の主軸となったのはアルベール軍なのですから、国家の方も同じ名を名乗るべきです」とは、ソニアの弁である。

 母体がアルベール軍なわけだから、国旗のほうもそのまま例の(くつわ)十字紋の旗が流用されることになった。前世の世界を知る僕としては、「どうしてこうなった」と言わざるを得ない状況である。

 

 当たり前だが、僕には自身の名を冠するこの生まれたばかりの国の統治者となる義務がある。正直気が重かったが、仕方がない。ここまで来て逃げるのは流石に無責任が過ぎるだろう。

 そうして僕は至尊の冠を被る羽目になったわけだが……連合皇帝の座は、思っていた以上に不自由だった。なにしろ、国の図体がデカすぎる。

 連合などと言っても、所詮は寄り合い所帯。ノール、ガレア、オルトはそれぞれ独自の元首を擁しており、独自の利益を追求するために動いている。

 僕が自由にできるのは自前のリースベン王国だけであり、それですらツェツィーリアを初めとした国内有力者の意向を汲まざるをえない状況にある。正直言って、かなり窮屈だった。

 そんな感じだから、もちろんフィオレンツァが望んだような未来はなかなか訪れない。蒸気機関開発の予算を組むだけでも大変で、やっとマトモな試作品が完成したのが二年まえのことだ。

 

「まあ、それでもゆっくり前進はしているわけだけど」

 

 北へとまっすぐに伸びた線路を見ながら、僕はそう嘯いた。ここは王都カルレラ市郊外にある丘の上。リースベンの首都として猛烈な発展を続けるカルレラ市を見下ろせるこの丘は、近ごろの僕のお気に入りの場所になっている。

 森を切り拓いて作られた線路の上を、真っ黒い巨大な鉄の塊が黒煙をあげながら疾走している。この世界初の実用蒸気機関車、C-1型機関車である。

 現在、リースベンは四両の機関車を保有し、新型の建造も進んでいた。もっとも、線路が引かれているのはジェルマン領のレマ市とこのカルレラ市、そしてズューデンベルグ領のズューデンベルグ市を結ぶ短い一路線しかない。

 連合帝国版図の広さを思えば、進捗はまだ最初の一歩というところだろう。しかし、千里の道も一歩からと言うしな。連合四王国の全ての王都を結ぶ巨大な環状線を作り上げるのが当面の目標だ。まあ、僕が寿命を迎えるまでに実現するかどうかと言えば、かなり怪しいが。

 

「父様ぁぁぁぁ!!」

 

 などと物思いにふけっていたら、空色の髪をもち竜人(ドラゴニュート)の少女が泣きながら僕のほうへと駆け寄ってきた。僕とソニアの長氏、ダニエラである。

 彼女はびえびえと泣きながら僕の足にすがりつき、「マガリがわたしをぶったの! 痛かった!」などと大騒ぎする。

 

「またお前はお父様に言い上げて! そんなんじゃ立派な剣士になれないぞ!」

 

 続いてやって来た黒髪の少女が、頬を膨らませてぷんぷんと怒る。その腰には可愛らしい小さな木剣が差されていた。彼女こそ、ダニエラをいじめた張本人。アデライドと僕の娘、マガリだ。

 この二人はとにかく相性が悪い。ダニエラは本が大好きな穏やかな娘で、争い事は大嫌いだ。一方マガリは騎士に憧れており、雨の日も風の日も木剣を振り回して遊んでいる。

 それだけなら良いのだが、どうやらマガリはダニエラも剣士になるものと決め込んでしまっていた。そのせいか嫌がる彼女をたびたび外へと連れだし、そのたびに泣かれているのであった。

 

「マガリ。何度も言っているが、嫌がる人を強引に鍛錬に付き合わせるのは良くないぞ」

 

「いや、今回のは、ダニエラが、悪いと、思います」

 

 そこへ口を出してきたのは、僕の腰ほどの身長の小さな子カマキリちゃん……そう、ネェルとの娘シィナである。彼女は母親譲りの賢明さと優しさで、喧嘩の絶えない姉妹間の潤滑剤となっている。

 

「今日が、ピクニックだと、知って、いながら、昨夜は、徹夜で、本を、読んで、いたのです。そんなんじゃ、大きく、なれませんよ」

 

「大きくなんかならなくていいもん! 大きくなったら可愛い服を着られないもん!」

 

 涙ながらに抗弁するダニエラ。……ああ、うん。困るね、こういうの。まだ七歳なのに、徹夜というのは確かに良くない。怒られて当然だ。いや、七歳で難しい本を読めるようになってるのは、本当に凄いんだけどね、うん……

 

「まあまあ、そう言うな。背の低い女は損じゃぞ? 周囲からナメられまくるからのぉ」

 

 そう言って窘めるのは、小柄なエルフの少女。そう、僕とダライヤの娘……ではなく、ダライヤ本人だ。彼女は相変わらず小さい。

 ただし、ポンチョの上からでも分かるほどお腹は大きくなっている。妊娠八ヶ月、といったところだろうか。もちろん、こうなった原因は僕にある。

 いや、何人子供がおるねん、しかも全員別の相手との子供じゃねーか! って感じだが、信じがたいことに僕の子供はまだまだ居た。

 視線を丘の下に向ければ、そこにはボールを追い回して遊ぶ子供達の集団がいる。エルフ、アリ虫人、竜人(ドラゴニュート)、ウシ獣人、カワウソ獣人……種族はさまざまだが、全員僕の娘だ。頭が痛くなってくる。

 

「しかしね、マガリ。どんな理由があれ暴力はいけない。ましてや、血を分けた姉妹に震うなんて論外だよ」

 

「でも、騎士というのは悪を正すお仕事でしょう?」

 

「確かにそういう一面もある。けれど正義をなす仕事であるからこそ、自分は本当に正しいのかを常に自問自答し続ける必要があるんだ。独りよがりな正義なんて、悪と大差ないからね」

 

 なおも泣きじゃくるダニエラの頭を撫でつつ、密かにため息をつく。まさに種馬って感じだ。どうしてこうなった。

 いや、仕方がないことなのだ。政治的なあれこれもあり、僕には両手の指を足しても足りないほどの数のお嫁様がいる。当たり前だが結婚したからにはヤることはヤる。そして、ヤればデキる。当然の帰結だった。

 そうして生まれた子供達は、みな僕が直接面倒を見ていた。アーちゃんとの娘などをはじめとして、母親が遠方で暮らしている者も例外なくである。種だけ蒔いて後は放置、などという真似は僕の矜持が許さなかったのである。

 おかげで僕は毎日が多忙だ。まだ赤ん坊の者も多いから、やれおむつ替えだ、夜泣きだと連日れんや大騒ぎで、休んでいる暇もない。もちろん、専門の使用人らの手はおおいに借りてはいるけどね。

 

「アル様ー!」

 

 娘にお説教をしていると、丘のむこうから誰かがやってきた。ソニアとアデライドだ。二人の後ろには軍人や官僚、あるいは使用人など、多くの部下たちが付き従っている。

 現在、ソニアは連合帝国の軍務尚書という立場についている。つまり、軍事面の総括者だ。国内外に埋もれた火種ににらみを効かせつつ、帝国軍の戦力拡充や維持に力を注ぐのが彼女の仕事だった。

 一方、アデライドは相変わらず宰相をしていた。まだまだ若いこの帝国がなんとか国らしい形を保っていられるのは、内政・外交を問わず活躍する彼女の辣腕のおかげである。

 二人を並び称して、帝国の両輪と呼ぶ者も少なくない。僕が子育てに集中できるのも、実務の大半を彼女らがになってくれているおかげだった。

 ……皇帝サマが実務を放り投げて私事に邁進しているのは、ちょっとどうかと思うがね。

 

「わあっ!」

 

 母親の顔を認め、さっきまで泣いていたダニエラの顔がぱっと明るくなった。僕から身体を離し、彼女らの方へと駆け寄る。ソニアがニッコリ笑って両手を広げたが、ダニエラが抱きついたのはアデライドのほうだった。

 

「アデライド様! この間お借りした本、すっごく面白かったです」

 

「あれをもう読み終わったのか!? はやいねぇ……」

 

 優しげな笑みを浮かべつつダニエラの頭を撫でるアデライドには、すっかり母親らしい貫禄がついている。まあ、彼女の母はソニアのほうなのだが。

 

「二人そろって、どうしたの? 何かあった?」

 

 彼女らは帝国の実務者のツートップだから、毎日ひどく多忙そうにしている。子供の相手が本業のようになっている僕とは違うわけだな。そんな二人が連れ立って歩いている姿を見るのは、本当に久しぶりのことだった。

 ……逆にどうして僕はそんなに暇なんだよ、と聞かれそうだが仕方がない。強権を振るおうとしても振るえないのだから、僕は最終的に実務を官僚団に丸投げするようになっていた。現在の僕の役割は、いわば象徴のようなものである。

 まったく情けない話ではあるが、仕方ない。押して駄目なら引いてみろと始めた奇策が、思った以上に嵌まって上手く転がり始めてしまったからだ。

 まあ実際のところ、僕の政治家としての実務能力などアデライドやツェツィーリアの足下にも及ばないからな。付け焼き刃の知識であれこれ指図するよりは、後ろでドンと構えて責任だけ取るやり方のほうが部下たちはやりやすいだろう。

 政治家業のほうはこんな感じなのだが、一方軍人業のほうもいまではほとんど開店休業状態になっている。フランに刺された左腕の後遺症がまだ治っていないせいだ。

 剣や銃を握るのはおろか、日常生活にも不自由するほど握力が無くなってしまった。利き腕ではないとはいえ、片腕が使えない状態で軍務に就いても周囲に迷惑をかけるだけだと判断した訳だった。

 そういうわけで、僕の仕事はもっぱら民衆や軍人、あるいは国内外の有力者に愛想をふりまくことに限定されている。

 会議などに参加することもあるが、上座でふんぞり返っている以上の仕事を求められることはほとんどない。その割に責任はすべてこちらに降りかかるのだから、なんだかひどく理不尽な目に遭っているような気分すらした。

 まあ、そのぶん子供達のために時間を使えるのは嬉しいがね。なんだかんだと言って、自分の子ほど可愛いものはない。それに、子育ては戦場で殺したり殺されたりするのと同じくらいにはエキサイティングな事業だった。

 

「いや、たんに休憩の時間が被っただけさ。たまには、私たちも夫や子供達との時間を作るべきだと思ってねぇ」

 

 などと言って、アデライドが僕にしなだれかかってくる。こういう所は相変わらずだな。まあ、間に子供が挟まっているところはかつてとは違う部分だが。

 

「それと、少し伝言が。……先ほど、ヴァルマから電報が届きましてね。まあ、大した用件ではありませんでしたが」

 

「内容を当ててみようか。……グンヒルドを連れて顔を見せに来い、だろ?」

 

 グンヒルドというのは、僕とヴァルマの間に生まれた子供の名前だった。母親に似て、なかなかのヤンチャ娘だ。この子もまた、母親の元から離れてこのリースベンで暮らしていた。

 

「ご名答です。どうやら、自ら帝王学を叩きこみたいらしいようですね。しばらくグンヒルドを預かりたい、なんてことも申しておりましたよ」

 

「そんなことを言って、子供(グンヒルト)が自分の顔を忘れていたショックをまだ引きずってるだけだろ」

 

「間違いなくそうだと思います」

 

 僕とソニアは顔を見合わせてケラケラと笑った。もちろん子供と離れて暮らすヴァルマの気持ちも理解できるが、こちらもそれなりの理由があって娘を預かっているのである。彼女には我慢して貰うほかなかった。

 なぜ僕が一括して子供達の面倒を見るようになったかと言えば、将来の帝国の幹部層に統一した教育を施すためだ。

 なにしろ、現状の帝国は呉越同舟の寄り合い所帯に過ぎないからな。ここから真の統一国家になるためには、いくつものハードルを超えていかねばならない。この共同生活はその第一歩として企画したものなのだ。

 とはいえグンヒルドは次期ノール王だからな。いつまでもこのリースベンに住み続けるわけにもいかん。そろそろ、北の寒さを思い出させてやるべきだろうな。早急にノール王国へ向かう用意をすることにしようか。

 

「やれやれ、この間アーちゃんのところへ行ったと思ったら、今度はノールか。忙しいねぇ」

 

 僕のお嫁様はこの広い帝国領内のあちこちに住んでいる。そして、基本的にそこからは動かない。それぞれが重職についており、下手に領地を空けるわけにはいかないからだ。そうなると、出向くのはもっぱら僕の方ということになる。

 皇帝のほうがわざわざ臣下の元へ訪れるというのも変な話のように見えるが、これはこれで意外と実務上の効果もあった。皇帝が直接領地を視察することで、地方の抱える問題を直接吸い上げることが出来るという点だ。あとは、人気取りという要素も多大にあったりする。

 

「ご苦労をおかけしますが、よろしくお願いします」

 

 口調こそ丁寧だが、ソニアの表情はとても柔らかい。近ごろの彼女は十年前にあったような気負った感じが消え、自然に振る舞うようになっていた。なんだか、母親のカステヘルミに似てきたような気もする。性癖は正反対だけどね。

 

「なに、仕事のうちさ」

 

 このクソ広い領内を飛び回るのは実際楽ではないが、旅をすること自体は好きだからな。良い気晴らしにはなるだろう。

 

「しっかし、まさかこの僕が剣も銃も担がない仕事をやるようになるとはなぁ。十年前には考えもしなかった……」

 

 かつての僕は自身を軍人だと規定していたが、今の僕はすっかり鈍った一般三十代男性だ。あの頃のことを思い出すと、何だか隔世の感を覚えてしまう。

 

「確かにそうだな。しかし、アル。君は決して今の自分が嫌いではないだろう?」

 

 ウィンクしながらそんなことを聞いてくるアデライドは、本当に良く出来たお嫁様だ。僕の考えていることなど、彼女にはすっかりお見通しなのだろう。

 

「まあね。存外に張り合いのある仕事だ、やりがいはあるさ」

 

 お飾り皇帝にだって存在意義はある。部下たちのかすがいとなり、ガレアやオルトを初めとした諸邦のまとめ役となることだ。

 君臨すれども統治せずというスタイルは、たくさんの王がいるこの国の統治法としてはなかなかマッチしているようだった。実際、帝国はたくさんの問題を抱えつつもなんとか前進し続けている。

 それに、子供達の世話もなかなかに楽しいしな。今の平和を長続きさせるためには、バトンタッチをする相手をいまからしっかり教育しておく必要がある。そういう面では今のやり方はなかなか冴えているのではないかという自負もあった。

 

「まだ、道半ばという感は否めないがね。とはいえ、悪くはない。この先に幸福な結末が待っていると信じて、今は走り続けるだけさ」

 

「おや、その口ぶりだと今現在は幸せではないように聞こえますね?」

 

 いたずらっぽい顔でからかってくるソニアに、僕は思わず吹き出した。

 

「とんでもない。びっくりするくらい幸せだとも」

 

 確信をもってそう言い切る僕に、二人のお嫁様は満面の笑みを浮かべて頷き返す。遠くを走る機関車が、爽快な汽笛の音色を奏でた。――ああ、良い気分だ。こんな生活が永遠に続けば良いのにな。

 

 




皆さまお世話になっております、寒天ゼリヰです。
本話をもって、くっころ男騎士は完結となります。
作者想定の倍以上の分量になってしまいましたが、なんとか完結までこぎ着けることが出来ました。

ここまで来られたのも、読者の皆さまに応援いただいたお陰であります。この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。
web版くっころ男騎士はこれにて完結となりましたが、書籍版はこれから始まることになります。web版から大きく加筆修正されたものになる予定ですので、よろしければ引き続き応援いただければ幸いに存じます。

長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました! 

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