異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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73話 くっころ男騎士と和平交渉

 やっとのことで戦闘が終わったが、僕に休む暇は与えられなかった。降伏した伯爵軍の監視や死傷者の計算、戦闘詳報の作成、戦場の後片づけなど、やるべき仕事はいくらでもある。そしてその中で最も大きな仕事と言えば……和平交渉である。

 

「では、賠償金はこの金額で妥結ということで」

 

 ニヤニヤ笑いでそんなことを言うのは、アデライド宰相だった。『私は戦場では役立たずだが、机上の戦いでは誰にも負ける気はない。万事任せなさい』と大言壮語を吐くや否や、ディーゼル伯爵側の担当者が顔色が真っ青になるほどの素晴らしい交渉術を見せつけた。勝ち取った賠償金の額は、リースベン領なら丸一年以上無税で運営できそうなほどのものだ。

 

「は、はあ……わかりました……」

 

 伯爵側の交渉担当者が、うなだれながら蚊の鳴くような声で答えた。彼女もずいぶんと頑張っていたのだが、流石にガレア王国でも屈指のやり手政治家を相手にするには流石に力不足だったようだ。

 交渉は、すべてアデライド宰相に任せて大丈夫そうだ。やることがなくて退屈をしている僕は、香草茶で唇を湿らせつつ周囲を見回した。

 

「しかし、よくもまあこの狭い会議室にこれだけのメンツが集まったもんだ……」

 

 和平交渉が行われているのは、リースベン唯一の都市カルレラ市の代官屋敷だ。つまり、僕の自宅だな。零細開拓都市の代官屋敷の会議室だ。当然、やたら狭いし備品も粗末だ。会議室としては最低限の機能しかない。

 だが、そこに詰めているお歴々はなかなか錚々(そうそう)たる面子だった。まず、王国側の代表はアデライド宰相。役職としては、王国側の全権大使ということになっている……らしい。彼女の他にも、王軍の将軍(宰相派の法衣貴族で、リースベン救援軍の総指揮官だ)やら、司教様やら、いろいろ居る。

 対するディーゼル伯爵側の代表者は、例の伯爵名代だ。あとは騎士やらディーゼル家の主計係やら……正直に言えば、王国側に比べると格の落ちる連中が多い。しかし、一人だけVIP中のVIPが居た。もちろん、アレクシアだ。

 

「……」

 

 アレクシアの方に視線を向けると、彼女は挑戦的な目つきでこちらを見返してきた。もっとも、戦場でもかぶっていたあの真っ黒い兜を着用しているため、スリットから除く目元以外の様子はさっぱりわからないが……。ちなみに服装は普通の礼服である。それにフルフェイスの兜を被っているわけだから、もう完全に不審者の装いだ。

 どうやら彼女は、先代皇帝アレクシアではなく傭兵団長クロウンとしてこの場に参加しているらしい。それはどうなんだ、と思わなくもない。とはいえ、下手につついて神聖帝国の帝室が出てきても困るからな。

 それに、向こうも向こうで最初から顔や所属を活動していたのにはそれなりの理由があるはず。いわゆる不正規部隊みたいなもんだろう。あまり表舞台には出てきたくないと見える。じゃあ軽々しく所属を明かすなという話だが。

 

「続いては、そのほかの要求だが……」

 

 僕とアレクシアに流れる微妙な空気に気付きもしない様子で、アデライド宰相は熱弁を振るっていた。この手の交渉事に関しては彼女に丸投げしておけば問題ない。頼りになるうえ、ボディタッチまで激しいと来た。理想的な上司すぎて真面目に泣きそうだよ。

 しばらくの間、粛々と会議は続いた。ケツの毛までむしる勢いで、アデライド宰相はディーゼル伯爵家に要求を突き付けていく。向こうの担当者が拒否しても、口八丁で強引に要求を通すのだから恐ろしい。

 まあ、伯爵軍の主力は壊滅してるからな。向こうもあまり強く出られないというのもある。それに比べてこちらはリースベンの救援にやってきた大部隊が無傷で残っている。結局援軍は戦闘には間に合わなかったが、交渉ではとても役に立っている。こちら側の残存戦力が僕の部隊だけだったら、こうもスムーズに交渉は進まなかっただろう。

 

「結構結構、有意義な取引だった」

 

 一通りの要求を通した後、アデライド宰相は満足そうに頷いた。しかしすぐに厳しい表情になり、伯爵家側を睨みつける。

 

「しかし、空手形を渡されても困るからな。契約の確実な履行を保証するためには、担保が必要になってくる。わかるね、君たち?」

 

「人質、ですか」

 

 伯爵名代が難しい表情で唸った。この世界では敗戦側が戦勝側に人質を差し出すことはよくあるが、その人選はなかなか難しい。下手な人物では人質にならないし、有力な人材を差し出せば家の運営に支障が出る。

 未成年の嫡出子がいれば話が早いのだが、ディーゼル伯爵の娘はカリーナ以外成人済みだったりする。じゃあカリーナでいいじゃん、という話になるはずなのだが……

 

「カリーナは勘当済みですから、人質には出せませんし」

 

 残念ながら、彼女は勘当されてしまったらしい。まあ、敵前逃亡に一騎討ちの妨害だからな。そんなことをしたヤツを人質として差し出した日には、舐めていると判断されても仕方がない。……いやーしかしラッキーだ。勘当されたということは、現在カリーナの身柄はフリーってことになるからな。大手を振って味方に取り込むことができる。

 

「……そこで提案なのですが。姉を、ロスヴィータを人質にする、というのはどうでしょうか?」

 

「ディーゼル伯爵を?」

 

 僕は思わず聞き返した。彼女は一応、捕虜交換で伯爵家に戻っている。伯爵家はディーゼル伯爵の戦死を発表していたが、結局戦いには負けてしまったわけだからな。今さら見栄を張っても仕方がないということで、発表は取り消しとなった。現在は敗戦の責任を取り、謹慎中とのことだが……。

 

「こんなことになってしまった以上、姉は当主の座を降りざるを得ません。近いうちに、姉の長女が伯爵家を継ぐ予定となっています。領地に居ても針のむしろでしょうし、いっそそちらで引き取ってもらった方が……」

 

 なるほど、一理ある。事実上の追放だな。とはいえ、人質としての価値は十分にある。そりゃあ、元当主だからな。自分の家の内情は誰よりも詳しいだろう。伯爵家が彼女を裏切った日には、それらの不都合な情報がこちらに暴露されるリスクがある。

 

「ふむ」

 

 アデライド宰相が、こちらをちらりと見る。僕が頷くと、彼女は視線を伯爵名代に移した。

 

「よろしい。そちらの案を受け入れよう」

 

 和平交渉は、これで終了の運びになった。僕たちが手に入れたのは今後十年の相互不可侵、多額の賠償金、リースベンから伯爵領へ入国する商人に対する関税・通行税の撤廃、そしてデコボコ親子が二名……上々の結果である。

 領地は得られなかったが、伯爵領から土地を切り取っても山脈の向こうだからな。実質的な飛び地になるので、統治が難しくなる。そんな土地なら最初から貰わない方がマシだ。

 

「……」

 

 伯爵側に対する交渉は、これでヨシ。しかし問題はアレクシアである。あれほど戦場を滅茶苦茶にしておいて、まったくお咎めなしというのは頂けない。彼女の命まで要求するのはムリだろうが、カネくらいはむしり取らなければ。


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