異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
ソニアの手によりボコボコにされたアレクシアは、その後衛兵たちに捕縛されてしまった。一応、『部屋には入ってこなかったし、少しおしゃべりしたら自分から帰ろうとした』と証言はしたのだが……夜中に男の部屋を訪ねた時点でアウトだと言われてしまった。
結局アレクシアは拘置所で丸一日過ごし、多額の慰謝料を払う羽目になってしまった。クロウン傭兵団の主計係が『このままでは団の運営費が……!』と頭を抱えていたのが印象的だった。アホな上司を持つと大変だよな。
その事件の後は、大したトラブルが起こることもなく数日が過ぎた。細かい実務者協議も終わり、和平条約は正式に締結。明日には伯爵家の担当者やクロウン傭兵団も帰路につく。やっとのことで、戦争の後始末が終わったのである。
「戦勝を祝して、乾杯!」
上機嫌な様子のアデライド宰相が音頭を取り、ビールやワインの入った木製ジョッキで乾杯する。酸味の強い安ビールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルへ叩きつけた。
「はー、うまい」
安酒でも勝利の美酒には違いない。気分は良かった。僕たちはカルレラ市中心部にある居酒屋を借り切り、慰労会を開いていた。狭い店内では僕の騎士たちやヴァレリー傭兵団の幹部連中、和平会議に参加したガレア王国のお歴々などがぎゅうぎゅう詰めになって酒や料理を楽しんでいる。
大国の重鎮が宴を開くにはやや素朴に過ぎる店ではあるが、リースベンにはこれ以上上等な店はないので仕方がない。アデライド宰相自身は『酒はどこで飲むかではなく、誰と飲むのかの方が重要なのだ』と言って、店のランクについては全く文句をつけることはなかった。この辺り、やはり彼女は上司の鑑である。
ちなみにここにいるメンツだけではなく、ヴァレリー傭兵団の下っ端兵士たちにも大量の酒樽や
「いやはや、お疲れ様だ」
ニコニコ顔でヴァレリー隊長が言った。傭兵隊長である彼女は当然だが和平会議には参加していない。ゆっくり休養がとれたおかげか、彼女の顔色はとてもよかった。
「ありがとう。いや、長かった。はあ……」
対する僕は疲労困憊である。戦争で陣頭指揮を続け、そのまま和平会議に突入したわけだからな。肉体的にも精神的にも休むような暇はなかった。
「本当に良く頑張ったな、アルくん。素晴らしい成果だ。私も君のような部下が持てて鼻が高いよ」
「いやいや、アデライドのご助力あってのことですよ」
そう言いながら、アデライド宰相のジョッキにビールを注いでやる。彼女は満面の笑みで頷き、ジョッキに口をつける。それを見ながら、僕は陶器のビンに入っている残りのビールを自分の杯へすべて注ぎ込んだ。
しばらくは、当たり障りのない話が続いた。テーブルのド真ん中に鎮座したガチョウの丸焼きを切り分け、酒で喉奥に流し込む。ワイルドな楽しみ方だが、なかなかにウマイ。
「そういえば……」
ガチョウの丸焼きが半分ほど消えた頃、ヴァレリー隊長が僕を見ながら聞いてくる。
「アル殿はこれからどうなるんだ? これだけの戦果を上げたんだ、何かしらの褒賞は貰えるだろう。リースベンの代官でいられるのか?」
「うむ、たしかにそのまま代官続行、とはならんだろうな」
炒った豆をつまんでいたアデライド宰相が顔を上げ、頷く。……代官に正式に就任してからまだ一か月程度しかたってないんだが、もうお役御免ってことか。いくらなんでも早すぎる気がする。
「わずかな手勢を率いて五倍の戦力を持つ敵軍を打ち破り民には一人の犠牲も出さなかった。これは十分、昇爵に値する成果だ。おそらく、王領の一部を切り取ってそこの領主に……という話になると思う。が」
「が?」
「リースベンは君が防衛した土地だ。君が治めるというのが自然な流れだと私は考える。国王陛下にもリースベン領を下賜すべきだと上申するつもりだ」
アデライド宰相はニヤリと笑った。……リースベンには、ミスリル鉱脈があるからな。僕がこの土地の領主になれば、とうぜんその上司である宰相も莫大な利益を得ることができるだろう。リースベン領に敵を呼び込み、それを撃破することでこの地を手に入れるというオレアン公の計画を乗っ取った形になるわけだな。
「とーぜんですよ! ケチな褒美しか出さないようなら、謀反も辞しませんよ、わたしはつ!」
顔を真っ赤にしたソニアが叫んだ。慌てて彼女の口をふさぐ。なんという危険な発言を……。アデライド宰相もヴァレリー隊長も苦笑していた。
ソニアは、すっかり酔っぱらっているようだ。彼女はビール一杯でフワフワし始める程度には酒に弱い。宴会の最中に寝落ちするなど、日常茶飯事だ。無理して飲むなよ、とは言ってあるのだが、酒に酔う感覚自体は好きなのだという。……まあ、ソニアがこんな状態になるのは仲間同士で集まるような宴会だけだ。アブナイ酔い方をするわけではないので、良しとしよう。
「ええと、つまり……僕の仕事自体は大して変化しない訳ですね」
こほんと咳払いをしてから、気を取り直して聞いてみる。短期間であちこちに飛ばされてはたまったものではない。やっとリースベンにも慣れてきたところだしな。
「そうだ。まあ、一度王都に戻らねばならないことには変わりないがね。陛下に戦の報告をし、その場で領地を下賜、そういう流れになるよう調整している。……なに、我々には
「なるほど、ありがとうございます」
いや、うれしいね。僕も一国一城の主か。母上もきっと喜んでくれるだろう。王都へ帰るのが楽しみだ。
「そりゃめでたい。……ところで一つ提案があるんだが、聞いてもらえるか? アル殿」
こちらの態度をうかがう様子で、ヴァレリー隊長が聞いてきた。この顔、こういう話に誘導するために話題を振ってきたようだな。僕はビールで唇を湿らせてから頷いた。
「聞くだけなら」
「あたしたちを正規兵に召し上げる気はないか? いや、この戦争でずいぶんとうちらも数が減ったもんでね。募兵が終わるまで、新しい仕事が取れそうもないんだよ。このままじゃ今年の冬は越えられねえって、部下共にせっつかれちまって」
ヴァレリー傭兵団には、すでに相場よりかなり多めの報酬を払っていた。それに、クロウン傭兵団からはぎ取った戦利品もある。カネだけなら、傭兵団全員の装備を更新してもお釣りがでるほどあると思うんだがな。
「……いや、正直に言うとな? 部下共の中に、アル殿に心酔しちまった連中がいるんだよ。傭兵団を辞めてでもアル殿についていく! なんて言い出したもんだからさ……これ以上人が減ったら、いよいよ傭兵団解散の危機なんだ」
「ええ……本気か? ずいぶんとヒドイ指揮をしていた自覚があるんだけどな。よくもまあ、こんなのについて行こうなんて気になったな……」
まあ、これはヴァレリー隊長なりのヨイショだろう。当然だが、傭兵は戦争がなければ収入もない。対する正規兵は毎月決まった給料が入るわけだ。当然、傭兵たちは機会があれば正規兵になろうとするものだ。ヴァレリー隊長も、この機に自分を売り込んでみようと考えたに違いない。
もっとも、雇用側からすれば必要がなければすぐに解雇できる傭兵のほうが都合の良い存在だ。正規兵は維持に高いコストがかかる。ゆえに、ほとんどの領主は最低限以上の正規兵を持ちたがらない。有事の時にだけ傭兵を雇用したほうが、結局安くつくのである。
「ひどい指揮? はは、冗談だろ! 怪我した新兵背負って撤退するような人がさ」
「……」
お世辞とわかっていても、面と向かって褒められるのは恥ずかしい。僕は無言でジョッキをあおった。そんな僕を見て、アデライド宰相が愉快そうに笑った。
「まあ、悪い提案ではないと思うがね? ディーゼル伯爵は退けたとはいえ、このリースベンは危険な土地だ。君の騎士たちだけで防衛するのは無理がある。結局のところ、兵は必要なのだ」
確かにその通りである。蛮族やらオレアン公派の領主たちやら、脅威はまだまだたくさんある。戦争が終わっても、戦力の維持・拡張は急務だった。幸い、カネもそれなりに手に入った。ヴァレリー傭兵団の泣き所である装備の貧弱さは、すぐにでも改善可能である。
それに、一度戦場を共に相手でもある。あれだけ不利な戦場で最後まで戦い抜いた連中なのだから、信頼できないはずがない。味方に付いてくれるというのなら、有難いことこの上ないな。
「そうですね……では、ヴァレリー隊長。今後ともよろしく、ということで」
「ああ、任された」
僕が手を差し出すと、ヴァレリー隊長は満面の笑みで握手を返した。