異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第82話 くっころ男騎士と同情

 いきなりキスを貰いに来たとか言われても、困ってしまう。夜中に僕の部屋に訪れただけでボコボコにされたというのに、この人の辞書に懲りるという言葉はないのだろうか? いや、殴られ過ぎておかしくなってしまった可能性もあるか……。いや、おかしいのはもともとか。

 

「そんな顔をしないでくれ……」

 

 僕がすさまじく微妙な表情をしているのを見たアレクシアは、若干悲しそうな様子で首を振る。

 

「いや、わかっている、わかっているのだ。我が貴様に嫌われていることくらいは」

 

「それがわかっていて、なぜ?」

 

 アレクシアは利き腕である右手が使えない。おまけに、今の僕は帯刀しているのである。無理やり迫ってきても、おそらく九割がた勝てる。それでも、警戒は怠れない。すぐにでも抜刀できる姿勢を作りながら、聞き返した。

 

「……先日、我が貴様にキスをしただろう?」

 

「されましたね」

 

「あの後、唇を(ぬぐ)われたのが思った以上にショックで……なぜか事あるごとに思い出して、いやーな気分になってしまうんだ……」

 

「ええ……」

 

 思った以上に卑近なことでショックを受ける先帝陛下だな……。鋼鉄メンタルなのか豆腐メンタルなのかはっきりしてほしい。僕も異性のちょっとした態度で精神的なダメージを受けてしまった経験はあるけどさ。

 

「夜になるたびにベッドであのことを思い出して、『ウワーッ!』と叫びたくなる気分になるのだ。このままでは不眠症になってしまう。どうにか、あの記憶を上書きしたい……」

 

 気分はまあ、若干わからないでもない。しかしだからと言って、強引に唇を奪った相手にもう一度キスをねだるというのはどういう了見だろうか? 僕がこの世界における一般的な男のメンタルをしてたら、キレるか泣くかしてるところだぞ。

 

「もしかして、あの夜の件も本題は謝罪じゃなくてキスの方だったりします?」

 

 思い出してみれば、あの時もキスがどうとか言ってたな。冗談かと思っていたが、わりと本気だったのかもしれない。

 

「違う! ……そういうつもりが無かったと言えば、嘘になるが。結局、見栄を張って帰ってしまったわけだし……」

 

 そう語るアレクシアの表情には。後悔が滲んでいた。……ここまでくると、一周回ってなんだか可哀想だな。よく考えてみれば、十割自業自得ではあるんだけど。

 

「……もう一つお聞きしたいのですが」

 

 しかし、今はそれより気になることがある。僕は少し考えてから、その疑問を直接ぶつけてみることにした。

 

「なんだ?」

 

「先帝陛下は」

 

「アレクシアと呼べと言ったはずだが」

 

「先帝陛下は、僕を」

 

「アーちゃんでもいいぞ」

 

「……」

 

 めんどくさいなあこの人。いいよじゃあアーちゃんで。アレクシア呼びが定着すると、アデライド宰相のほうも間違えてそう呼んでしまいそうで怖いんだよ。頭文字も文字数も一緒だから、ボンヤリしてたら口を滑らせてしまいそうだ。

 

「アーちゃんは僕を戦場で打倒するつもりなんですよね?」

 

「……」

 

 自分で提案しておきながら、アーちゃんはあからさまに面食らった様子だった。お前が提案したんだぞ。やっぱり止めてくれ、なんて言ってももう聞く気はないぞ。どんなシリアスな状況でもアーちゃん呼ばわりしてやるからな、覚えておけよ。

 

「……まあ、そうだが。理想としては貴様を戦場で倒し、我がものとしたい。強者を正面から打倒する、それが王者の在り方だからな」

 

 抵抗は激しければ激しいほどヨシ、という性癖ならそうなるだろうな。変態め。まったく、ソニアの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。あの真面目さを見習ってくれ。

 

「だが、アルが望むのであれば通常のやり方の婚姻で妥協しても良い。戦いとなれば、多かれ少なかれ人は死ぬ。有能な部下を失うのは……」

 

「それはさておき、ですよ」

 

 アーちゃんの話をまともに聞いていたら夜が明けそうだ。僕は問答無用で話を遮った。

 

「戦場で僕が敗れて、あなたのものとなったと仮定します。その場合、当然僕は怒り狂って全力で抵抗するでしょう。まともに愛し合うような通常の夫婦関係は望めません。キスを嫌がられた程度でショックを受けるような人が、そんな関係を許容できますか?」

 

「いや、それはそれこれはこれだ」

 

 僕は矛盾点を突いたつもりだったのだが、アーちゃんはハッキリと首を左右に振った。

 

「ただ単に嫌われるのは良い。そういう相手を愛で融かしていくのも趣があっていいだろう」

 

「は?」

 

「しかし、気持ち悪がられたり、生理的に無理だと思われるのは……ちょっと違うんだ! わからないか、これが!」

 

 ……ちょっとわかるかもしれない。僕も前世の学生生活では、よく女子にキモがられてたもんなあ……。あれは辛かった。うん、異性にキモがられるのは非常にキツい。僕はなんだか申し訳ない気分になってきた。唇をぬぐったアレは、あくまでポーズだしな。内心、美人にキスされてラッキー、くらいに思ってたよ。

 

「は、はあ……どうやら、申し訳ないことをしちゃったみたいですね」

 

「い、いや、悪いのは我なのだが……しかし、ありがとう」

 

 アーちゃんはあからさまにほっとした様子で、その豊満な胸をなでおろした。

 

「とはいえ、だからと言ってキスしてくれというのは流石に都合がよすぎませんか」

 

 彼女の気分については多少共感できるが、しかし今回の件は完全にコイツの自業自得だ。そもそも僕は押し倒されて貞操を奪われかけたわけだからな。僕がショックを受けたりトラウマになったりしてないのは、前世の価値観を引きずっているせいだ。普通ならこうはいかない。

 

「その通りだ」

 

 塩を振りかけた青菜のようにシナシナになりながら、アーちゃんはうなだれた。……これはちょっと予想外の反応だな。思った以上に、キスの件が応えているらしい。戦場で見せた鋼鉄メンタルっぷりはどこへ行ってしまったのだろうか。これでは、鋼鉄どころか豆腐並みだ。

 

「……そんなことはわかっている。わかっているから、我は女としてのプライドを捨てることにした」

 

 悔しげな声を上げつつ津、アーちゃんは懐から何かを取り出す。なにかヤバイものを取り出すのではないかと、一瞬右手がサーベルの柄に伸びた。

 

「そう警戒しないでくれ。……これは、我がリヒトホーフェン家に伝わる家宝だ。貴様にへし折られた我が愛剣の姉妹剣でもある」

 

 彼女が見せてきたのは、鞘に納められたままの短剣だった。各所に豪華な装飾が施されたそれは、見るからに尋常の代物ではない。

 

「我が愛剣と同じく、雷のエンチャントが施されている。きっと、貴様の役に立つはずだ。……これを私ので、どうか我とキスをしてください。お願いします……」

 

 短剣を差し出したまま、アーちゃんは深々と頭を下げた。……いや、いくらなんでもプライド捨てすぎだろ。いち国家の元皇帝がしちゃいけない態度だぞ、それは。

 正直ドン引きだが、アーちゃんのショボくれた顔を見ているとなんだか哀れに思えてきた。僕にだって、異性の態度一つでしばらく立ち直れないようなショックを受けた経験はある。わりとガチなキモオタだからな、僕は。ミリタリ資料を集めてはぐふぐふ言ってたわけだから、周りからすりゃ相当キモかっただろうよ。……いかん、トラウマが甦って来たぞ……。

 

「つまり、先帝陛下は僕をモノに釣られて唇を許すような軽い男だと思っているわけですか?」

 

「えっ!?」

 

 僕の言葉に、アーちゃんは本気で焦ったように肩を震わせた。ソニアを超えるような大女なのに、その姿は妙に小さく見える。……こんなイケメン女に、こいつも自分の同類か……なんて思う日が来るとは思わなかったな。

 

「いっ、いやっ! 断じてそういう訳では……ちがう! すまない、そういうつもりではなかったのだ……」

 

 顔を青くしながらアワアワするアーちゃんは、哀れを通り越していっそ可愛いくらいだった。まったく美形は得だよな。前世の僕がこんな態度をしてたら目も当てられないくらい無様だっただろうに。……現世だとどうなんだろうな? 悪くはない顔だと思ってるけど、この世界の人間はみんな美形だからなあ。

 

「まったく。そんなんだから、嫌われるんですよ。わかってますか?」

 

「すまない……」

 

「一応、言っておきますけど。これは、好意ではなく同情のキスです。勘違いしないように」

 

「えっ!?」

 

 聞き返してくるアーちゃんに、ぼくはむっすりした顔で返した。

 

「しゃがんでください」

 

「い、いいのか?」

 

「しゃがんで」

 

「はい」

 

 アーちゃんは神妙な顔でしゃがみ込んだ。彼女はやたらとクソでかいので、しゃがんでもらわないことにはキスしにくい事この上ない。僕も、決してチビというわけではないんだけどな……。

 ファーストキスを期待する少年のような顔をしたアーちゃん……アレクシアの唇に、自らのそれを押し付ける。ソニアに殴られまくって傷まみれになった彼女の顔だが、それでも間近で見ると心臓がダメになりそうなほど美しかった。まったく、顔だけは百点満点なのに、なんで性格はこんなのなんだろうか。

 

「ハイ、おしまい!」

 

 アーちゃんの唇は、瑞々しく甘美な感触だった。いつまでも触れていたい気分になったが、それに耐えて即座に唇を離す。僕だって、自分のチョロさは知っている。あんまり触れ合っていたら、即堕ち二コマばりの醜態をさらしそうだからな。彼女に顔を見られないよう、そくざに踵を返して背中を向ける。

 

 

「これでいいでしょ? さっさと帰って寝てください!」

 

「……ありがとう」

 

 深々と頭を下げるアーちゃんを無視して、僕は居酒屋のドアを開けて店内へ戻った。この頬の赤さを誤魔化すためには、大量のアルコールを摂取する必要がありそうだ。


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