異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
ディーゼル伯爵とクロウン傭兵団がカルレラ市から去って、三日が経過した。リースベン領には平和が戻り、僕は代官としての日常業務を淡々とこなす日々を過ごしている。しばらくすれば宮廷へ召還されることになるだろうが、しばらくの間は領地の安定化に努めよ……アデライド宰相はそう言い残して王都へ帰っていった。
戦争が終わったことで、やっとのことで時間的な余裕が出来た。控えていた鍛錬を平常の強度に戻し、僕は夜が明けてからずっと地面に埋めた丸太を木刀でシバき続けていた。これはストレス解消と剣の修行を両立できる素敵な鍛錬法で、これをやらないことには一日が始まった気がしない。
「ふー」
予定通りの回数をこなし、僕は汗まみれになった顔を手ぬぐいで拭いた。木刀を振るっている間はずっと叫び続けるのがこの鍛錬法……立木打ちの作法なので、若干のどに違和感が出ている。しばらく鍛錬をさぼってたせいだな。一週間もすれば、また慣れてくる。
しかし、やっぱり朝の立木打ちは気分がいい。大声を上げながら全力で剣を振るうのは、これ以上ないくらいのストレス解消になるからな。
「おはようさん。朝から精が出るなあ」
「オハヨウゴザイマス」
そこへ、声をかけてくるものがいた。振り向いてみると、そこに居たのは元ディーゼル伯爵……ロスヴィータ氏である。その傍らには娘のカリーナも居る。二人とも平服姿だ。
ロスヴィータ氏は一応人質ということになっているが、ある程度の自由を与えている。監視を兼ねた付き人と一緒ならば、街へ出ても良いということになっているくらいだ。僕も、そしてディーゼル家も、これ以上争う理由を持っていない。そんな状況であえて過剰に行動を制限するというのは、相互不信の元になってしまうからな。
「ああ、どうも。おはようご……おはよう」
思わず敬語であいさつを返しかけて、あわててため口に戻す。相手は人質(と新入り)である。元伯爵とはいえ、勝者である僕が敬語を使うのは不味いわけだ。この辺り、貴族社会は非常に面倒くさい。下手に出るような態度を取ると部下たちのメンツまで潰してしまうことになる。
「素振りじゃなくて丸太を叩くんだな。面白いやり方だ」
「実戦じゃ、素振りの通りに剣が動くのは空ぶった時だけだからね。やっぱり何かに
木刀(とはいっても単なるちょうどいい太さの木の枝だ)をベルトに差し、二人に近寄る。カリーナがするりと寄ってきて、突然深呼吸をし始めた。えっ、何……
「やめんかバカチンが!」
「ぴゃっ!?」
カリーナの脳天にロスヴィータ氏の鉄拳が落ちた。チビ牛娘は目尻に涙を浮かべながら悶絶する。
「お前なあ、拾ってもらった身分でなあ……まったくエロガキめ。気分は分かるが自重しろ、自重を」
「うぅ……ごめんなさい」
「まったくこのエロガキは、誰に似たんだか……あたしか! ハッハッハ!」
……いったいなんのやり取りだ? 母娘だけに通じる会話に、僕は困惑した。まあ、仲が良さげで何よりだ。カリーナは本家から勘当された身の上ではあるが、ロスヴィータ氏の方も人質……つまり半ば家から追放されたような状態だ。二人の間にギクシャクしたような様子は感じられない。
「ところで、この後ランニングへ行く予定なんだけど、一緒にどう?」
「あ、あんなに朝早くから剣を振り回しておいて、まだやるの!?」
カリーナが目を剥いた。たしかに、剣を振り始めてからもう二時間近くになる。流派の慣例で剣を振るたびに大声を上げていたから、代官屋敷の一室で寝泊まりしているカリーナにも丸聞こえだっただろう。……よく考えてみれば、近所迷惑極まりない鍛錬だなあ。
「戦争やら、会議やらで体が鈍っちゃったからな。ちゃんと鍛えなおしておかないと」
「会議はともかく戦争で体が鈍るのはおかしいだろ」
ロスヴィータ氏が半目になって突っ込んだ。しかし、戦争といっても大半は待機したり移動したりの時間だからな。どうしても平時よりは訓練に当てられる時間が少なくなってしまうんだよ。こうなると、自然と練度は下がっていく。
「まあ、何にせよまだ体を動かしたりないんで……ランニングはする。軽くだけどね」
あんまり長々やってたら、周囲に迷惑がかかるからな。まだ朝飯も食ってないし。それに、僕は士官で代官だ。トレーニングだけしてればそれで良し、という立場ではない。やるべき仕事はいくらでもある。
「熱心なことだ。そりゃあ、
ロスヴィータ氏は苦笑した。そして、ひじから先がなくなった左腕を振って見せる。
「しかし、とりあえずは隻腕に慣れるためのリハビリに専念したい。ランニングはあとで勝手にやるから、お供にはコイツを連れて行ってくれ」
そう言って彼女はカリーナの背中を叩いた。
「騎士として、カリーナは最初からやり直しになる。こいつがアルベール殿の……ブロンダン家の預かりになるってんなら、鍛えなおす必要があるだろ? 遠慮なくビシバシやってくれ」
「ええ!? い、いや、うう……ヨロシクオネガイシマス……」
一瞬ものすごく渋い表情を浮かべたカリーナだったが、すぐに覚悟を決めたように頷いて見せた。騎士としてやり直すなら、これが最後のチャンスということがわかっているからだろうな。僕としては、あえてまた騎士を目指さなくてもいいんじゃないかとは思ってるんだが……まあ、本人がそれを望んでいるなら、応援してやろうか。
「よーし、いいだろう。僕がお前を一流のマリーンに鍛え上げてやる!」
「えっ、マーリン? なにそれ、伝説の魔術師か何か?」
「マリーンだっての! 世界で一番勇敢で一番強い兵隊のことだ。……さあ、モタモタしてる暇はないぞ。まずはウォーミングアップ、しかる後にランニングだ!」
背中をぺちんと叩いてやると、カリーナは慌てた様子で柔軟体操を始めた。その様子をみて、ロスヴィータ氏はゲラゲラ笑う。
「死なない程度ならどれだけキビしくしてくれてもいいぞ! 母親であるあたしが許す!」
「そんなあ!」
よーし、親の許可が出たことだし、徹底的に鍛えてやることにするか!