異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第9話 くっころ男騎士と夜逃げ

 その後僕たちは代官屋敷へと案内され、代官交代に関わるもろもろの手続きを行った。これで、僕は晴れてこの地の代官となったわけだ。その後は歓迎会を兼ねてちょっとした酒宴が開かれ、久方ぶりのご馳走を味わうことが出来た。

 何か仕掛けてくるのではないかと警戒していたものの、この日は何事もなく過ぎていった。事件が発生したのは、翌日の早朝のことだった。

 

「前代官殿が消えた!?」

 

「はい……」

 

 顔を真っ青にした使用人が、ひどく困惑した様子で頷く。太陽が地平線から顔を出すにはやや早い時間に、僕の部屋のドアがやたらと乱暴にノックされた。そして聞かされたのが、この眠気も吹っ飛ぶようなとんでもない報告だった。

 

「お部屋にも、練兵場にもいらっしゃらない様子で。その上、(うまや)の馬もごっそりいなくなっておりまして」

 

「馬まで……いや、その言い方だとまさか、僕たちの馬も?」

 

「はい。アル様が乗られていたウマも、それどころか荷運びの駄馬までおりません」

 

「……なるほど、話は分かった」

 

 頭がくらくらしてきた。軍馬は調達するにも維持するにも滅茶苦茶コストがかかるんだよ。それに、戦いや訓練で何度も苦楽を共にした相棒でもあるわけ。それが突然居なくなったんだから、ショックは計り知れない。

 とはいえ、指揮官としては混乱して醜態を見せるわけにはいかない。何度か深呼吸をして精神を落ち着け、使用人に頷いて見せた。

 

「消えたのは、エルネスティーヌ氏と馬だけか?」

 

「……わかりません。急いで報告に上がったものでして」

 

「なるほど。いや、それでいい」

 

 申し訳なさそうな使用人を安心させるように、僕は笑いかけた。状況確認のために報告が致命的に遅れるくらいなら、多少確度が低くても急いで第一報を持ってきてくれる方が助かるからな。

 

「とりあえず、急いで僕の部下たちを広間に集めてくれ。並行して、他に異常がないか確認を頼む」

 

「承知いたしました」

 

 小走りで去っていく使用人の背中を見送ることもせず、僕は部屋に引っ込んだ。壁際にひっかけてある剣帯を引っ掴んで腰に巻き、愛用のサーベルを差す。そして、枕元においていた拳銃を手に取った。

 

「……よし」

 

 僕の拳銃は、いわゆるリボルバー式のものだ。もっとも、前世の世界で普及していた現代的なリボルバーとはかなり見た目が異なる。パーカッション・リボルバーと呼ばれる、レンコン型の弾倉へ直接火薬と弾丸を装填する、古いタイプのものだ。

 それでも、銃は単発式が常識であるこの世界では、最大六連発の火力は圧倒的だろう。前世の知識をもとに設計図を引き、腕のいい鍛冶師に作ってもらったものだ。現代知識チートってやつだな。その拳銃にしっかりと弾薬が装填されているのを確認してから、剣帯に付属しているホルスターに納めた。

 

「しっかし、エルネスティーヌ氏はいったいどういうつもりだ……?」

 

 リースベンはオレアン公の肝いりで開発されていた地区だから、その代官であるエルネスティーヌ氏もオレアン公の息がかかっていると見て間違いない。だから、僕たちになんらかの嫌がらせをしてくるというのは、予想の範囲内だ。

 しかし、突然蒸発するとは流石に思わなかった。いったい、何を企んでいるんだ? なんにせよ、馬を奪われたことによる機動力の低下が深刻だな。

 いろいろな思考が頭の中でぐるぐるするが、どうも冴えた考えは浮かんでこない。まあ、情報があまりに足りないしな。

 

「とりあえず、情報収集が先決か」

 

 小さく息を吐いて、寝ぐせのついた髪を乱暴に整える。そのまま、ドアを開けて部屋の外に飛び出した。

 

「アル様!」

 

 すると、目の前にいたのは頼りになる副官、ソニアだ。彼女もまた事情を聴いて飛び出してきたのだろう。ラフな寝間着の上から最低限の武装をした、僕とそう変わりのない格好をしている。

 表情はいつも通りのクールなものだが、眉間にはわずかな皺が寄っていた。ひどく不機嫌な時、彼女はこういう表情をする。

 

「あの女、やらかしてくれたものですね」

 

 やはり殺しておけばよかった、とでも言わんばかりの口調だな。騎士の魂の一つともいわれる愛馬を狙われたのだから、この怒りは理解できる。

 

「僕たち本体ではなく、足を狙ってきたのが嫌らしい。将を射んとする者はまず馬を射よ、ってヤツかね」

 

「馬……? ああ、ええ。なるほど、その通りです」

 

 一瞬妙な表情をしたソニアだったが、すぐに神妙な顔になって頷く。

 

「相手の目的はまだよくわかりませんが、これほど明白にこちらに敵対してきたのです。馬以外にも、何かしら仕掛けてきている可能性が高いのでは」

 

「それはあり得る。というか、確実だろう」

 

 嫌がらせが馬を隠すだけで終わるはずがない。こちらが馬泥棒としてエルネスティーヌ氏を追求すれば、彼女とてただでは済まないからだ。向こうは、この事件が中央に露呈するより早く、こちらを仕留めにかかってくる可能性がある。

 

「急いだほうがよさそうだな。対応策を考えようにも、向こうの出方がわからないことにはどうしようもない」

 

 何はともあれ、状況を明らかにしなくては対応策を考えることもできない。こんなところで話し合っていても仕方がないので、僕たちは代官屋敷の広間に向かうことにした。


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