ポケットモンスター:エキスパンションレポート 作:224番道路
7月13日
今日、お客さんが来た。幼い女の子だ。
マサキ先生に『治療』を頼みたいらしい。
実は私が知らなかっただけで、以前から先生は、その子と何度か連絡を取り合っていたようだ。
そうして近々、タマムシ病院と手を組んで、いよいよその『治療』が始まるらしい。
私、何も聞いてない。そういう大事なことは早く言って欲しい。
治療をするのはその女の子じゃなく、その子のお母さんだった。
とある財団に所属してる、アローラ地方の人らしい。
話を聞くと、なんとその患者さんは、「異世界からやって来たポケモンと融合して、その影響で肉体が衰弱してる状態」だと言う。
より具体的には、そのポケモンから生成される『神経毒のようなもの』が、患者さんの体に悪影響を与えてるんだとか。
でも未知の神経毒には医者もお手上げで、他に頼る人がなくなった娘さんは、「ポケモンと融合した事がある」って共通点から、マサキ先生を頼る事にしたようだ。
まだ若いのにすごい行動力。
本格的に人体に関わるのは初めてだから、マサキ先生も珍しく緊張してた。
いつもポケモンと合体してるような変態だけど、今回ばかりは先生の事を信頼しようと思う。
お母さんを助けたいっていう女の子のためにも、私も全力を尽くそうと思う。
7月14日
今日からはこの日記は、経過観察の記録としても使おうと思う。
患者の女性がラボに運び込まれた。患者の名前はルザミーネさん。
とても綺麗な人だけど、なんとなく全身が痩せている。手首も変に細い。肌色も明らかに悪い。「衰弱してる」って表現が、この上なく合っている。
その状態になってから、すでに一ヶ月が経過しているそうだ。
意識はある。こちらの声も届いてる。でも体を動かすのが辛いらしい。
息が細い。割と喋れる。でも時々、呂律が回らなくなる。
発汗や痙攣はない。息切れもない。病というより、極限まで体力が落ちた高齢者に雰囲気が近い。
このままだと心臓の運動も停止する可能性がある、というのが医者の見立て。
今日はルザミーネさんの体の診断と、医者と計画のすり合わせがメイン。
明日から本格的な治療に移る。
まずはポケモン転送装置を使い、ルザミーネさんの体内にある神経毒を『ポケモンの一部』として設定し、体外に摘出できないかを試すようだ。
マサキ先生が話している間、娘さんとお話をした。リーリエちゃんと言うらしい。
話せば話すほど、彼女の人の好さが伝わって来る。
母親想いの良い子だった。
彼女のためにも、ルザミーネさんは絶対に治したい。
7月27日
いつかこの日記と観察記録を見返す際は、当時のカルテも一緒に見る事をおすすめする。
結果から言えば、ルザミーネさんは呆気ないほど簡単に治った。
彼女の体から神経毒が抜けたからじゃない。
絶対に自慢はできないけど、私が転送装置の操作をミスしちゃった事が、むしろ彼女の体の治療に繋がったらしい。
反省もこめて、ここに記す。
私は17日、ルザミーネさんを転送装置に入れた状態で、『ポケモンのみの転送』を行うつもりだった。
人体のみが入っている装置に『ポケモンのみの転送』を行って、彼女の体内の神経毒だけを抽出できないか、という試みだった。
でも、初めて外部の人間に装置を使う緊張感で、私は間違えて『装置内の全生物の転送』の操作をしてしまった。
正直、このミス自体に実質的な被害はない。物体が装置から別の装置に転送されるだけだから。
だけど、生物の体を扱う者として、こういう小さなミスこそあってはならない事だ。
猛省しなくちゃいけない。
話は変わって、ルザミーネさん。
私のミスで装置から装置へ転送されたルザミーネさんは、どういうわけかその瞬間から、体の調子が元に戻ってしまったのだ。
彼女の体を蝕んでいたダルさや、筋肉の機能不全など、その他数点の症状が、唐突に治ってしまったのだ。
回復の原因は今でも不明。私もマサキ先生も色々調べてみたけど、一体何が起きたのか全然分からなかった。
一方のルザミーネさんは、17日を境にどんどん回復して、一週間後の24日にはタマムシ病院で検査入院&筋力回復のためのリハビリをする事になった。
と言っても、ルザミーネさんはもう入院する必要もないくらいに元気を取り戻しているようで、彼女は27日現在、車椅子で病院内を爆走しているらしい。
けど、治ったから良しというわけにもいかない。
そもそも本当に治っているのかもまだ分からない。なにせ全部が原因不明なんだから。
彼女が元気になった原因が分かるまで、油断はできない。
けど、あれからずっとルザミーネさんが回復した原因を調べても、全く何も分からない。
あの日、私は何をしてしまったんだろう。
それを言うなら、ポケモン転送装置って一体なんなの?
マサキ先生が言うには、そもそもポケモンの転送技術自体、偶然の産物らしい。
「原理は不明だけど、これをすれば確実にこうなる」って現象を、技術として応用したのがポケモンの預かりシステムだと言う。
そんなものを他人の治療に使ってたのかって怖さもあるけど、先生は全く気にしてなかった。
「世の中なんて元から訳の分からんものでいっぱい」だそうだ。それとこれとは話が違う。
これは邪推になるかもしれないけど。
多分、先生はとっくに、何かに気付いてるんじゃないかって思う。
ルザミーネさんが治った理由にも、ポケモン転送技術の原理にも。
回復したルザミーネさんの体を診てた時、先生の目が見た事ないくらいキラキラしてた。
あれは研究してる時の目じゃない。何かを発見した時の目だ。
尋ねてみたら、何か教えてくれるかな。
やっぱり私には、何も教えてくれないのかな。
いつもみたいに「その時が来れば」って言わそうな気がする。
いつよ。その時。