また恋を教えて、と屋上で君は笑った。   作:和鳳ハジメ

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第15話 パンツ・完結編

 

 

 それは大五郎にとって衝撃の瞬間であった、破れた、大切なトランクスが。

 藍からの現状最後のプレゼントであり、擦り切れても穴を繕って使っていたトランクスが。

 見るも無惨な姿に、なってしまったのだから。

 

「おろろろ~~~~ん、おろろろ~~~~~~~ん、ぼ、僕のパンツがああああああああああ!!」

 

「あー、ごめん、マジでごめんって。……どうしようかなコレ……、マジでしくったわ」

 

「…………どうして」

 

 踞る大五郎、それを心配そうに背中をさする絵里。

 彼の様子に、咲夜は大きな違和感を覚えた。

 なにせ幾ら恋人からのプレゼントとはいえ、滂沱の涙で悲しむものだろうか。

 激怒するなら理解できる、弁償を請求されるのも、失望されるのも仕方ない事をしたのだ。

 けれど、大五郎はただ悲しむばかりで。

 

(――――だからこそ。変だわ)

 

 己の罪を棚に上げている、そう言われればそうかもしれない。

 けれど分かるのだ、不思議と理解できてしまったのだ。

 そして、それが間違いではないと確信できるのだ。

 

(どうして神明くんは…………ほっとしているの?)

 

 悲しんでいるように見える、だけどその奥には焦燥混じりの安堵が見えるのだ。

 破れたパンツを抱えて座り込んだままの大五郎から、絵里は離れて咲夜の隣に立ち。

 

「…………不味い事態になったわ」

 

「謝って済む様子じゃないわね、これは私の責任、私が――」

 

「いえ、これは意地を張ったわたしにも責任がある。……他意もあったしね」

 

「他意?」

 

「…………それはまた機会があったら話をする、今はそれより大五郎を復帰させるのが先よ」

 

「分かった、幼馴染みである絵里がそう言うなら今は聞かない」

 

「ありがとう咲夜、それで作戦なんだけど……」

 

 ひそひそと二人が話す中、大五郎の思考はぐるぐると渦を巻いていた。

 

(――――なんだよ、なんだってんだよ)

 

 大切なパンツが、愛する藍からのプレゼントがゴミになった。

 でも。

 

(きっついなぁ…………、僕ってこんなに薄情だったっけ? 嗚呼…………悔しいなぁ、人は時の流れに勝てないのかな。僕の想いは永遠だと思ってたのに)

 

 悲しい筈だ、大切なものが失われたのだから当然だ。

 けど、だけど、何故、なんで。

 

(悲しそうにしたけどさ、涙なんて流したけどさ、――――どうして、どうして……僕はこんなに解放された気分なんだろう)

 

 まるで己を縛っていた鎖が、重い重い鎖が消えた気分。

 そんな感情、覚えてはいけないのに。

 立てない、その事実に大五郎は立てない。

 周囲の音がうまく聞こえない、いつもなら五月蠅いぐらい敏感で、だから小指から運命の赤い糸が見えるようにして。

 

(会いたい、会いたいよあっちゃん……、君の声が聞きたい、笑顔が、もう、かすれてきちゃってるよ)

 

 記憶力には自信がある、一度見たものは忘れないという特技があるというのに。

 何故か、大切な人の笑顔が薄れていく。

 

(嗚呼、僕は…………)

 

 その瞬間であった、彼の目の前に二つの手が差し出され。

 

「…………?」

 

 大五郎はのろのろと顔を上げる、そこには酷く恥ずかしそうに涙目の咲夜と、同じく恥ずかしそうにしているがぶすっとした絵里の姿が。

 

「え、何? 僕は見ての通り悲しんでるんだけど?」

 

「…………お詫びよ、う、受け取って神明くん。こんなものがお詫びにはならないと思うけど、煮ても焼いても破ってくれてもいいから」

 

「本当にごめん大五郎、これでおあいこって事で」

 

「いやいやいや? 意味が分からな――って無理矢理渡さないで何なんだよこ………………はぁああああああああああああああ!? は? はぁ!? はああああああああああああああ!!」

 

 渡された物を認識した瞬間、大五郎を襲っていた空虚感は即座に消え去った。

 右手、咲夜に手渡された物、黒い布切れ、暖かみがあって。

 左手、絵里に手渡されて物、白い布切れ、暖かみがあって。

 

「どうしてパンツを渡した!! しかも暖かいんだけどっ!? もしかして脱ぎたてぇ!? 何考えてるの君たち!?」

 

「だ、だって絵里がそれが一番だって……」

 

「この加古絵里!! 己の行動にいっさいの迷いナシ!! 甘んじて乙女失格の称号を受け入れようぞ!! 花も恥じらう奇跡の美貌の乙女ふたりの脱ぎたてホヤホヤぱんてーで、此度のコトは有耶無耶にして欲しい!! 欲しいのだ!!」

 

「その目論見成功だけど!! ショックなんて吹き飛んだけどもっ!! マジで何を考えてるんだよ!! こんなの誰かに見つかったら僕が変態じゃないか!!」

 

 叫ぶ大五郎に、二人は顔を見合わせると。

 

「そうは言うけど神明くん、せめてポケットから出して返す素振りぐらい見せてくれない?」

 

「そうよ大五郎、大事そうにしまっておいて変態以外の何があるの?」

 

「しまったっ!? 男としての本能が!? くっ、なんて知略だ!! この僕が弄ばれてるなんて!!」

 

「今のどこに知略の要素があったかしら?」「大五郎ってそういう所があるわよね」

 

 美少女ふたりの呆れ混じりの視線に、大五郎は気づけない。

 今の彼は、無駄な闘志に満ちていた。

 

(このまま負けっぱなしで終われるか!! ああもう僕のパンツとかもうどうでもいい!! パンツにはパンツを!! ――――僕だけ翻弄されるなんて、絶対にやり返す!!)

 

 ならばならばならば、彼に選択できる手段はひとつ。

 ぐるるとうなり声を出しながら、ベルトをかちゃかちゃと。

 

「…………ふぇッ!? か、神明くん!?」

 

「あー……、大五郎? 何をしてるわけ? もしかして露出狂に目覚めた? とりまズボンを履き直してどうぞ?」

 

「くくく、ははははははっ、そっちがパンツを脱いだなら僕も脱ぐ!! そして――――まずは水仙さんだ!! 君にはこの脱ぎたてパンツを顔にかぶって貰う今すぐにだ!! これで今日のコトはイーブンにして終わらせてやる!!」

 

「~~~~~~~~~ッ!? に、逃げるわよ絵里!!」

 

「がってんだ咲夜!! 大五郎が暴走を始めたああああああああああああ!! あーーーーもうっ! どおうしてこうなったのよおおおおおおお!!」

 

「まてぇえええええい!! この屋上から逃げさせない!!」

 

 そして始まる追いかけっこ、わーきゃぁ、えっちへんたいと、フルチン男が女の子二人を追い回す事案が発生。

 

「…………なぁトール、オレ達はどっちを助ければ良いんだ?」

 

「いや輝彦? あの露出魔となったバカを止め……いや二人を逃がすのが先か?」

 

「さっさと助けなさいよトール! 輝彦!!」

 

「ふわああああああああッ!? ピンチ!! 世紀の美少女が男のパンツを頭にかぶってしまうピンチ!!」

 

 結論から言おう、その日、校内には下半身を露出し女物の下着で顔を隠した変態が走り回る光景が見られたが。

 授業中のため、学校七不思議の一つとして加わったのであった。

 なお、五人は授業をサボる形となったので担任教師から怒られたのであった。

 

 


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