「――――、――――――、――――――?」
(ぜ、全然あたまに入ってこないッ!?)
咲夜にとって、今の状況は完全なる不意打ちであった。
だってそうだろう、どうして反撃として抱きしめて囁かれると思うのだ。
(ううッ、え、何? なんなのこれ? いちゃついてるカップルじゃあるまいし? カップル? もはやカップルなの私たち!?)
ぷるぷると震えてくる、頭が茹だりそうだ。
今すぐに脱出しなければならない、そう、なんとしてでも。
そんな一方で、大五郎は落ち着いていた。
安心した、と言っても過言ではない。
(うへぇ……、なんで僕こんなに落ち着いているんだろう。いやね? そりゃね? 女の子をこうしてちゃんと抱きしめるなんて久しぶりだし? でも一応、お説教中なんだよなぁ。あー、思い出しちゃう、あっちゃんにもこうしてたよなぁ……)
ふわふわな感触と甘い匂い、柔らかくも芯のある感触と爽やかな香り。
肌の色も、声も、背の高さも、性別以外は違うところだらけ。
でも。
(なーんでこんなに、しっくり来ちゃうのか)
いけない、この気持ちはダメだ。
とても安らげるのに、精神を蝕まれていく感覚。
これが運命の赤い糸で繋がった相手、誰よりも相性の良い相手。
――でも今、それは藍ではなくて。
(うっかり髪にキスしちゃったら、どうしようか)
(抜け出すのよ私!! こんなヘンタイになんか負けるもんですかッ!! ふんぬううううううううううう!!)
「――――え?」
「どっせええええええええええええええいッ!!」
瞬間、ぐるりと大五郎の視界が回った。
咲夜が彼の右腕を使い、見事な一本背負いを決めたのだ。
投げられた先はコンクリート、普通なら軽くて打ち身、受け身を取れれば御の字だろう。
だが。
「舐めんじゃねええええええええええ!! 10点10点10点!! 神明大五郎アクロバティック着地ぃ!!」
「ムーンサルトッ!? どんな運動神経してるの貴方ッ!? 格ゲーのキャラなのきゃーカッコいい!!」
「お褒めに与りありがとう! でもいきなり投げないでよ!?」
「それ神明くんが言えることッ!? このヘンタイ!! 女の子にいきなり抱きついて耳元で囁くって何考えてるのよ!!」
「はー? いきなりほっぺにチュウしてきたり、ほっぺにチュウさせたりする痴女の言うセリフ? 親愛って言ってたけど無理があるからそれ!!」
なにおー、なんだとぉ、とガルガル威嚇しあう二人。
口撃の火蓋はきって落とされた。
「痴女ッ!? この清らかな美少女に向かって痴女ですって!? 頭おかしいんじゃないの神明くん? ああ、ごめんなさいね、恋人がいるのにこんな美少女にほっぺにチュウされて誤解しちゃうのね、あー美しさって罪!!」
「自意識過剰も程々にしろ! いや実際あってるけど!! というかマジで親愛のキスだとしても、男友達にするんじゃない!! 僕は大丈夫だけど絶対に崩壊するから!! ――――ああ、もしかして照れ隠し? いやーごめんね? 僕としては逃げられないようにしただけだけど、ボッチだもんね水仙さん、男と触れあって誤解しちゃったかーー」
「は? 誤解? そんなワケないでしょ神明くん相手に。だって私たち…………友達じゃない」
「ああそうだね、僕らは友達だ。だから……君の事は絶対に恋愛対象外なんだ、例え恋人がいなくても君だけは選ばない、あくまで友達、親友だもんね!!」
「――――へぇ」
「………………ん?」
急に飛び出た咲夜の冷たい声、大五郎は困惑し思わず小指から繋がる赤い糸を確認した。
(見た、今見たわ、絶対に何かを見た)
それに。
(あり得ない? この私が? 異性として見れない、ですって?)
咲夜としては腑に落ちないが、何故か妙にムカムカしてきて。
これはきっと、美少女としてのプライドが傷ついただけだ。
そう思って。
「世の中には、略奪愛って言葉もあるのよ?」
咲夜は一歩踏み出す。
「それってさ、支配欲とか独占欲とか性欲からくる不貞行為を綺麗に飾った言葉でしょ」
大五郎は一歩下がる。
――風が吹いた、咲夜の髪とスカートが揺れる、視線が動く。
(…………見てたのはスカート? いえ、でも)
仮にスカートの中身が風によって見ていたとして、これまでもそうであったとして。
或いは、まったく違う何かが見えていたとして。
咲夜は一歩踏み出す。
(検証の必要があるわね)
大五郎は一歩下がる。
不味い、何かが不味い、けれど赤い糸は彼女の感情の方向性しか伝えない。
細かいところがわからない、もしくは。
(僕が……分かりたくないだけ、なのか?)
彼の揺れる瞳を、咲夜は見逃さなかった。
突き止めなければいけない事がある、ならば。
「――――いえ、そうね。神明くんの言うとおりだったわ。略奪愛なんて忘れて、くだらない発言だったわ」
「分かってくれて嬉しいよ」
視線が交差、何もなかった風に。
でも大五郎は確かに感じ取った、火花が散ったのを。
(隠してるようだけど、赤い糸もジグザグに揺れてるよ)
(また見た、――風も吹いてないのにスカートのあたりを)
(探ってる、何かを、…………赤い糸に気づかれた? そうじゃなくても手前まで来てるのかもしれない)
(怪しい、ぜったいに怪しいッ!!)
二人とも口には出さない、あくまでいつもの様に。
「じゃあ、今日はちょっと早いけど帰ろうか。――君に不躾に抱きついた謝罪として、マックのポテトとハンバーガーを奢ろう」
「そこは三角チョコパイの方が嬉しいわね……まだあったかしら?」
(ま、水仙さんが何したって見えないモノが分かるわけがない、――――でも油断はしないよ)
(必ず……暴いてみせるッ)
水面下での戦いが、今始まったのだった。