神明大五郎は、謂わば天才と呼ばれる人種であった。
一を聞いて十を知る、齢一歳になる前に言葉は覚えた。
本を開けば、その内容は一字一句間違いなく記憶している。
幼稚園にあがる前には、難解な専門書も読み解くほどで。
(世の中ってタイクツだな……、でも僕の才能は隠しておかないと。色々と面倒だからね)
天才故の早熟さからか、大五郎は己の才能が周囲に与える影響を正確に予測できていた。
だから、両親には少し大人びた子供として振る舞っていたし。
幼稚園では手の掛からない物静かな子供として、色あせた日々を送っていた。
しかし。
「ねーねー、なんでいつもつまんなそーにしてるの? あ、そうだ! わたし、あいちゃん!! いっしょにあそぼ!! えっちゃんかぜでおやすみで、つまんないの!!」
「…………あー、そういえば同じ組だったね君」
「あっちいこうっ!! おままごとしよう!!」
「面倒な……、あと三分程待って欲しい。複素数平面の問題を解いてる途中なんだ」
「ふくそすー……? なんかむつかしそーなこと!! それおとなのでしょ!! すごい! あいちゃんにもおしえて!!」
「は? おままごとは!? あーもう、本を返せ君は読めないでしょそれ!!」
孤立を選んだ大五郎に、臆することなく近づいたのは藍であった。
栗毛の長い髪の女の子、その時は鬱陶しいやつだと思っていたのに。
彼女は彼がどんなに隠れても見つけだし、外へ誘った。
そしてアレは何、コレは何と指さし、その答えにすごいすごいと無邪気に喜ぶ。
(いや何なのこの子? フツーさ、僕みたいな奴は遠巻きに見るか排斥するのが子供なんじゃないの!?)
理解できない存在、それが藍であった。
彼女に連れ回され、大五郎の世界は急速に広まる。
双子である絵里、そして同じく大五郎を受け入れたトールに輝彦。
いつしか、五人でいる事に違和感を覚えなくなって。
「やったぁ!! 見て見て大ちゃん!! 同じクラスです!!」
「はいはい見てるって、それにえっちゃんとトールと輝彦も同じクラスだかね」
「小学校もおなじクラスだなんて、これは運命ですよ大ちゃん!!」
小学校の入学式、桜が舞い散る中で飛び跳ねて喜ぶ藍に。
(――――そう、か。もしかして僕は)
気がついてしまった、彼女の笑顔が好きなことを。
(もしかして、僕はあっちゃんに出会う為に生まれたのでは? この天才的な頭脳はあっちゃんの笑顔の為にあるんじゃないか?)
いくら頭が良くても精神までは成熟していない、恋を自覚した大五郎は暴走して。
「大人になったら、いや僕が十八歳になったら結婚しようあっちゃん!! 君を絶対に幸せにする!!」
「うんいいよ、でもその前に聞いて聞いて、わたし良いコト思いついちゃったの!!」
「返事軽っ!? まぁいいやオッケーだったし。それで良いことって?」
「あのね、大ちゃんって天才でしょ。わたしのコト何でも分かっちゃうでしょ!」
「そりゃそうさ、大学の心理学の論文まで取り寄せて勉強した僕に隙はない!! あっちゃんの事だけじゃなくて、みんなの事も丸わかりさ!!」
己の想いの重さを自覚せず、そして彼女も自覚せず。
でも、――幸せな時間だった。
「それはよく分からないんだけど、……運命の赤い糸って知ってる?」
「いきなり話が飛んだね、でも運命の赤い糸か…………もし僕がそれを見えたら、あっちゃんは喜ぶ?」
「うん!! だって面白そうなんだもん! ねぇ大ちゃん、見えるようにならない? そうしたらね、隣のクラスの子が片思いしてる男の子が分かると思うの!!」
「それで何をする訳?」
「え? 恋のキューピッドをするんだけど? だってわたしは大ちゃんに愛されて幸せだから、おすそわけしたいなって思って」
「…………オッケー、一週間待って。心理学以外のアプローチからも試してみて、運命の赤い糸を見えるようにするから!! ああ、でも当面の間だは僕にしか見えないと思うけど、それでいい?」
「うん!! やっぱり大ちゃんはすごい!!」
幸福は続く、一年、また一年と成長していき。
それは、中学にあがった頃であった。
「…………ねぇねぇ、わたし気づいちゃったんですけど。大ちゃんって愛が重くありません? 重くありませんか?」
「なんで繰り返したの? というか何処が?」
「いやだって、わたしのお弁当を毎日作ってますし、美術の授業でわたしのお人形を作ってましたよね? それに大ちゃんの部屋って、わたしの拡大写真が壁いっぱい張ってますし」
「…………それぐらい当たり前じゃないの?」
「あのお人形、売れるレベルで出来が良かったですよね? それにお弁当の為だけに栄養士に資格とってませんでしたか? それに、毎日のように大ちゃんの部屋にいるのに、自分の顔に囲まれてるってヘンな気分になるんですけどーー?」
「……………………――――なるほど!! もしかして目の前にに本物が居るのに、写真に浮気するなと!!」
「違いますよ大ちゃん!? どうしてそうなったんです!?」
幸せであった、大五郎は愛と才覚の全てを藍にそそぎ込み。
彼女もまた、それを受け入れ確かに二人は相思相愛で。
周囲の人間だって祝福していた、このまま幸せに結婚して……と、誰もが思っていた。
――――たった一つの事故で、全てが終わるまでは。