その日は、少しばかり奇妙な日であった。
とはいえ、何か事件が起こったり咲夜がちょっかいをかけてきた訳でもない。
むしろその逆、――何も無いのだ。
(強いて言うなら、僕を何度も変な顔でチラ見してきただけだけど……)
疑問はあるが今は放課後、どうせ屋上で話すのだから素直に聞けばいい。
そう考え、いつも通りに扉を開けた彼であったが。
「………………答えて」
「はい? いきなり何だい水仙さん?」
「答えて、答えてください、答えろ神明くん!!」
「見事な三段活用だね」
「――――もしかして…………、私はコミュ症だったのッ!?」
ズモモモモと妙な気迫、血走った目で迫る迫力のある美少女。
大五郎は動じず、おや、と頷き。
「何を今更?」
「の、のおおおおおおおおおおおおおおおお!! この私がッ!! この完璧な美少女の私が!! あり得ない!! 私はいつだってパーフェクトコミュニケーションを取っていた筈ッ!!」
「申し訳ないんだけど、水仙さんはその美貌で押し通してるだけで。…………割と残念な美少女の類だから」
「は? は? 喧嘩売ってる? もしかして喧嘩売られてるの私? かかってきなさいよ平凡な面した神明くんよぉ!!」
「どうしたってのさ水仙さん!? いつも以上に情緒不安定だし、面倒くさいよ!?」
どストレートな言葉に、彼女はムンクの叫びのポーズでキシャーと謎の叫びを上げる。
すると。
「お慈悲を…………ッ! たった一人の私の友達にしてライバル! 陽キャの神明くん!! どうか……どうか私に教えてください~~~~ッ!!」
「スマホ掲げながら土下座しないでっ!? 事情がわかんないって!? 昨日の夜に僕へおやすみのメッセージを送ろうとしたけど、時間とか文面を気にして結局送れなくて、精神的ダメージで鬱はいってるぐらいしか分かんないからっ!!」
「全部まるっと理解してるじゃない!? そこまで察してるなら神明くんの方から送りなさいよ!!」
「ははは、めんごめんご。僕って君と違って陽キャだから? 昨日はトールと夜通し遊んでてさ」
「ころちゅ!! 神明くんの様な陽キャは生きていてはいけない存在なんですよ!!」
「はいはい、じゃあ今日はメッセージ送る練習でもする?」
「する!!」
という訳で突如、メッセージの送り方講座が始まった。
二人は屋上のベンチに仲良く座り、それぞれのスマホを取り出す。
――――だが。
(~~~~~~っ!? す、水仙さん!? そのスマホって!?)
大五郎は驚愕した、一見したらピンクカラーの普通のスマホ。
しかし。
「なんで安心フォンなの? え? ホントなんで?」
「え? 何か変なのコレ?」
「え?」
「え?」
首を傾げ会う大五郎と咲夜、指摘しても良いのだろうか。
それが幼い子供や老人が使うような、機能制限されたものだと。
「…………一つ聞くけどさ、自分でそれ選んだの?」
「いいえ? 私は興味なかったから、親が買ってきたのを使ってるの」
「………………もしかしてさ、水仙さんの親って過保護?」
「過保護かどうかは分からないけれど、男性の参拝客が私に話しかけないようにウロチョロしてるのがウザったいわね」
(これ地味に僕の存在がヤバいやつぅ!? え? 水仙さんの現在唯一の男友達である僕の存在がバレたらヤバいんじゃない?)
もしかして、もしかすると、メッセージアプリやSNSの使い方を教える事は大五郎の破滅に繋がるかもしれない。
顔も知らぬ彼女の親の存在に、戦慄していると。
「ねぇねぇ、変な顔してないで教えなさいよ。このスマホの何処が変なの?」
「…………大変、言いにくいんだけど」
「あ、もしかして古すぎ? それとも私には分からないけど壊れてる?」
「………………そのスマホさ、子供か老人が持たされる機能制限されたヤツだよね?」
「つまり? この機会にインスタとかの使い方も教えて貰おうと思ったのだけれど…………」
「最悪の場合、そういうSNS系の機能が制限されて使えないパターンあるね。まー、lineはやってるんでしょ? なら僕とかと連絡取り合うぐらいなら大丈夫だけど…………」
「………………は? え? はぁああああああああああああああああああッ!? 何よそれええええええええええええええええええッ!!」
事態を理解した咲夜は、怒りに震えながら立ち上がり。
「なんてモノを年頃の娘に渡してんのよお父さん!! これじゃあ、私の美貌をインスタにアップしてチヤホヤされてブームになって貢ぎ物でウハウハ計画が台無しじゃない!!」
「あ、これお父さんが正しいね」
「何言ってるのよ神明くん!! これは全人類にとっての悲報よ!? 私は不労所得を手に入れて美貌を磨き続ける生活を夢見ていたのに!!」
「というかさ、この前の写真集は? あれ少しはこの手のアイテムを理解してないと作れないでしょ」
「ああ、それはお婆さまとお母さんがノリノリで協力してくれたわ」
「うーん、水仙家の力関係が見えてしまった気がするぞ? もしかしてお父さんって入り婿とか?」
「え、なんで分かるの? こわっ!?」
「…………これはあくまで想像だけどさ、君のお母さんの美貌に土下座せんばかりに猛アタックして結婚して貰ったとか?」
「神明くんはエスパーだった……!?」
「そんな便利な力があったら、是非使ってみたいねぇ……」
急に遠い目をする大五郎に、怪訝な顔をする咲夜。
彼にとって運命の赤い糸を見える力など、技術の粋を凝らした先にある代物でしかないが。
そんな事を分かるはずがない。
(もし何かの超能力があるならさ、あっちゃんと会えるのかなぁ……)
「ぼんやりしてる場合じゃないわよ神明くん、――貴方には今から大事な計画に付き合って貰うのだから!!」
「――え? いきなり何?」
「帰ってから抗議しても、私のスマホの買い換えには時間がかかるわ。――だから、今出来る事をする!!」
「具体的には?」
「ふッ、いくら私でも父が心配してる事は分かるつもりよ。故に! だから! 今が美しき反抗の時ッ!! これから夜な夜なSNS映えしそうな私の美しい自撮りを、神明くんにだけ特別に送りましょう!! …………ああ、そうね、ちょっと一分ほど後ろを向いてくれるかしら?」
「うん、いいけど…………」
勢いに飲まれ、くるりと背を向ける大五郎。
するとしゅるしゅるという衣擦れの音と、暫くしてからパシャリとシャッター音が。
続いて、彼のスマホに通知が入って。
「さ、見なさい…………これが私の反抗!!」
「では御拝見…………――――――っ!? こ、これは!?」
「称えてもいいのよ? 誉めたくなった?」
「いや正座してどうぞ? 今すぐこの場で正座しろ? 君にはちょっとネットリテラシー的な、あるいは友達とはいえ同級生の男にこんな写真を送る意味をね?」
「え? 何よそのマジ顔ッ!?」
「正座、いいから正座ね? 僕に君の美貌は通用しないっていうか、これはマジで水仙さんの為だからね?」
そう、彼女から送られてきた写真というのは。
制服を妙にはだけた、ギリギリ健全な写真。
それを美少女がやっているのだから、破壊力は推して知るべし。
(ダメだっ、犠牲者が増える前に僕が止めないと!!)
釈然としない咲夜に向かって、大五郎はこんこんとお説教。
その日の放課後は、それで終わったのだが。
夜、彼が寝る前の事である。
「~~~~っ!? わ、分かってない!! ああもう! 畜生! こうなったら僕のセミヌードも送ってやるよバカ野郎!! おやすみ、じゃねぇ!! なんで湯上がりバスタオル一枚とか恥ずかしげもなく送ってくるんだ男女の機微をなんだと思ってるんだ小中学校の性教育の授業の時間寝てたろアイツううううううう!!」
水仙咲夜のSNSデビューの日は遠そうであったが、ともあれ。
勢いのままに、友人へメッセージを送るという課題はクリアされたのだった。