青雲は眼下の芝を求めるか   作:立日月

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第1話 春の終わり

 晴れ渡った青空の下、そよ風に靡く芝生の上で一人のウマ娘が軽快に走ったいる。俺はターフの外からその様子を眺めていたが、ちょうどそのウマ娘が自分の前を通るタイミングで声をかけた。

 

「よし、休憩にしようか。スカイ」

「やった〜〜! もう一周とか言われてたら、セイちゃんのことを待ち侘びてるお昼寝スポット達の元に全力疾走でしたよ〜〜」

「スカイとの付き合いももう二年になるからな、その辺の塩梅は見極めてるよ」

「さすが私のトレーナーさん、優秀でなによりです」

 

 そう言うとセイウンスカイは芝の上にゴロンと仰向けに寝転んだ。今日は空と雲が七対三の比率を描く絵に描いたような青空で練習日和と言って差し支えなさそうだが、彼女に言わせれば……。

 

「今日はいい天気ですね〜〜。絶好の──」

「お昼寝日和、とは言わせないぞ。まだトレーニング残ってるんだからな」

「……ぶー。トレーナーさんのいじわる。鬼教官。唐変木。朴念仁」

「おいおい、いいのかそんなこと言って。せっかく今月末はスカイにご褒美を用意するつもりなのに」

「えっ!」

 

 ターフでゴロゴロとしていたセイウンスカイがひょいっとネコのように跳ね起きた。尻尾をブンブンと高く振りながら俺ににじり寄る。

 

「なんです、ご褒美って」

「今言ったら面白くないだろ。五月が終わるまでのお楽しみだ」

「え〜、セイちゃんそれじゃモチベ湧かなーい」

「……はぁ、じゃあヒントをやろう」

「ほうほう、正解者には賞品として自由にお昼寝券100枚が!」

「そんな賞品はない」

「ケチー!」

「ケチで結構、スカイは自制心が緩いから俺が代わりにスカイの自制心になるって決めてるんだ。一心同体ってやつだな」

「……っ! トレーナーさん、そんな恥ずかしいこと真顔でよく言えるね……」

「本心だからな」

 

 スカイは一流の素質を持っている。そうである以上、トレーナーとして時には寄り添い時には突き放す覚悟がある。

 しかし俺のそんな決意を知ってか知らずか、スカイは半分照れ半分呆れのような顔をしながら先を促してくる。

 

「はいはい、それで結局ヒントって?」

「ヒントは……今月末の土曜日は朝3時にトレセン学園前集合ってことだ」

 

 それを聞くとちょっと顔を赤くしていたスカイはジトーっとした目になった。

 

「トレーナーさん……それはもうヒントじゃなくて答えじゃん」

「ス、スカイの想像通りかどうかは当日になるまでわからないだろ」

「いやいやいや、私との約束で朝3時集合なんて一択ですよ……。ま、楽しみにしておきます」

 

 そう言うとスカイはひょいっと立ち上がり、グーッと伸びをした。

 

「じゃあご褒美のためにもそろそろ練習再開しますかね」

「その意気だ、他のウマ娘たちの練習が落ち着いたらコースに戻ろう」

 

 練習場では当然他のウマ娘達も走っているので、周りを見ないで走り出すと追突の危険がある。現在春のレースシーズン真っ盛りなので、身体を追い込むトレーニングをする者、直近のレースに向けて軽く調整する者など多くのウマ娘が走っていた。

 コース上の混み具合がひと段落ついたタイミングでセイウンスカイに声をかける。

 

「よし、じゃあ入ろうか」

「……」

「スカイ?」

「……! は、は〜い、セイちゃん頑張るぞ〜」

 

 ボーッとしていたのを隠すように足早にコースに走っていくセイウンスカイ。彼女が飄々としているのはいつものことだが、あんな風に気が抜けているのは何か違和感がある。

 誰かを見ていたようだったので、さっきまでスカイが見つめていた先に目をやった。

 

「よしスぺ! もう一息だ!」

「はい!」

 

 そこにいたのは先日の春天でセイウンスカイを抑えて優勝し、次走の宝塚記念に向けてトレーニングを積んでいるウマ娘──スペシャルウィークだった。

 

 ──────────────────

 

 その日のトレーニングを終え、俺はトレーナー室で資料をまとめながらスカイの様子について考えていた。

 彼女がウマ娘を観察する、ということ自体は珍しいことではない。スカイの強みはレースIQの高さであり、他のウマ娘の脚質や性格などを掴むために鋭い観察眼を発揮することは多々ある。だが……

 

「スペシャルウィークとは当分対戦がないしなあ」

 

 春天を制し、宝塚記念に照準を合わせているスペシャルウィークとは違い、セイウンスカイには春レースから夏レースの終わりにかけてまでじっくり調整させることを選択した。

 だから今スカイがスペシャルウィークをマークする必要性がそこまでないのだ。同期のダービー馬である以上意識してないと言ったら嘘なんだろうが……。

 そもそもスカイがボーッと他のウマ娘を眺めるようになったのは昨日が初めてじゃない。春天でスペシャルウィークの3着に喫して以降、練習場でボーッと誰かを眺めていることが増えた。

 

「スカイは練習はサボるし気合や根性! ってタイプでもないけど、ボーッとしてるのもしっくり来ないんだよなあ」

 

 ふわふわしているように見えて、その実、勝つことに貪欲なウマ娘。それが二年トレーナーを務めてきた俺のセイウンスカイへの評価だ。練習をサボる気ならどうサボるかを本気で考えるタイプであって、単に気が抜けてるなんていうのは彼女っぽくない。

 俺はその疑問を解く鍵がないかと、テレビをつけてある映像を流した。

 

『さあ、春の天皇賞。今、スタートです!』

 

 もう何度も、何度も何度も何度も擦り切れるくらい見た、今年の春天の映像だ。

 

『序盤少し出遅れたものの、無事ハナを取りましたセイウンスカイ。細江さんどうでしょうこの展開』

『セイウンスカイに取ってはある程度想定通りの展開だと思いますが、普段はもっと後方で控えているスペシャルウィークが前の方でレースしているのが不気味ですね』

 

 クラシックでは集団の後方でレースすることが多かったスペシャルウィークが、このレースでは三から四番手に位置していた。その狙いは明白だ。

 

「セイウンスカイのマーク……」

 

 皐月賞、菊花賞とクラシックで二回スカイに逃げ切られたことへの対策。差しの位置からでは逃げ粘るセイウンスカイには追いつかないと判断したからこその先行策。ある意味では最大限に敬意を払われていると言える。

 だが、スペシャルウィークはそういう駆け引きが得意なようには見えなかった。と、なれば──

 

「沖野さんの入れ知恵か」

 

 あの人はいつもはウマ娘の走りたいように走らせるトレーナーだが、別にトレーナーとして無能ってわけじゃない。

 むしろあの人ほどウマ娘をよく見てるトレーナーはなかなかいない。だからこそ、スペシャルウィークがセイウンスカイに勝つための策を授けた。

 

「憎らしいほど効果的ですよ」

 

 セイウンスカイの大きな長所はそのクレバーさとレース勘の良さだ。レース前はあらゆる対戦相手を観察し、その性質を見抜く。その上でレースでは逃げを打ち、レース展開をコントロールする。

 これは俺の主観だが、強い逃げウマ娘は数いれど、セイウンスカイほど逃げという脚質を効果的に使いこなしているウマ娘は他にいないんじゃないかと思う。それはもはや芸術的なまでに。

 スカイはクラシックにおいて「最も速いウマ娘」と「最も強いウマ娘」の二つを手に入れたが、彼女に相応しい二つ名は他にある──

 

『第四コーナーのカーブ、依然セイウンスカイが半バ身差で先頭!』

 

 レース映像の実況の声で意識を引き戻される。レースは最終コーナーに入ったところだった。

 いつものように最終コーナーも先頭で入ってきたセイウンスカイだが、その顔は険しい。

 

『さあ直線コースに向いた! セイウンスカイ先頭! しかしスペシャルウィークが交わしにかかる! 交わした! 交わした! セイウンスカイはガス欠か! スペシャルウィーク先頭! スペシャルウィーク先頭、ゴールイン!』

 

 ブツン。ゴールの瞬間、俺は目をそらすようにテレビを切った。

 

「ガス欠? そんなわけあるか、上がり3ハロン(ラスト600mのこと)のタイムは菊花賞の時より速かったんだぞ」

 

 何度目かわからない同じ愚痴。何度見ても俺のトレーナーとしての至らなさを突きつけられている気分になる。何度も見ただけあって、敗因はもうはっきりわかっている。大きく分けて二つだ。

 一つ目はスペシャルウィークの徹底したマーク。

 

 セイウンスカイはクラシックレースでは常にスペシャルウィークの陰に隠れていた。それはつまり、他ウマ娘のマークは基本的にスペシャルウィークに向かっていたということだ。

 だからこそセイウンスカイは自由に逃げを打ち、レース全体をコントロールすることで他のウマ娘を翻弄し、勝利を掴んできた。

 

 だが、いつまでも陰の実力者ではいられない。クラシック二冠を制したスカイは、もう名実ともにトップクラスのウマ娘だ。他ウマ娘のマークが来ることはわかってはいたが……

 

「まさかスペシャルウィーク直々にマークとはな」

 

 あれではセイウンスカイも伸び伸びとは走れない。強みを封じられ、ピッタリ後ろにくっ付かれたままゴール前の直線コースに入った時、既に勝負は決していた。もう一つの敗因が故に。

 

「敗因は、わかってる。だが……どうすればそれを克服させられるのかが、わからない」

 

 セイウンスカイは間違いなく、シニア級で勝てる能力を持ったウマ娘だ。それを勝たせてやれないのは、新人トレーナーである自分自身の未熟さのせいだ。

 だが、先輩トレーナーたちにそれを言うとこう返される。

 

『新人なんだから仕方がない』

『誰しもそうやって経験を積んでいくものだ』

『次に見るウマ娘の指導に活かせばいい』

 

「ふざけるな」

 

 新人だから仕方ない? それを自分の見てるウマ娘の前で言えるのか? 

 

 誰しもそうやって経験を積んでいく? お前の担当ウマ娘は経験の踏み台か? 

 

 次に見るウマ娘の指導に活かせ? 引退したらウマ娘たちに「次」はないんだよ! 

 

「俺は、今、セイウンスカイを勝たせてえんだよ!」

 

 バンッという破裂音とともに机上のペットボトル内の水面が乱れる。

 

「……はぁ、だから見たくないんだよな、このレース」

 

 無責任な言葉への怒りとそれを覆せない自分自身の情けなさを思い出して、毎度情緒不安定になる。だけど、それでも何度も見てきた。それくらいしないと敗因を分析できないくらいに俺は未熟だから。

 

「結局スカイがぼーっとしてた原因はわかんなかったな」

 

 つくづく自分の鈍感さには嫌になる。スカイの様子を紐解く鍵もスカイの弱点の克服方法も見出せないまま、俺はトレーナー室を後にした

 





セイウンスカイ実装時に引いてから育成・キャラストーリーでハマって、史実のレースにもハマった結果久々に物書きをしました。

セイウンスカイの二次創作を書くつもりがセイウンスカイに狂ったトレーナーの話になってしまった。やっぱり小説書くのは難しいですね。

5~7話想定です。3話までは書けてるので少なくともそこまではエタらないです。

毎週金曜17時に投稿予定です。
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