「さあラスト一周! 頑張れ!」
「もう頑張ってますよ〜〜」
夏が近づき、段々とターフを照らす太陽の火力が増してきたある日。まだ涼しい早朝に俺とセイウンスカイはトレーニングをしていた。
スカイをどうやって早朝トレーニングに引っ張り出したかって? ……聞かないでくれ。
トレーニングの内容は一周の目標タイムを60秒に設定し、その目標タイムを維持するように周回するペース走。ペース走は同一ラップタイムを体に覚えさせることでスタミナを鍛えながらレーススピードを少しずつ上げていくことができるトレーニング法で、スカイのような逃げウマ娘には欠かせない練習だった。
手元を見下ろし、ここまで取ってきたラップタイムを見る。
59秒6 64秒3 59秒3 59秒9 63秒2
誰がどう見てもサボっている周回がある……。だがそもそもこのコースを60秒で走り続ける、というのは少しハードルの高いタイム設定で、俺の想定では段々とラップタイムが遅れていくはずだった。
限界を少し超えるペースを目標に体を慣れさせ、その後に本人にあった目標タイムで走らせる予定だったが……スカイはサボる周回を挟むことで他の周回では目標タイムを切ってきた。
「もはやこれも才能だな」
サボり方がうまい、と言うと語弊があるがセイウンスカイは息の入れ方が本当に絶妙だ。半分呆れながらも感心していると、唐突に後ろから声をかけられた。
「あなた、スカイさんのトレーナーよね」
トレーニングに声をかけてくる不届き者は誰かと思いチラッと声のかけられた方向を見ると、そこに立っていたのはセイウンスカイの同期、キングヘイローだった。
「キングと昼休みに会話できる権利をあげるから空けときなさいよね」
要約するに、話したいことがあるから昼休みに時間をくれ、とのことだ。だが俺とキングにはほとんど接点がない以上、わざわざスカイが走っている最中に声をかけてきたということには意味があるはずだ。つまり――
「セイウンスカイに秘密でか?」
「……ええ、そうよ。二年前と違って鈍感さはなくなったようね」
「なるほど。だが少し待ってくれ、キングヘイロー」
「なによ?」
「後ろ」
「へ?」
ペース走を終え、いつものようにゆら~としたセイウンスカイがこちらを面白そうに見ながら近づいてきている。距離があるから会話の内容は聞かれていないだろうが……。
「あら〜、セイちゃんに秘密で二人で内緒話ですか〜?」
「ち、違うわ! 朝練に来たらスカイさんたちが見えたから声掛けただけよ!」
「うーん、怪しいなぁ〜」
キングヘイロー、嘘をつくことに慣れてなさ過ぎて誤魔化すのが下手だな……助け舟を出すか。
「質問を受けてたんだ。スカイに朝練させるなんてどんな魔法を使ったんですか? ってね」
「あー! キングひっどーい!」
「……いっつも朝眠そうにしているスカイさんが早朝トレーニングなんて魔法くらいしかないでしょう」
(よし、何とか誤魔化せたな)
キングヘイローも自分から嘘をつくのは苦手なようだが、頭の回転良いようでサッと話を合わせてくれた。代わりに俺のことをキッとにらんできたが……そもそもキングが話しかけてきたことが発端なのだから恨まないでほしい。
これ以上ぼろが出る前にキングヘイローをこの場から離れさせないとな。
「なあキング、君もトレーニングの最中なんじゃないか? トレーナーに怒られても知らないぞ」
「ふんっ! 言われるまでもないわ」
俺の意図を察したのかキングはそう答えると、さっと自チームの集団に戻っていった。戻る直前、こちらに軽い目配せをしていたので昼休みに話がしたいというのは本当なんだろう。
あまり気乗りしないが、結構大事そうな顔をしていたので捨て置けなさそうだ。
「スカイ、お疲れ」
「ほんとーーーーに疲れましたよ~。トレーナーさんの鬼~」
「……しれっとサボってた周回挟んでたのバレてるぞ」
「あ、バレちゃってましたかー」
「そりゃタイム取ってるからバレるに決まってるだろ」
スカイの手の抜き方には感心したが、それはそれ。ペース走でペースを破られたらトレーニングを組んだこちらの立つ瀬がない。しっかりとお灸をすえなければ、と口を開こうとしたところでセイウンスカイが機先を制してこう言った。
「で、キングと何の話をしてたんですか?」
「……イ、イッタイナンノコトデショウ」
誤魔化し切れてなかったーー!
「いやいやトレーナーさん。私たち、もう三年目ですよ? 食卓で『ん』って言えば、さっと醤油を差し出せるくらいの仲じゃないですか」
「そんな熟年夫婦の関係になった覚えはないが……」
「ちなみに醤油を差し出すのはトレーナーさんの方です」
「完全に尻に敷かれてるじゃないか……。いや、本当に何もないから。世間話をちょっとしただけだよ」
こういう時は知らぬ存ぜぬで押し切るのが一番だ。実際特に中身のある会話をしたわけじゃないから嘘は言ってない。そうするとスカイは諦めたようにため息をついた。
「……はあ、まあいいですけど。トレーナーさんにもプライベートくらいあるだろうし」
「いや待て、その言い方は俺とキングヘイローの間になんかあるみたいじゃないか」
「ないんですか?」
「あるわけないだろ!」
担当でも無いウマ娘とそういう関係とかシャレにならない。……いや担当でもダメだろ! なに言ってんだ俺は!
「にゃはは、嘘ですよ。トレーナーさんはそんなプレイボーイタイプじゃないでしょうし。でも……あんまり蔑ろにしちゃうとせっかく貯めてきたセイちゃんの好感度下がっちゃいますよ?」
「それは困るな。じゃあトレーナーとしてもっと信頼してもらえるように頑張らないと」
「ほほーう。どう頑張ってくれるんですか?」
「そりゃあ……もっとスカイが頑張れるようなトレーニングメニューを組むさ」
「ちっがーう!」
「それよりスカイ、いいのか?」
「え?」
むーっ! と膨れてるスカイに対し、校舎の外壁に取り付けられている大時計を指差す。
「時間」
あたりを見回すと他のウマ娘たちはもうすっかりいなくなっていて、トレーナーたちが後片付けをしているところだった。
「あーっ! もうこんな時間! 一学期はもうサボれないのに!」
「急げ急げ〜、後片付けはこっちでやっとくから」
「もー、覚えといてくださいよー!」
今時珍しい捨て台詞を吐きながらセイウンスカイは校舎へ駆け出して行った。あれだけ走った後でまだあのスピードで走れるのか……。
彼女のスタミナの太さに再度驚かされながら蹄鉄やタオルを片付けていると、トレーニングコースから声をかけられた。
「おーい」
「ん?」
ウマ娘たちはもうみんな授業に出払ってしまったはずで、そうなると声をかけてくるのは同じトレーナーに絞られるわけだが……。
「よう」
「げ、沖野さんか……」
「げ、とはひでえ言い草だな」
いつものごとくキャンディーを口に加え、軽く手を振りながら近づいてきた。昔からそうだがこの人よくこんなチャラついた見た目で中高等部のウマ娘を相手にするトレーナーが務まってるな。いやそれだけ優秀ってことなんだろうが。
「こうやって話すのはお前がトレーナー資格取って以来か」
「……そうですね、沖野
「やめてくれよ、お前にそんな風に呼ばれるのはむず痒い」
俺と沖野さんは同じ中学の先輩後輩の関係だったが、上下関係というのはあまり意識せず、どちらかというとトゥインクルシリーズへの熱い想いを語り合うファン仲間という感じだった。
沖野さんは中卒でトレーナー見習いになったから、大卒の俺と比べると10年近くキャリアが長い。そういこともあって俺がトレーナーになって以来、トレーナーとしての能力差に引け目を感じて疎遠気味だった。……というより俺が一方的に避けているだけなんだが。
「それで、何の用ですか?」
「お前、俺のこと避けてるだろ」
「はは……ソンナコトネナイデスヨ」
バレテーラ。
「片言じゃねえか! ……まあいいわ、その辺も込みで今度飲まないか? 行きつけのバーがあるんだ」
「……まあ俺は構わないですけど……いいんですか?」
スピカには今、大事な時期を迎えているウマ娘が数多くいるはずだ。特に昨年の秋天で大怪我を負った――
「スズカのことなら心配ねえよ。もう俺が付きっ切りなんて段階はとうに過ぎてる。……どっちかっていうとスぺの方が、ってこれはまあいいか」
沖野はなにやら重要な情報を言いかけたがすぐ話を戻す。軽いように見えてこの辺のメリハリがこの人の長所だな。
「秋になったらたぶんまた担当ウマ娘同士の対戦があるだろう? そうなったらまた話しづらくなるだろ」
トレーナー同士は普段はそこまで排他的ではなくむしろ多くのトレーナーはよく情報交換がてら交流する。俺は同期とそんなに仲がいい方じゃないが、それでも桐生院さんとはお互いにトレーナーとして切磋琢磨している関係だと思う。
ただ、担当ウマ娘同士が対戦するレースが近づくとさすがにそういう行為は馴れ合いと見なされがちなので控えるようになる。競争レーンがないレースである以上、結託してほかのウマ娘への妨害を考えている、などと邪推されても困るからだ。
「担当ウマ娘、って言っても俺は沖野さんと違ってセイウンスカイ一人だけですけどね」
「それも気になってたんだが、お前、もう3年目だよな? もう複数人担当しても問題ないだろ、実際そうしてるトレーナーの方が多い」
「少なくとも今年度が終わるまでは増やさないつもりですよ」
「……なんか理由があるみたいだな」
「大層な理由はないですよ。単に俺がまだまだ未熟ってだけです」
正確にはそれだけが理由じゃないが、白昼堂々言うようなことでもない。……恥ずかしいし。
「そうか、まあトレーナーなんて結果さえ出せば認められるからな。その点お前は一人目で二冠ウマ娘を育てたんだから誰も文句言えないだろ」
「ダービーをかっさらっていった沖野さんがそれを言いますか……。それにチームスピカ、絶好調じゃないですか」
「あれはまあスぺの意地みたいなもんだ。スピカの面子もそれぞれ努力した結果で、俺は大したことしてねえよ。……そろそろ働かねえとお花さんにどやされるな。じゃ、金曜夜空けとけよ~」
そういうと沖野さんは手をひらひらと振りながら練習コースを後にした。……「今度飲む」って話がいきなり「金曜夜」に差し代わっていることは気にしないことにしよう。
「……チームスピカか」
スペシャルウィーク、サイレンススズカを筆頭に有望株が数多く所属するチームスピカはいまやリギルを最も脅かすチームと言っても過言ではない。
ああいうG1をポンポン勝つような花形のチームを見ていると忘れてしまうが、本来G1どころか重賞を勝つことすら簡単じゃない。多くのウマ娘は未勝利戦を勝ち上がるのがせいぜいでトレセンを去ってしまい、トゥインクルシリーズとはそれっきりだ。
だがトレーナーは違う。一人の担当ウマ娘の成績が多少悪かろうが、他のウマ娘が優れた戦績を挙げているならむしろ優秀なトレーナとして扱われる。レースは水物で全員の担当ウマ娘を勝たせるなど不可能、であればいかに期待値を高められるかがトレーナーの腕の見せ所だ、と。
理屈はわかる。それぞれのウマ娘に適したトレーニング、脚質・バ場・距離適性の見極め、ケガの防止、ウマ娘との信頼関係の構築などなど、それらおおよそウマ娘の育成に関わるすべてをトレーナーになってから引退するまでずっと完璧にこなし続けることなど、神様でもなければ不可能だ。
そうである以上、俺たちトレーナーは数々のウマ娘を育てる過程で経験を積み、知識を増やし、次につなげることが成長する唯一の道なのだろう。
だけどそれはウマ娘からすれば知ったことではないはずだ。彼女たちのレース人生は一度きりで、次はないんだ。それを思うと俺は「次」なんてことを考えられない。
もちろん他のトレーナーたちも目の前のウマ娘を軽んじているわけではないだろう。ただ、いつまでも過去の担当ウマ娘に囚われてはいられないから折り合いをつけて仕事をしているだけだ。たぶん俺も普通だったらそうなっていたんだろう。
だが……だけど俺は一年目で出会ってしまった。何を捧げても勝たせたいウマ娘に。
だから俺は二人目のウマ娘を担当することなんて考えられない、セイウンスカイ以外の指導をしているトレーナー生活なんて想像できないから。
まあつまるところ――俺はセイウンスカイに惚れてるんだ。彼女の、その走りに。
キングヘイローというウマ娘、あまりにも書きやすい。
作品の都合上、沖野Tの年齢が若めに設定されてますが許容範囲だと思うので許してください。
たまに史実ネタを散らしてるので気づいた方はニヤニヤしてください。
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