青雲は眼下の芝を求めるか   作:立日月

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第3話 王の闖入

 朝練の片づけを終えた俺は、トレーナー室のデスクに出走レース用の書類を並べていた。

 

 セイウンスカイの次の大目標は秋の天皇賞。ぶっつけ本番で挑む選択肢もあるにはあるが……レース勘が大きな武器であるスカイにとってレース間隔が空きすぎてそれが鈍るのは避けたいところだ。

 となると、夏のレースシーズン、もしくは秋のG1シーズン開幕直後くらいに一レース走らせておきたい。

 

 秋天の前哨戦は三つある。オールカマー、毎日王冠、京都大賞典だ。これらのレースで上位に入ると秋天の優先出走権が得られる。だがまあ、スカイのこれまでの成績を考えると優先出走権を取りにいかずともおそらく秋天には出られるだろう。

 わざわざ回避する理由もないのだが、少し気になることがあった。

 

「オールカマー、2200m。毎日王冠、1800m。京都大賞典、2400m。秋天の2000mと微妙に距離が食い違うんだよな……」

 

 皐月賞と菊花賞を勝ったセイウンスカイに距離不安なんてものは感じていないが、どうせなら夏のうちに秋天と同距離の2000mのレースに出しておきたい。その結果次第で秋の前哨戦に出るかどうかを決めてもいいだろう。

 夏はG1レースはないが、G2やG3などの重賞レースは数多く開催されている。その中で芝2000mのレースも七夕賞、函館記念、小倉記念などいくつかある。

 ただ、いかに調整目的のレースとはいえ二冠ウマ娘が出るにはこれらは少し物足りない。スカイのレース観を磨くには、やはりレベルの高いレースがいい。夏シーズンに行われる芝2000mのレベルの高いレース。これに当てはまるのは俺の知る限りひとつだけだ。

 

「やっぱり、このレースか」

 

 デスクに並べた何枚もの書類から一枚を手に取る。そこには「出走登録届」という文字が書かれていた。

 

 G1に最も近いG2と呼ばれ、夏シーズンの中で最高レベルと言われるレース──札幌記念だ。

 

 ───────────────────────

 

 トレセン学園においてウマ娘たちは日中は基本的に一生徒として授業を受けており、トレーニングは授業前か放課後に行われる。そのため俺たちトレーナーは日中、基本的に担当ウマ娘との接触がない。

 と言っても暇というわけでは全くなく、走り回っても仕事が尽きないくらいには山積みだ。

 

 トレーニングメニューの計画、出走ローテーションの構築及びそれに関連する書類作成、ライバルウマ娘の調査などのレースに関わる仕事から秋川理事長やたづなさんから割り振られる学園の業務、G1用の勝負服の発注、練習用ウェアの洗濯や蹄鉄やシューズの整備などの雑用まで、なんでもこなす。時間的拘束で言ったら一般的な職業より遥かに長い。枠組みとしても個人事業主だから残業という概念もないしな。

 

「ふう、こんなもんでいいか。あとはスカイに走ってもらって微調整だな」

 

 今日は出走レース計画書とトレーニング計画書の作成後、たずなさんに依頼された仕事をこなし、今新しい蹄鉄をスカイのシューズに打ち付けていたところだった。先ほど昼休みのチャイムが鳴っていたので、もう12時を回っている。

 

「大体のウマ娘は蹄鉄は自分で調整してんのにスカイのやつ毎回俺にやらせるんだもんなあ」

 

 あれだけ賢いウマ娘なのに、ゲート難だったり、手先が不器用だったりといったところはあまり策士っぽくないな。ちょっと抜けていて可愛いとも思うが。

 

 そんなことを考えながら昼食の用意をしようと席を立ち上がろうとした時、コンコンとトレーナー室の扉がノックされた。

 誰だろう、昼休みはトレーナーも共通だからこの時間に仕事の話は来ないはずだが……。スカイが来るには少し早いし。

 

「どうぞ」

 

 そう答えるや否や、バンッ! と物凄い勢いで扉が開いた。そして部屋の外に、むすっとした顔のウマ娘──キングヘイローが仁王立ちしていた。

 

「このキングを出向かせるなんてあなたどういうつもり!?」

「え? ……あっ!」

 

 忘れてた! 

 

「忘れてた! って顔したわねあなた!」

 

 仕事に追われてて完全にキングとの約束を忘れてしまっていた。い、いや、しかしこっちにも言い分はある。

 

「いやでも昼休みにどこで集合とか伝えなかったじゃないか!」

「約束そのものを忘れていた人がそれを言ってもただの言い訳でしかないわよ」

「グッ……すまない」

「まったく、私が直々に出向かなかったらキングの昼休みがドブに捨てられていたところよ」

 

 キングヘイローはそう言いながらズンズンとトレーナー室に入ってきてソファに腰を下ろした。

 

「このキングがわざわざ来てあげたんだからお茶くらい出しなさいよね」

 

 キングはここで話す気マンマンみたいだが、このトレーナー室は昼休みに会話をするには少し都合が悪い。

 

「あー、トレーナー用のラウンジに行こうか」

「なんでよ、このトレーナー室でいいわよ。ラウンジだと人に話を聞かれるかもしれないじゃない」

 

 キングは面倒そうに脚を組んで居座る姿勢を見せる。キングの言う通りラウンジだと人に話を聞かれる可能性があるのは事実だが、少なくともここで話を続けるよりはマシだ。

 

「セイウンスカイには秘密の話なんだろう?」

「そうだけど、それと何の関係が?」

「スカイはな、昼ご飯を食べ終わったらこのトレーナー室でお昼寝をするのが日課なんだ。あと10分くらいしたら来るぞ」

「なんですって!?」

 

 スカイがこのトレーナー室で昼寝をするのは俺がトレセン学園に赴任する前からだから、ここのソファーとスカイの付き合いは俺よりも長い。

 

「そういうことはさっさと言いなさいよ!」

「割とさっさと言ったつもりだけどな……」

 

 せっかち過ぎるだろう。中距離よりも短距離の方が向いてるんじゃないか? 

 

「そういうことなら早く移動するわよ」

「あ、先に行って待っててくれないか?」

「これ以上私を待たせようって言うの!?」

 

 キングの尻尾がピン! と跳ね上がる。いやそんなつもりじゃないんだが……。

 

「昼休み始まってすぐトレーナー室に来てくれたってことは昼ご飯食べてないだろう? 軽食と紅茶を持っていくよ」

「……トレーナー室にそんなことできる設備があるの?」

「そんな大層なもんじゃないよ、スカイは食事にあまり執着がないみたいで疎かになりがちだから、ここで軽い食事を摂れるように準備をしてるだけだ。朝弱いからよく朝食抜いて登校するしそういう日とかな」

「……あなた、スカイさんを甘やかしすぎじゃない? まあいいわ、そういうならキングに昼食を振舞う権利を上げるわ」

「あんまり期待されても大したものは出せないけどな……」

 

 せいぜいサンドイッチくらいだ。

 

「じゃあ私は先に行っているから。あまり待たせるんじゃないわよ」

「キングの仰せのままに」

「わかればいいのよ、わかれば」

 

 皮肉めいた返しをしたつもりだったが伝わらなかったようで、キングは高笑いしながらトレーナー室を後にした。

 

「賑やかなウマ娘だなあ」

 

 あれくらい自分に自信があるのは、俺からすると正直まぶしいくらいだ。

 

「さて、さっさとしないと今度は蹴られかねないな」

 

 そうつぶやきながら自分の分も含めて準備をする。お茶っ葉なんて立派なものはないので、水筒にティーパックを二個放り込むと給湯器からそのままお湯を流し込んだ。軽く蒸らす間に簡単なベーコンレタスサンドとジャムサンドを手早く用意する。

 ティーバッグを水筒から取り出し、サンドイッチを弁当箱に詰め終わった時、ガチャっとトレーナー室の扉が開いた。今度は予想外の来客ではなく、いつも通りの来客──昼寝に来たセイウンスカイだった。

 

「こんにちは、トレーナーさん。なんかいい匂いするね」

「ああ、ちょっと気分転換に他の場所で飯を食べようと思って準備してたんだ。それで紅茶を淹れてたからな」

 

「え、今日はセイちゃんのお昼寝を守ってくれるナイトがいないんですか! これは好感度下がっちゃいますよ」

「ナイトって……じゃあここはお城か? 野良猫の見つけた秘密のねぐらの方が近くないか」

「じゃあトレーナーさんは、そこに差し込む日向ぼっこにピッタリの太陽かな?」

「……スカイが快適に過ごせるように日々努力してるつもりだよ」

 

 ちょっと趣のある言い回しで褒められて顔を赤くさせられたが、そこでスカイに伝えるべきことを思い出した。

 

「ああ、そうだ忘れてた」

「なに? トレーナーさん」

「次のレースを決めたぞ。夏の重賞レース、札幌記念だ」

 

 そう伝えたら、スカイの目がギラッと光った。まさに勝負師の目……

 

「北海道……ってことは海釣りも川釣りもし放題ですね!」

 

 ズコッとコケそうになった。

 

「遊びに行くわけじゃないぞ」

「にゃはは、冗談ですよ。じょ・う・だ・ん」

「ことサボりと猫と昼寝と釣りに絡むことだとスカイの言うことは冗談に聞こえないんだが……」

 

 口に出してみると冗談に聞こえないこと多すぎだろ。というか割と常時本音なのか冗談なのかわからないことが多い、もう二年以上一緒にいるのに……。

 

「……レース終わった後なら考えてあげるよ」

「え、ほんとですか! 言ってみるもんですねえ。ぴろぴろりん! セイちゃんの好感度が1上がったよ!」

「そのフレーズ好きだな……」

 

 なんかいつも言われっぱなしで終わってるし、今日はちょっとからかってやろうか。

 

「いくら溜まったらセイウンスカイルートに入れるんだ? 結構溜まってきたと思うんだけど」

「え⁉ ……入りたいんですか、私のルート」

「そりゃあ……な」

「……っ!」

「ゲーマーとしてはトロフィーはフルコンプしたいし」

「……なんじゃそりゃああああああ!」

 

 スカイのしっぽが見たことないくらいピンと突き立っている。怒髪天を衝くならぬ、怒尾天を衝くだな。

 

「乙女の純情弄んで楽しいですか!」

「さきに男の子の純情を弄んでたのはそっちじゃないか」

「トレーナーさん、男の子って歳ですか」

「うぐっ」

 

 まだ俺はアラサーじゃない……ギリギリ。

 

「ま、とりあえず札幌記念は頭に入れておいてくれ。まだあんまり出走予定のウマ娘も出揃ってないから戦略

「……そうですね、今回はどうやって逃げましょうか」

「……? まあそれは追々考えよう。じゃあ俺はそろそろ出るわ、ソファと毛布、好きに使って良いから」

 

 なんかスカイの様子に違和感を覚えたが、どこが、とは自分でもわからなかったのでスルーすることにする。気のせいかな。

 

「ありがとうトレーナーさん、おやすみなさい……zzz」

「おやすみ」

 

 ソファに潜り込んだスカイを見届けると、俺はそっとトレーナー室を後にした。

 スカイと話してたから少し時間がかかってしまったけど、キングに蹴られないと良いなあ。

 

 

 

 

 

 




ゲーム中では有馬→春天→宝塚→秋天ですが、実際の古馬1年目は有馬→日経賞→春天→札幌記念→秋天というローテーションなんですよね

そもそもスカイは宝塚記念を走ったことがないという

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