その日、禿は春庭にいた。   作:エクスリ

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とある精強な花騎士を抱える花騎士団。
その団長の頭頂部には何もなかった。
髪の毛と引き換えにすべてを手に入れるとはどのようなことなのか。


プロローグ

 深き森に包まれながらも、それら多くを眺めるがほどの威容を示しているのは、植生として不自然な百合の花を巨木の枝葉に交えた存在だった。

 その不自然さはかえって人々が祈り拝むには十分な格を備えた神聖さを得るも、その根本や幹、もちろん枝の至るところにまで住居を許すのは、けしてそれが厳かな存在ではないことを主張するかのようであった。

 それは、その名は、その種であり、街であり、国である。

 春庭にそびえる7本の世界花にして、それらが備える特徴の、種であり街であり国である主体のひとつ、リリィウッド。春庭の中央に根を下ろし、その隙間に根源を携える。他国が一応その世界花の特性に見合った気候を約束する中にあって、春夏秋冬の四季を提供する。

 権威にして象徴である王家と、権力にして執政である元老院によって統治されているその国家は、他の世界花のたもとに携えられている国家の交流の中心であり、もっとも豊かな経済と文化を育んでいるといっても過言ではなかった。

 それは移住の出入りを妨げず、多くの人々がリリィウッドに移り、またリリィウッドから他国へ渡る。

 彼もまたその移民のひとり……

 

 禿だ……

 禿がいる……

 

 リリィウッドのもっとも賑やかな繁華街、夕暮れをとうに過ぎてもなお、豊かな魔法力に保障された輝く灯りが夜を思わせない。すこしでも灯りをはずれれば漆黒の宵闇にまぎれてしまうであろう路地に、頭頂に輝く灯りを照らされ反射させている男と、数人の見目麗しい女性が数人。

 それぞれがくつろぎのある、緩やかに風になびくような衣服を身に着けている。夏がやっと終わり、風のもつ意味が季節を変える意思の強さを表し始めているのを、そのたなびく裾に感じる。

 伴だって歩く女性は皆、並のそれを良く上回る膨らみが胸布を圧迫し、その髪は黒かパステルカラーに彩られながらも、街灯に照らされる中に透き通るように流れていた。

 その容姿と、その容姿を持つものの比率の多さは、見る人が見ればすぐに察することのできる、人とは違う何かを意味していた。

 

 花騎士。

 

 7本の世界花とその根源とは、春庭を形成するすべてであり、その多くを司る。それは人の生まれ、育ち、思い、翻弄される運命すらも左右する。その運命のいたずらが生み出した存在であるとともに、世界花に自らとその世に住むものの守りを約束された存在。

 彼女らの中央にあるとすれば、その禿げ上がった頭頂部を持つ男は花騎士団長であろう。

 

 と、彼が何かを睨んでいる。ようは禿禿頭頂部まぶしいといったことをあまり強調するものではないとでもいいたげなのだろう。

 だがやむを得ない。実際に待ちゆく人に禿扱いされるくらいには、頭皮に髪という髪が一切存在していないのだから。また人々にめざとくされて、禿禿と言われるくらいには、彼もまた有名な存在であるから。

 

 禿げた男の容姿はマイナス要因である。女性のために作られた美形の男子ぞろいの作品において、言うまでもなく禿げた男はイロモノだ。だが彼はそれにも関わらず、いわば一般の人からうらやまれるくらいには、恵まれた女性関係の渦中にあった。それはいくつかの要因に基づくところ。

 ひとつはこの春庭における男女比。男1に対して、女が5とも10とも20とも言える比率である。男性が単純に貴重であるのだが、この比率はここ1000年変化していないという研究結果がある。

 ひとつは彼が、率いている花騎士団の団長職にあるということ。花騎士団長は多くの花騎士を率いる立場として女性の縁に困らず、この春庭における人の驚異である害虫と戦う英雄的な花形職から、高い競争率を勝ち残ったエリートである。その容姿や能力が及第点以上なら、少なくとも引く手あまた。

 そしてひとつは、髪の毛と引き換えに得た多くの幸運によるところ。

 彼の団に所属する花騎士の、特に彼のすぐそばを固めているのは、ひとりひとりが春庭を代表する存在となり得る強者である。それは、通常の団の一軍クラスが数部隊集まってやっと倒せる、害虫の最強格とランク付けされる『破級』クラスであっても、彼女らの誰かひとりか、数人の手を持ってすればどうにでもなるほど。

 そうした強者の花騎士を迎えているという点に加え、各国の王侯貴族とのつながりが太く多い。団の所属するリリィウッドの政権たる元老院はもちろん、ロータスレイクの水上・水中、ベルガモットバレー、ウインターローズの女王とも深い親交を持つ。時折請われて伺っているようであるが真相は闇の底。

 団長としての地位の充実に貢献する多くの要素は、人々をして「髪の毛と引き換えにすべてを手に入れた男」と称されている。

 

「まあまあ団長さん、みんなうらやましいんだろうし大らかにいこうよ」

 

 ちょっと不機嫌な団長を諌めるように声をかけている赤髪の花騎士。その腰より長い髪はもちろん、不自然なほど膨大な胸部の質量は、常に揺れて彼女を振り回すかのようだったが、彼女は意にも介さないかのような身のこなしで、振り子となるそれらをいなしていた。

 もともと黒い死神と勇名を馳せる花騎士のそばで立ち回ってきた彼女は、黒い死神本人に自分以外の交友関係が生まれてきたことから、今はより団長との距離を詰めるように付き添っていた。

 ゼラニウムといえば、閃光のような疾さで害虫の目をくらませ、狙いを絞らせずに、大量の剣技の残像が実体となって、速度の限界を超えた斬撃で、強硬な害虫の外殻も豆腐のようにたやすく切り刻む「紅き閃光」の名がつくほどの花騎士である。ゆごにょごにょ弾性限界などという言葉が発生するほどらしいが、それを初めて聞いたときに「難しいことは頭のいい学者に任せる」と、ゼラニウムは苦笑していた。彼女は自身の功績のすべてがクロユリの力によるものとして謙遜しているが、その実力と実績について禿団長の麾下で知らないものはいない。

もっとも、巷の彼女のイメージは「黒い死神の金魚の糞みたいなおっぱいの化け物」らしく、それを聞いたこのゼラニウムは少し不機嫌そうだった。

 だったら自身の実績を誇ればいいのにとは、回りで見守る花騎士たちの意見であるが、それはゼラニウムに固辞されていた。

 

「せっかくおいしいご飯を食べた後なんだから。そう、エニシダなんか3杯もおかわりしていたくらいなんだから」

「えっっ!? サフランさんそんな風にいいいわないでください、やっぱり私ミジンコ」

「あははは、でも、今のエニシダをそんな風にいう人はいないわよ」

「そうでしょうか……」

 

 ゼラニウムに便乗するように団長をたしなめるツインテールの陽気な花騎士と、彼女にからかわれて意気消沈するほうきを携えた花騎士。どちらも、最後列に並んでいる2人。

 サフランは春庭において名前を知らないものはいないファッションブランド「アスファル」の経営者の娘で、常冬の国ウインターローズの大貴族の直系。サフランは、アスファルがこの団に多くの寄進を約束する引き換えにあずけてよこした花騎士であるが、元々サフランが望んだ結果でもある。政略的な意図を含むものの、団長もサフランを無碍にはしていない。花騎士の実力自体はここにいる面々の中ではやや控えめなものの、人脈と人柄はこの団の代表者たちがややネガティブな中におけるムードメーカーである。

 エニシダは彼女の祖母が春庭に名を轟かせた大魔女で、有数の花騎士である。そんな祖母にあやかって自らも花騎士になった。彼女の周りの人間に言わせればその才能の化け物ぶりは普通に戦いの中でも十二分に発揮されているのだが、当の本人はささいなきっかけで「私のようなミジンコなんか」とふさぎ込み自己卑下に閉じこもる癖がある。もっとも頼られる事や頼まれることは好きらしく、団長に頼られるまま寝室に連れ込まれたり、それっぽいホテルのある街路の付近でそれっぽいことを言われたとき、期待通りの答を出せたとはエニシダから聞いた話。もちろんそんなお人好しエニシダを団長が騙し、いかがわしい行為に走った件について、彼女に親しい花騎士によって団長が裁かれたのは言うまでもない。

 

「今のエニシダを見てミジンコ、なんて言うのエニシダ以外いないよ?」

「ゼラニウムさんまでー」

「でも、エニシダさんはおばあさまの名に恥じない、素晴らしい花騎士になっていると思いますよ」

「ハブランサスさんまでー」

 

 団長の両脇を前方で固めているふたりにおだてられて、エニシダは耳まで恥ずかしさの熱を沸きあがらせていた。

 

「そういうハブランサスも、ここのところ大活躍よね。春庭花騎士格付けで、しばらくバナナオーシャン所属の中の1位外していないもの」

「えぇっ、それはただ団長さんの期待に応えたいと思ってしていただけで、別に特別なことは」

「ハブランサスさんすごい……同じ国出身として尊敬します」

 

 団長のすぐ後ろで、最後列のサフランとエニシダに挟まれる位置取りで歩く黒髪のおとなしさある花騎士から静かに評価され、今度はハブランサスと呼ばれた花騎士が照れを隠せず頬が赤い。

 その世界の何らかに格付けする機関が存在するのはよくあるお話。春庭ではその象徴的な存在ともいえる花騎士の強さ、貢献度、見目麗しくあるいはかわいらしい度合いなどなど、いくつかの基準で判定される。ただ各国の協調の関係からか、あるいは価値観の差による論争を防ぐためか、国をまたいだ評価はされず各国ごとの格付けで発表される。

 ハブランサスは柔らかく波打つ髪の弾む、薄手のワンピース姿の花騎士。日頃傘を常備し「雨も降らないのに」と不思議がられるところのある、ちょっとねじの外れていそうな感じがあった。見た目こそ育ちの良さと大人びた雰囲気の麗しさがあるのに、なにもないところで転び、料理の調味料を間違え、要件のうち必ずひとつ抜け落ちていたりなど、いろいろ残念さしかない。だが戦いの場での勇ましさと彼女の巻き起こす水流の力強い支え、それに持ち合わせる数多くの幸運なエピソードによって、彼女と共に戦ったことのある多くの花騎士が命の危機、局面の危機から救われている。彼女が団に所属したてのころはあまり世界花の加護に恵まれていなかった。単純な実力面において、他で名前が知れていたり、強い能力を生まれ持った花騎士に遅れを取っていた。だがそれも昔のこと、幾多の大戦において重要な作戦を大成功に導いてきた彼女は、団長の期待に応えたい強い想いに基づく、地道な努力が実を結んでいた。

 彼女に素直に感心している花騎士はツキミソウ。この夜によく溶け込む美しい黒髪と透き通る肌が特徴的である。もっとも細身に思える体型の中に、サフランやエニシダがうらやむくらいの豊かさを携えているのはいつかの評価。まさに夜の中で映えるとはいえ、「おとなしい」を地で行くタイプで、花騎士同士の中ではあまり言葉数が多い方ではなく、コミュニティ的に取り残されがちな部分がある。そんな彼女もまたハブランサスと同じく、所属した当初は世界花の加護が薄いために相応のことしかできなかった時期があった。ツキミソウは自分が花騎士であることに自信を無くして悩んでいたが、団長に太陽を見出してから大きく力をつけ、こうして大所帯になった団の中で、団長のすぐ後ろに定位置を許されるくらいにはなっていた。団長と枕を並べただのなんだのという話は、そもそも花騎士ならありえて当然なので、ツキミソウ自身はもちろん、周囲も気にもとめていない。

 

 この場にいる花騎士はこの5人。

 ゼラニウム。

 ハブランサス。

 ツキミソウ。

 サフラン。

 エニシダ。

 

「ツキミソウも、バナナオーシャンのランキングではずっと上位10人から外れていないじゃない。すごいわ」

「そうなんですか……?」

「後で載っていた雑誌見せてあげる」

「私はやっぱり、低評価ですよね、ゾウリムシかミドリムシみたいなので」

「ブロッサムヒルやウインターローズはどうしてもトップ争いが決まってしまうところあるけど、エニシダだって上から数えるほうが早いわよ」

 

 少なくとも、彼女ら5人が格付け表上位に名前が乗らない日はないのだが、その具体的な評価の詳細は多くを想像に任せるべきものであろうか。

 そんな、順位が気になる話題を弾ませながら、団の詰め所に戻った団長及び花騎士5人。

 

「団長、だっこ」

「にぃに、おんぶっ」

 

 まるで団長を待ちわびていたかのように、幼い見た目の二人組が出迎えた。

 彼女らに応えるように団長が両手を差し出すと、正面から背中から、飛びつくように彼女らが甘える。

 

「団長あったかい」

「にぃにの背中あったかい」

 

「ただいまクコ、ヘナ。いいねぇ」

「なんだかうらやましいですねぇ」

「微笑ましいしかわいいから仕方ないわね」

 

 ゼラニウム、ハブランサス、サフランが口々にとびついたふたりの様子に感想を漏らした。

 クコとヘナ。見た目には本当に幼い限りでとてもそうは見えないのだが、これでも立派な花騎士である。湖の国ロータスレイクで活躍する調査隊の医師とデザイナー。その調査隊が一度この団に訪れた際、団長がクコとヘナのふたりにとても気に入られてしまったため、隊自体の活動主体がロータスレイクとこのリリィウッドを行き来するようになってしまっていた。

 団長は調査隊長であるトリトニアに頭を下げわびたが、クコとヘナが生き生きしていることから、リリィウッドの遺跡を調べるにあたってはこの団の詰め所に立ち寄っていた。

 この場に二人がいるということはと団長が振り返ると。

 

「おかえり団長くん。いつもクコとヘナをありがとう」

 

 その湖底調査隊の隊長であるトリトニアが声をかける。ついクコとヘナへのだだ甘で過保護なのが行き過ぎて、トリトニアママ、などと言われてしまうところは公然の秘密。

 

「団長、匂い、良好。食事、同行、希望、したかった」

「にぃにと、ご飯、一緒、したかった」

「クコもヘナも、すれ違いだったし仕方ないでしょう。ああ、食事は済んでるから、その心配はしないでいいからね」

 

 顔をこすりつけるように匂いに埋もれながら、二人はまるでだだをこねるように団長へ要望していた。

 団長は二人の頭をなで、時間があれば行こうかと誘った。この夜はたまたま今連れていた5人の都合が合ったからだと言うことであり、都合が許すなら二人に応えて問題なさそうだからという意図であった。

 

「約束、団長、約束」

「ヘナ嬉しい。にぃに、明日、いこう」

「ちょっと、ふたりとも気持ちはわかるけど、明日も任務あるんだから羽目外しすぎないようにね?」

「うん、うん」

「約束、約束」

 

 言葉遣いが独特の幼い二人をいったん下ろし、団長はその二人の身をトリトニアにあずけた。

 トリトニアは両手に二人を引いて、何かを会話しながら廊下の奥へ遠ざかった。

 

「やっぱり団長さん、もてもてですね」

 

 ちょっとどう反応するかをためらっていたエニシダが思ったままを口にしていた。

 

「エニシダ、妬けちゃう?」

「ち、違いますっ、そういうつもりで言ったんじゃ」

「別に隠さなくていいのよ。私もはっきりいってすごく妬けたし」

 

 その物言いはサフランらしいはっきりとしたものだった。その裏表のなさが彼女らしいが、逆に言えばそれ以上を求められているような話にもとれる。

 外食で済ませたとはいえ、食事の後の定番はその多くの匂いを洗い落とす意味も含め。

 

「それじゃあ、ご飯のあとはお風呂で、その後はお休みですね」

「うわぁ。こういうときやっぱりハブランサスのキャラはうまくハマるわね」

「えっ? 何か私、変なこといいました? 失敗しちゃってます?」

「ううん、逆に大成功よ」

 

 団長は自分の意見について5人に問うも。

 

「サフランとハブランサスの言う通りだね。現状、団長さんに拒否権はないと思うんだ」

「お供します……」

 

 完璧に空気を読みきったゼラニウムによって、団長はすべての抗弁を行う権利を失った。

 同時に、ツキミソウにそっと袖を引っ張られる意味を理解して、団長はもはや引くに引けなくなっていた。

 

「あの、団長さんと一緒だと、いろいろ期待しちゃうんですけど……」

「ハブランサスのえっち」

「えっ、えっ」

 

 それほど大きな意味ではなく、団長との進展について口にしたつもりのハブランサスだったが、大半の人にすればあまりにも大胆であるというサフランのツッコミである。

 

「なんだかすごいお話の流れになってるんですけど……」

「エニシダも今更よ。ほら団長さんもいきましょう」

 

 その晩、まだ寝静まるには早い薄暗い詰め所の玄関には、勢いある流れが巻き起こり、ひとりの禿はその押し流さんとする勢いに巻き込まれて消えた。

 

 ひとりの禿団長によって興されたひとつの花騎士団は、春庭を覆いつくしていた多くの不安を払い、やがて春庭に済むすべての人々の太陽となる。それはその輝く頭頂部によってもたらされた、滑稽ながらも心温まる希望の光であった。

 今彼に寄り添っていた5人の花騎士は、彼のもたらした奇跡を実現するために春庭中を奔走した。その軌跡は各所で語り継がれる伝説と化していくのだが。

 

 時折団の詰め所から団長の悲鳴がこだまするのは、聞かなかったことにするべきであろう。




合掌。
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