オールマイトの拳によって引き起こされた風圧が、ヘドロのヴィランをバラバラに吹き飛ばす。飛び散ったベトベトは、そのまま動かなくなった。
「君達、怪我は無いかい?」
オールマイト……本物のオールマイトだ!!
「そちらの方は、どれどれ……うんうん、気を失っているだけだ、心配ない」
「少年少女、怪我は無いかい?」
オールマイトはしゃがんで目線を合わせ、こちらに笑いかける。
2人とも静かに頷いた。
「そちらの少女、そのおでこの怪我は……」
「あ……ええと……これは昔のやつで……」
「そうかそうか、余計なお節介だったかな、すまない」
無事を確認し、彼が立ち上がる。
「いやあ、悪かった!ヴィラン退治に巻き込んでしまった!オフの日、慣れない土地で少しウカれちゃったかな!?」
「あ、あの……サ、サイン下さい!!」
「モチロン!!と言いたいところだが、まずはコイツを片付けないとな!」
オールマイトは、辺りに散らばるベトベトの方を向いた。
「ありがとう君達、おかげで手早く詰められた!」
オールマイトの持っていた2本のペットボトルに、あのヴィランが収まっていた。
本体?にあたるであろう目のまわりの部分を回収できれば、残りはただの物体になるみたいだ。
「よし、それじゃあ、そのノートでいいのかい?」
「はい!お願いします!!」
オールマイトの直筆サイン……!嬉しすぎる!!
「あれ、かっちゃんはサインいらないの?」
「いらねぇ」
「もったいないなあ、せっかく本物のオールマイトに会えたのに……」
そうだ!こんなチャンス二度と無い、聞きたいことが……
「あ…あの、サイン、ありがとうございます!それで、その…ノートなんですが……」
サインを書き終えて、ノートを返そうとしたオールマイトの手が止まる。
「どうかしたのかい?」
「そ…そのノート、私が今やってるトレーニングメニューなんです。私、あなたに憧れて、ヒーローを目指してて……今年雄英を受けようと思っているんです!それで、何かアドバイスをお願いします!」
「……すまないね、具体的なことは……何せ、ヒーローは常に時間とも戦っている。私もそろそろ行かなくては。だが、君の目指す夢を、全力で応援しよう!!Never give up!!」
「……コイツが″無個性″でも、か?オールマイト」
その一言で、場の空気が変わった。
「……″無個性″……!!そうか……」
「かっちゃん!?ちょっとぉ!今言わなくても……」
「デコ!テメェさっき、なんで飛び出した!!」
「ひゃあ!?」
急に胸ぐらを掴まれる。
「な、なんでって……呼吸できなくて苦しそうだったし、急がないとって」
「テメェ1人でどうにかできたのか!?この先もずっとそうやって、助ける為に助けられるつもりか!?」
「なんだ、心配してくれたんだ。素直じゃないなあ」
「ああ!?ムカつくんだよ!!そうやってヘラヘラして、いつまでも夢見心地のガキは――」
「少年、そこまでだ。落ち着きなさい」
オールマイトが仲裁に入る。
「ヘラヘラじゃなくてニコニコだよ?失礼だなぁ。笑顔は大事!」
「知るかよ」
渾身のスマイルをかっちゃんに受け流された私は、オールマイトの方を向く。
「……オールマイト、私は確かに″無個性″です。プロの現場に立ち会って、その厳しさを改めて実感しました。でも私は諦めません。今日はありがとうございました」
オールマイトは静かに、何かを考え込んでいる。そしてゆっくりと口を開いた。
「″無個性″でヒーローは現実的ではない。私としても、無責任な応援はできない。人を助ける事に憧れるなら、他の道もあるだろう」
予想通りの返事だったけれど、No.1ヒーローに直接言われるとなかなか……
「だが、君が……」
「……?」
「それでも君が、本気でヒーローを夢見るなら、少しばかりの手助けをしよう」
「ええっ!?」
「私考案の特別トレーニングメニューだ!このノート、少し借りるよ?また後で、そろそろホントに行かなくては、マジに時間が」
「ありがとうございます!!私――」
オールマイトが手で制したので、口を閉じた。
「2日後!朝6時!近所の海浜公園にて待っている!」
「そして少年」
オールマイトは、かっちゃんの方を見る。
「プロはいつだって命懸けだ、君の言ったことは正しい。半端な覚悟で、命を軽んじてはいけない……いいね?」
後半は私を見て言ったため、静かに頷いた。
「しかし一方で、その行いによって助かった人もいる。それを忘れないでほしい。ヒーローが、何のために戦うのかを」
最後に、助けた男性を見る。ちょうど意識を取り戻したらしく、ゆっくりと起き上がるところだった。
「無事で何より、それでは!さらばだ!!」
オールマイトが深くしゃがむと、次の瞬間には空を飛んでいた。
「オールマイト!?オールマイト!!ありがとーーう!!あ、でも待って!サイン下さーーい!待ってぇーー!!」
「これいります?私2つ貰ったので」
「ええっ!?本当かい?ありがとう!!」
「いえいえ、それより怪我が無くてよかったです」
「君達のおかげだろう?おぼろげに覚えているよ、ありがとう」
「さようなら〜!ほら、かっちゃんも」
「うぜえ」
大きく手を振って、その男性を見送った。
「あの色紙のサイン、素直じゃないかっちゃん用だったんだけど、あの人あげちゃった」
「いらねえっつったろ、つーかいつの間にもらったんだ」
「かっちゃんが自分のカバン拾いに行ってたとき。そういえば、空き缶ちゃんとゴミ箱に捨てた?」
「……チッ!咄嗟にブン投げて忘れてただけだ」
自販機の近くに着くと、放り出された空き缶が転がっていた。かっちゃんがそれを、横のゴミ箱に投げ入れる。
さて、帰ってシャワー浴びよう。でもとりあえず……
「何飲もっかなあ〜」
「ふざけんなクソ、早く行くぞ」
2日後の朝、時刻は5時50分、私は砂浜で海を眺めていた。
誰も寄り付かないこの海岸は、流れ着く漂着物と不法投棄の山で覆われていて、なんとも複雑な気持ちになる。
オールマイトの姿は見当たらない。本当に会えるのかな?少し不安に……
「わーたーしーがーーー!!来た!!」
「オールマイト!!」
どこからともなく、オールマイトが降ってきた。
「おはよう!久しぶりだね!ええと……。名前を教えてくれるかい?」
「はい!緑谷出子です!」
「ありがとう。さて、緑谷少女、これを受け取ってくれ」
オールマイトは、持っていた3冊のノートのうち、2冊を差し出す。ひとつは預けていた私のノート、もうひとつは……
「アメリカンドリームプラン……?」
「そう!!」
オールマイトは、ビシッとポーズを決める。
「君の普段のメニューを参照しつつ、トレーニングの具体的な内容はもちろん、食事や睡眠時間までキッチリ練り上げた!!」
「おお〜っ!!」
「ぶっちゃけ超ハード、やるかい?」
「やります!」
「これは合格を保証するものでもないし、″無個性″のヒーローは、やはり現実的じゃない。……それでもやるかい?」
「やります!!」
「緑谷少女、メニューの他に、目に見える形としての課題を出そうと思う」
「課題……ですか?」
「この浜辺のゴミを、毎日少しずつでもいい、片付けて欲しい。ヒーローの根底は奉仕活動!君の本気を、試させてもらおう!!」
このゴミの山を、私が!?
「……わかりました、頑張ります!!」
「応援しているよ、あとは君次第だ」
「……オールマイト、でもどうして…ここまで親身になって……」
思わず口に出してしまった、もともと自分で頼んだくせに……
しかしオールマイトは、笑顔で答える。
「お節介はヒーローの
そしてオールマイトは、残り1冊のノートを差し出す。
「これをあの少年に。彼も雄英志望なんだろ?」
「あれ?言いましたっけ?」
「なんとなくわかるさ!」
「私の手助けはここまでだ!それではサラバだ、緑谷少女!!」
「繰り返すようだが、あとは君次第だ」
「……はい!!」
オールマイトは、再び空を飛んで消えていった。
こうして、いつもと違う私の日常が始まった。
朝4時に起床、ストレッチをしてから有酸素運動、筋トレ、朝食を摂って学校へ。休み時間も隙あらば筋トレ、帰りは海岸に寄ってゴミの回収作業。家まで走り、本番のトレーニング開始。休憩中は勉強をして、再び筋トレ。
筋肉の超回復にかかる時間を考慮して、その日ごとに違う部位を鍛えていく。お母さんに相談して、食事のバランスも徹底した。
1ヶ月経つと、少し掃除の進んだ砂浜に、ちょっとしたスペースが出来上がったため、気分転換にその場でトレーニングをしたりもした。
少し体調が悪い日は、有酸素運動を減らし、筋トレの中でも動きの小さいものをメインにする。倒れちゃったらトレーニングできなくなっちゃうし、ね?
海岸では、稀に誰かが訪れることもある。大抵はゴミを運ぶ私を不思議そうに見て、すぐ去っていくだけ。でも今日訪れたその人は、しばらく眺めてからこちらに近づいて来た。
「お嬢さん、物好きだねえ。誰かに頼まれたりしたのかい?」
酷く痩せたその男性が、優しく笑いかける。
「ええと、頼まれたというか……とある人からの、修行の一環、みたいな?」
「そうかそうか、修行か。その人、少しイジワルだねえ」
「意地悪だなんてそんなこと……あるかも?……なんて、冗談ですよ!」
「ははは、楽しそうだね。辛くないのかい?」
「辛いけど、楽しいです。それに、浜辺が綺麗になって嫌がる人はいないでしょうし」
「そうだ、あなたも一緒にどうです?その細さ、もう少し鍛えたほうが……」
「遠慮しておくよ、修行なんだろう?」
「えへへ……」
「まあでも確かに、私も鍛えたほうがいいかもね」
握り拳を開いて閉じて、その人はつぶやいた。
「もっとキレイにするから、また寄ってくださいね〜!」
「…楽しみにしているよ」
その人は、静かな足取りで去っていく。細く頼りない体ではあるが、どこか安心感のある優しい笑顔だった。
「もしもし……やあ、ナイトアイ……久々の連絡なのに不躾ですまないが、話したいことがあるんだ」