ひぐらしのなく頃に圭梨   作:山屋

1 / 67
第1話:昭和58年7月

 昭和58年の6月を過ぎ去り、7月がやって来た。それがどれだけ嬉しい事か、ありがたい事か。それを私はよく知っている。

 永遠に続くと思われた昭和58年6月の牢獄。それが破られたのだ。その事を私、古手梨花は何よりも嬉しく思う。

 私を永遠に閉じ込めておくかと思われたその牢獄を打ち破ってくれた一番の功労者は、前原圭一。

 この閉じられた雛見沢に新たな風を吹き込んでくれる新風。あらゆる意味で予想も付かない未来をもたらしてくれる不確定要素の塊。

 それが時には暴走し、惨劇を招く事もあった。

 だが、この最後の世界。羽入がいなくて孤独の戦いを強いられたと思われたあの時。圭一は私に手を差し伸べてくれた。

 自分が力になる、と。

 驚いた事にこの世界で圭一は以前の世界、レナが雛見沢分校を占拠して学校爆破一歩手前まで行きつつもそれを防いだ事。その原動力となった自分自身が狂気にかられてレナを魅音を殺してしまった世界の記憶を引き継いでいたのだ。

 それだけではない。彼はかつてモデルガンで人を傷つけた過去を清算するため、被害者の人の家まで行き、許しを得ていたのだ。

 それがこの世界で彼に仲間を信じ、惨劇を突破する力を与えていたのだ。

 それを知った私は彼に最大限の信頼を寄せた。彼にこの事件の黒幕が鷹野である事を教え、共に惨劇に立ち向かおうと二人で戦った。

 この世界は酷い世界だった。間宮リナはレナの父親に美人局を仕掛けるため、色気仕掛けですり寄り、レナの父親から多額の資金を搾り取った。北条鉄平も帰って来て、沙都子は再び心を閉ざしてしまう所だった。鉄平が帰って来る事を知った詩音は詩音で暴走一歩手前まで行ってしまった。それらの問題を解決出来たのは圭一の力によるものだ。

 彼は必死にレナや沙都子、詩音を説得し、惨劇の渦から彼女らを救い出したのだ。

 それだけではなく、その後の山狗たちとの戦いにおいても圭一は私たちの中心的立場に立ち、戦い、見事、山狗を撃退し、惨劇の全てを未然に食い止める事が出来た。

 そして、入江診療所の地下で眠っていた悟史。彼の存在を知った時、案の定、詩音は暴走し、危うく入江を殺しかける所までいったものの、なんとか事なきことを得て、全ての惨劇が終わった後、悟史も目を覚まし、沙都子や詩音、入江たちは感激に打ち震えた。

 だが、犠牲もあった。

 羽入だ。

 彼女は最後の力で鷹野を救うと私たちの前から消え去ってしまった。

 その事に未だに喪失感を覚える。

 古手神社の境界内で行われたみんなで開いたバーベキューの時も楽しみつつも、羽入の喪失を私は何よりも強く、痛く、感じつつけていた。

 この繰り返す100年の中で時には鬱陶しいと思った事もある羽入の存在だけど、彼女の存在に大きく助けられていた事を今更ながら私は知る事になるのであった。

 それでもこの痛みを覚えつつも私は前に進まないといけない。それは羽入との約束でもある。私はもう立ち止まらない。ここから先に進まなければいけないのだ。

 

 

「きりーつ! 礼!」

 

 圭一の声が雛見沢分校の教室に響き渡る。魅音から委員長の立場を譲り受けてからというもののまだ半月そこいらといった所であるが、圭一はすっかりこの役目に慣れてきたようだ。教室中に号令を響かせ、生徒たちは皆、知恵先生に礼をし、知恵先生も満足気に教室から出て行く。

 ここからはお楽しみタイムだ。魅音の部活。その部長の座も今では圭一に譲ったのであるが、圭一の活躍により部活入りを許された従来の部活メンバー以外の生徒たち。彼ら彼女らも部活に参加し、今では共に競い合うライバルである。私の中の羽入の喪失を補うのに部活程、ありがたいものはない。私は当然、今日も部活をするのだろうと圭一に話しかけた。

 

「圭一。部活を始めるのです」

「あ、ああ……それなんだがな梨花ちゃん」

 

 私の問い掛けに圭一は歯切れの悪い声を返す。彼らしくもない。100年の付き合いでそれを知っている私は圭一にさらに問い掛けた。

 

「どうしたのです、圭一?」

「いや、今日は部活は休みにしようと思ってな」

 

 部活を休み? 圭一らしからぬ言葉であった。彼も転校してまだそこまで長くを過ごしていないとはいえ、これまでの数多の世界の経験を無意識下でも思い出している彼は部活にものめり込んでいるはずなのだが。

 

「何故、なのです?」

「い、いや、魅音の奴がこの間受けた模擬試験の成績が……その、酷くてな……。一度、徹底的に教え直さないといけないと思っていたんだ」

 

 その言葉にハッとする。この世界では圭一は魅音の高校受験のための家庭教師のような役目も受け持っている。それでいて、魅音の模擬試験の成績が酷かったとあれば部活よりも優先して魅音の勉強を見るのは当然だろう。

 チクリ、と胸が痛む。

 

「そうですか。では、圭一は魅ぃとお勉強をするといいのですよ」

「あ、ああ、すまないな」

「気にする事はないよ、圭一くん」

 

 そこに口を挟んだのはレナだ。不満を隠そうとしても隠し切れなかった私と違い心からの笑みを浮かべて圭一を見ている。

 

「でも、部活はお休みにはしないよ。レナたちだけでやるから」

「そ、そうなのか……?」

「うん! 梨花ちゃんもそれでいいよね?」

「みぃ。レナがそう言うのならやぶさかではないのです」

 

 実際、部活を行うというのは助かる事であった。今の私の胸の中の喪失感を埋めてくれる。それに圭一が参加しないという事が何よりも気になって仕方がないのが不思議であったが。

 

「それじゃあ、悪いな。俺と魅音は興宮の図書館に行って来るよ」

「ごめんね、レナ、梨花ちゃん。この埋め合わせは必ずするから」

 

 気まずそうな圭一が教室から出て行き、魅音もそう言って教室から出て行く。そうか。これから二人は二人っきりで勉強か。また、チクリと胸が痛んだ。

 

「みぃ。沙都子。圭一は魅ぃとお勉強なのですね」

「それはそうでありましょう、梨花。二人は許嫁なのですから」

 

 許嫁!? その言葉に反応する。いつそんな事になったというのだ!?

 

「許嫁!? なんでそんな事になっているのです!?」

「え? それはまぁ、公言された事ではありませんけど、公然の秘密というヤツではありませんの? 梨花だって、あの宴会には参加されたでしょう?」

「そ、それはそうなのですが……」

 

 園崎家の面々が、お魎や茜まで参加しての大規模な宴会。勿論、喜一郎や私たちも参加したが。その席で圭一と魅音はお互いに婚約者のように扱われ、圭一もそんな感じに園崎家の面々に揉まれていた。あれで、許嫁という事が確定してしまったというのだろうか。

 ……それは困る。いや、何が困るというのだ。私は。

 

「ともかく、圭一さんと魅音さんの間には誰も首を突っ込めませんわ。お二方がお勉強なさるのなら、わたくしたちはわたくしたちで部活をしましょう、梨花」

「そ、そうなのですね、沙都子……」

 

 それは困る。非常に困る。その思いが私の胸の内から溢れて来る。色々と困るのだ、それは。いや、何が困るのか、自分でもよく分からないのであるが。

 結局、その日の部活は散々だった。圭一と魅音を除く部活メンバーは元より富田・岡村のコンビにすら後れを取り、その他の年少の生徒たちにもあやうく下克上される所だった。それだけはなんとか意地で阻止したが、罰ゲームとして、私に惚れているらしい岡村の要望通りの猫耳(尻尾付き)姿を晒す事になってしまった。全くもって私の不覚であった。

 今頃、圭一は魅音と興宮の図書館で二人っきりで勉強か。そう考えると部活に集中出来なかったのだ。部活メンバーとして不覚にも程がある。

 しかし、私はどうしてここまで圭一の事が気になるのだろう。その事を不思議に思いながら、私は部活を終えて帰りの準備を整えるのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。