うーむ。
学校で私は悩んでいた。次の週末、圭一は魅音と喫茶店に行く事が決定してしまった。それに対する悩みだ。
圭一と魅音の性格上、そう甘い時間にはならないと思うのだが、私にとって色々と困る事態に発展する可能性はあるかもしれない。いや、何が困るんだ、とは思うが。
「圭一と魅ぃは仲良しさんなのですね」
そんな事を沙都子に向って話しかける。沙都子は何を今更、と言うように返した。
「婚約者なのでしょう? 仲良しでなければ困りますわ」
「みぃ……そんな事はないと思うのですが」
確かに村中にそんな噂が広まる程度の事は二人は行っていると思うが、二人共、お互いを婚約者などと思っている事はないはずだ。少なくとも圭一は。圭一自身の口から聞いた事だから間違いはない。
二人の邪魔をするつもりはないのだが、何だろう。この気持ちは。
「あはは、梨花ちゃん。そんなに気になるなら圭一くんと魅ぃちゃんのデートを尾行してみる?」
「み!? デ、デートなのですか!?」
「そうとしか言えませんでしょう。二人だけで喫茶店に行くのですわよ」
レナの言葉に私が困惑していると沙都子が声をかけてくる。デート、デートか。確かにそう見なしてもおかしくない行いであるが。
「そうなのですね……ボクも圭一と魅ぃのデ、デートは監視しないといけないと思うのです」
「監視だなんて、梨花は大袈裟ですのね」
呆れた様子の沙都子の声がかかるが、大袈裟などではない。死活問題だ。そこまで考えて私は圭一と自分をどうしたいのだろうかと考える。
羽入の喪失を共有してくれるのは圭一だけだ。同様に、何度もこの世界を繰り返した事を理解してくれるのも圭一だけだ。
それだけを考えるのなら別に圭一が魅音とくっついても問題はないように思えるのだが、それは何か心にもやもやが残る。
そんな事で思い悩んでいる私にレナがやさしく声をかけてくる。
「梨花ちゃんは圭一くんの事が好きなんだね」
「み!? そ、そんな事は……」
否定しようと思った。でも、否定し切れなかった。私は圭一の事が好き、なのだろうか。好き、なのかもしれない。
「本当なのですの!? 梨花? それでは横恋慕ですわ!」
血相を変えて沙都子が問い掛けて来る。横恋慕なんて言葉、どこで覚えたんだ。
「そ、そういう訳では……」
「顔に書いてあるよ」
レナにそう指摘される。そこまで私は分かり易かったのか。百年間、猫を被って過ごした経験はどこに行った、私。
「……た、確かに圭一が魅ぃと婚約するというのは、少し、抵抗がありますが……」
それだけを言うのが精一杯であった。私の言葉にレナはやさしい笑顔で頷き、沙都子は困惑した顔を見せる。
「レナもだよ」
そして、予想外の言葉をレナは発した。え? レナもだよ? それってどういう意味……。
頭が言葉を理解する前にレナが続けて言葉を紡ぐ。
「レナも圭一くんの事が好き。梨花ちゃんと同じでね」
「み、みぃ……ボクは……」
「だけど魅ぃちゃんから圭一くんを奪うって事もしたくはない。だから二人の事を見守ろうと思うんだけど、二人がその関係を苦痛に思っているのなら……どうしようかな」
やはりレナは人格が出来ていると思う。レナが圭一に好意を抱いているのなら圭一と魅音の仲を素直に応援しようと思えるなどと私には信じ難い事である。
おそらくは魅音も圭一の事が好きなのは間違いないだろう。圭一の方の気持ちはともかく。やはり略奪愛という形になってしまうのだろうか。私が圭一に好意を寄せるというのは。
「それも含めて今度の圭一くんと魅ぃちゃんのデートは見守らせてもらうつもり。二人の気持ちを確かめるためにね」
レナはハッキリとそう言い切る。そうよね。圭一と魅音の気持ちがまず第一に何よりも大事な事だ。二人がお互いにどう思っているのか。この関係を続けたいのか。それを見定める必要がある。
なんて、偉そうな事を言ってしまっているけれど。
「沙都子はどう思っているのです?」
私は沙都子に話を振った。それに沙都子は動揺した様子で答える。
「わ、わたくし? わたくしは別に圭一さんの事なんて……それはにぃにぃに次ぐ、二人目のにぃにぃだとは思っていますし、憎からず思ってはおりますが……」
沙都子も圭一に脈あり、か。私はその感情を見抜く。それにしても、部活メンバーで恋バナをするなんて思ってもいなかったな。あの繰り返す6月の間にはそんな余裕さえなかった。全く。恋愛沙汰は詩音の専売特許だと思っていたんだけどね。
「やっぱり、圭一くんと魅ぃちゃんの事は確認しないといけないね」
場を纏めるようにレナが言い放つ。圭一と魅音の関係か。確かに放っておく訳にはいかないとは思うが。圭一と魅音の仲を応援するにせよ、しないにせよ。同じ仲間としてあの二人を放っておく事は出来ない。
家に帰った後、私は思い悩む事になった。
私は圭一に何をして欲しい? 羽入を喪った喪失感を慰めて欲しい? 繰り返した世界での百年の孤独を理解して欲しい?
そのどちらも別に恋愛関係にならなくても出来る事だ。それだけを求めるなら圭一が魅音とくっつこうが関係ない。魅音も圭一がその程度の事を私にする事に怒ったりはしないだろう。
それでも、それだけでは満足出来ない、胸の内がある。私は圭一と……。
「梨花は圭一さんの事が好きなのですの?」
そう思っていると沙都子から確信を突く問い掛けが来た。それに私は答えに困る。
「みぃ……分からないのです。ボクも圭一の事は好ましく思っています。でも、これが恋なのかどうかは……」
百年生きて来て自分の感情すらロクに理解出来ないなんて、と恥ずかしく思う。結局、私が繰り返した百年は進展も変化も少ない昭和58年の6月の繰り返しで、とても人間的に成長出来る時間ではなかったという事か。
結局、私がいくら大人ぶろうとしても私はまだまだお子ちゃまであるという事なのだろう。
「もし梨花が圭一さんの事が好きなら魅音さんとの間に納得のいく決着を着けなければなりませんわね」
「それは分かるのです」
圭一の方はともかく、魅音が圭一を好きなのは間違いない。そこから圭一を結果的に奪ってしまう形になるのなら、なんらかのけじめは必要だろう。詩音が言うような爪剥ぎは流石に遠慮願いたい所だが。
「魅ぃと話をつける必要は……あるかもしれないのです」
そのためにも次の週末の圭一と魅音のデートは見届けなければならないと思う。話をするにしても、それからだ。
私の言葉に沙都子も頷く。
「そうですわね。魅音さんと話をする事は重要だと思いますわ」
その上でけじめをつける、か。全く、圭一。あんたはいつからそんな罪深い男になったのよ。レナも圭一の事が好きだと言うし、沙都子もレナや魅音程ではないだろうが、圭一に好感を抱いている。そんな二股も三股もかけられるのは困る。色々と。
「ボクが魅音と話を……ですか」
どんな話になるのだろう。仮にも仲間である。あまりドロドロした事にはならないと信じたいのであるが。
それでも圭一が魅音とデートをする。その事を考えると胸の痛みを感じてしまう。やっぱり私は圭一の事が……。
そんな私の思いにも構わず日々は過ぎていく。昭和58年の7月が過ぎ去っていく事をありがたく思いながら、ついに圭一と魅音がデートをする週末を迎える。
レナと沙都子、私は二人に見つからないように後を付ける事にする。
さて、圭一。貴方にまともなデートプランなんて立てられるのかしら。そう思いながら期待するような不安になるような複雑な気分でその日を迎える私であった。