翌日。その日も沙都子と一緒に悟史のお見舞いに行くという詩音に魅音からコンタクトを取ってもらい、沙都子とは別れた後で会う事になった。
興宮の喫茶店で待ち合わせる事になったのだが、この喫茶店、外観からは想像も付かない程、中に入るとガラが悪そうな喫茶店である。こんな雰囲気で落ち着ける客がいるのだろうか。
「詩音が葛西さんとよく一緒に行っている喫茶店だね」
そんな事を思っていると魅音から説明が。いるのか。落ち着ける客。というか、詩音が葛西とよく通っているという事は。
「この店も魅音の家の系列なのか?」
「まぁ、そうだね」
「ふぅん……魅ぃちゃんには申し訳ないけど、レナはあまり好みじゃないかな、かな」
私が疑問に思った事を圭一が魅音に訊ね、魅音は当たり前のように頷く。やはりこの店も園崎系列か。エンジェルモートとはえらい雰囲気の違いだ。
興宮には園崎の息のかかった施設で溢れているのであまり驚きはしないが、不用意な行動を取ればすぐ魅音たちに知られるという圧迫感のようなものは感じてしまうわね。
「はろろ~ん! 皆さん、お待たせしました!」
その時、喫茶店の入り口が開き、詩音がやって来た。後ろには葛西も控えている。
「詩音。悪いな、わざわざ」
「いえいえ、圭ちゃん。なんでも話って沙都子や悟史くんに関わる大事な話って言うじゃないですか。それなら私が行かない訳にはいきませんよ」
二心のない笑みを浮かべて、詩音がこちらに近寄って来る。やはり沙都子や悟史に関係する話なら詩音は本気で取り組んでくれる事だろう。それに一安心。問題は、
「……何か?」
「み、みぃ。何でもないのです」
葛西の方なのだが。
「こら。葛西。強面なのを自覚しなさい。梨花ちゃまを恐がらせちゃダメじゃないですか」
「……申し訳ありません」
園崎の中でもかなりの立場にある葛西に対し、ズケズケと思ったままの事を言う詩音。この二人の関係はどの世界でもこんな感じだ。この分だと葛西の方も説得は容易なのではないだろうか、と甘い考えを抱く。
「それで私に話って何ですか」
みんなで一番大きいテーブル席に座り(喫茶店のマスターは葛西相手にやたら恐縮していた)、詩音が口火を開く。
「ああ。詩音に、って言うか、葛西さんにも聞いて欲しい話なんだけど……」
自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。圭一の言葉に葛西はサングラスで隠された顔を少し意外そうにする。
「ぶっちゃけた話をしよう。俺たちは沙都子たち北条家の人間が大手を振って雛見沢を歩けるようにしたいと思っている」
前置きなしで圭一が切り出す。詩音が驚いた顔になり、葛西も僅かに反応した。
「沙都子たちが大手を振って、って。そりゃあ、私だってそうなればいいと思っていますけど、無理ですよ、圭ちゃん。北条家の雛見沢での扱いは引っ越して来てからそれなりに日が経つんだから圭ちゃんでも知っているでしょう?」
「ああ。それは承知の上だ。ダム戦争でダム誘致派だったんだろう? それで村の敵として村八分。詳しくはないが、そのくらいは知っている」
「だったら……」
「それでも、沙都子と悟史のこれからのためにも北条家のそんな扱いもいい加減、終わりにさせたいんだ」
悟史。その名が出た事で詩音はピクリと動きを止める。そして、沈黙した後、言った。
「……具体的にはどうしようと?」
「魅音と詩音のお婆さんのお魎さん。園崎家の頭首であり、村の中の最高実力者と言っていいその人に北条家を許すって言ってもらいたい」
これに詩音は血相を変えた。
「そ、そりゃ無理ですよ、圭ちゃん。あの鬼婆に北条家を許させるなんて!」
「詩音。私もそう思う。だけど、圭ちゃんや梨花ちゃんは本気だよ」
「そ、そんな事、出来る訳……」
出来る。詩音の困惑に対して私は断固とした答えを胸中で呟く。前の世界では出来たのだ。圭一は。お魎を動かして沙都子を救い出す事が。この世界でも出来ないはずはない。
「既に村長さんにはそのために口添えしてもらうための協力の約束を取り付けてある。後は魅音と詩音のお母さん、茜さんにも協力してもらいたいと思う」
「お母さんに? そりゃあ、鬼婆よりはまだ協力してくれる目はあるでしょうけど……っていうか公由のお爺ちゃんにはもう根回し済みですか? 意外としたたかですね」
「ああ、まぁ。で、茜さんにも協力してもらうために詩音と葛西さんからも茜さんに頼んで欲しいんだ」
真摯に詩音を見つめた後、圭一は葛西の方を見る。葛西は試すように圭一をジッと見つめた。
「自分が姐さん……いや、茜さんに口添えですか。残念ですが、私は子飼いとはいえ、一介の兵卒。そんな立場ではありません」
「みぃ、そんなはずはないのです。葛西。葛西の言う事なら、茜も無視したりはしないと思うのです」
葛西が言った言葉を私は否定する。そう言われると完全に突っぱねる事は出来ないのか、葛西は黙り込む。
「む、無茶する人だとは思っていましたが圭ちゃん。これは圭ちゃんが雛見沢に来てから最大級の無茶ですね……」
「何。あの6月の鷹野さんたちとの戦いの事を思えばなんて事はない」
「ある意味、それ以上に難しい事ですよ……鬼婆に北条家を許させるなんて」
お魎の事を孫娘の立場から知っている詩音は無理だ、と言う主張を崩さない。それでもその無理を成し遂げる必要があるのだ。
「頼む! 詩音、葛西さん! 俺たちは俺たちの仲間の沙都子、そして、悟史が堂々と村で生活出来るようにしてあげたいだけなんだ! そのためにまず茜さんを説得するのに力を貸してくれ!」
そう言って圭一が頭を下げる。これは圭一だけには任してはおけないわね。
「ボクからもお願いするのです。詩ぃ、葛西。どうか協力して欲しいのです」
私も頭を下げる。すると、レナも魅音も頭を下げた。見えないが突然の事に詩音が困惑しているのが分かる。
「ちょ、ちょっと、皆さん、頭を上げて下さいよ。あー、もう、分かりましたよ! 私も沙都子や悟史くんのためになるというのなら協力するのは当然です! 葛西もです!」
「し、詩音さん、自分は……」
「協力しないんですか?」
私たちはみんな顔を上げる。そして、全員で視線を葛西に注いだ。それを受けて葛西は黙り込み、その末に言った。
「……分かりました。協力しましょう。ですが、先ほども言いましたが、私の力などたかが知れていると思いますが」
葛西の立場としても、自分の所属する組織が敵対視している北条家を助けるような事に表立って協力するのは躊躇があるだろう。しかし、協力すると言ってくれた。
たかが知れているというように葛西にお魎にご意見するような力はない。それでも茜の考えを変えさせる一助にはなってくれると私は思っていた。
「……と、言う訳で葛西。お母さんと圭ちゃんたちが話をする機会をセッティングしてください」
「……詩音さん。私にそんな力は」
「ないとは言わせませんよ。この辺りの園崎組の組員全てを纏め上げている立場でしょう」
さっきまでの戸惑いから一転してこちら側に付いた詩音に言われ、葛西は押し黙る。出来ない事はないのだろう。葛西ならば。
「……姐さんが協力してくれると保証は出来ませんよ」
そうして、葛西は茜との話し合いの機会を作ってくれる事を言外に約束してくれた。私たちとしてみれば大戦果だ。胸の中で思わずガッツポーズを取ってしまう。
それから話もそこそこに私たちは喫茶店で詩音と葛西と別れた。この分なら、茜との話し合いの機会も遠からず作ってくれる事だろう。
「次はお母さんだね」
魅音が圭一に話しかける。圭一は自信に満ちた顔で頷く。
「ああ。魅音のお母さんもこっち側に引き込んでみせるさ」
「頼もしいね、圭一くん」
自身に溢れた圭一の言葉にレナが笑顔を見せる。
私も圭一なら見事、成し遂げてくれるだろうという事を信じて疑っていなかった。
圭一ならやってくれる。圭一なら出来る。だって、これまで何度も奇跡を起こしてくれたんだもの……。