私たち全員は茜に頭を下げる。長い沈黙の末、茜が「顔を上げてくれ」と言った。
私たちの想いは届いたのか? そう期待して私は顔を上げる。他の面々も同様だった。茜は圭一の方を見ていた。
「圭一くん」
そして、呼び掛ける。圭一は反射的に姿勢を正した。
「園崎が北条家を許す事が村の未来に繋がるとして、君は何をしてくれるんだい?」
その問い掛けに圭一は少し考え込み、その末に答えた。
「村の発展と未来に繋がる事を。俺に出来る限りの事をしようと思います」
「ほう。引っ越して来たばかりの君が何故、そこまで村のために尽くしてくれるんだい?」
「この村は俺にとって色々なものを与えてくれました。雛見沢に来なかったら俺はもっと酷い人生を送っていたと思います。その恩返しがしたいんです」
「まるで自分が一度、人生を終えた後のような言い方だ」
茜の言葉に私はドキリとする。そういえば、確率は低いが、圭一が雛見沢にやって来ない世界もあった。その世界はつまらないにも程がある世界であったが、圭一は雛見沢にやって来ないとロクでもない人生を送っていたのだろうか。そんな世界の記憶も思い出しつつあるのかもしれない。
かつての世界の記憶を圭一は思い出しているのだ。そうであっても不思議ではない。
「だが、圭一くん。村のために尽くしてくれるというのなら、少なくとも御三家の人間を娶るくらいはしないとねぇ」
茜はそう言って魅音が露骨に慌てた。
「お、お母さん。だから私と圭ちゃんはそんな関係じゃないって……!」
だが、茜は私の方を見ていた。私? 私が、圭一と? そんな事が……。
「まぁ、いいさ。あんたらの覚悟は受け取った。頭首に進言する際には力になってやろうじゃないか。この園崎茜がね」
お魎を説得する手助けをしてくれるというのか。茜が。
その言葉を聞いた後も私は実感がなかったが、圭一は「ありがとうございます」と言った。レナと魅音も礼を言う。続いて私も礼の言葉を発する。
「ありがとうなのです、茜。とても心強いのです」
「よしてくれよ。私如きで頭首の考えをどこまで変えられるかは分からないけどね」
本人はそう言っているが、お魎だって分かっているはずだ。いつまでも北条家を敵視している事に益はないと。
ただ、大人の、いや老人の意地でそれを認められないだけで。
それならば切っ掛けさえあればお魎も北条家を許すという言葉を言ってくれるはずだ。私たちはそれを引き出す事が今の一番の使命だ。
沙都子と悟史が大手を振ってこの雛見沢で生きていけるように、そのための手助けならなんだってする。それは私たち全員の総意であった。
「さあ、それじゃあ料理を食べようか。あまり時間を置くとせっかくの料理が不味くなっちまう」
それまでの雰囲気もどこへやら。気楽そうに茜は笑って私たちを促す。
圭一やレナはまだ恐縮した感じであったが、こう言われて食べない訳にもいかないのか、お箸を手に取り(やはりこのお箸も高級そうな物だった)料理を食べ始める。
私も素直に料理を楽しむ気分ではなかったが、こんな豪華な料理、なかなか食べられるものではない。入江から生活費を貰っているとはいえ、日々の食事に贅沢出来る程のものでもない。
どうせだから堪能しようと思った。この場にいない沙都子には悪いけれど。
それからみんなで料理を食べ終わり、帰りは園崎組の人がリムジンで送ってくれた。リムジンの中で魅音が言葉を発する。
「圭ちゃん、いよいよばっちゃの説得だけど、本当に出来るのかな?」
不安そうに魅音はそう言う。それに先に答えたのはレナだった。
「大丈夫だよ。魅ぃちゃん。圭一くんならやってくれるよ。魅ぃちゃんのお母さんや村長さんも味方になってくれるんだし」
「ああ。任せろ、魅音。必ず魅音の婆ちゃんから北条家を許すって言葉を引き出してみせる」
頼もしい事を圭一は言い放つ。何故だろうか、圭一が言えばどんな無理難題でも達成可能な事に思える。その力があるから昭和58年6月の惨劇も乗り越える事が出来たのだ。
「しかし、今日みたいな料亭とかに招かれるのは流石に緊張するな。次もこうなのか?」
「いや、多分、ばっちゃと話をするのは御三家会議の時だと思うよ。村にとって重要な事を決めるのはその場だと相場が決まっているんだ」
「そうなのか。御三家の会議に御三家じゃない俺が参加してもいいのかな」
「今更何を言っているの、圭ちゃん。勿論、圭ちゃんやレナにも参加してもらうよ」
やはり御三家会議の場が決戦の場となるだろう。勿論、私も参加する。普段は御三家の一つ、古手家の頭首とはいえ、年齢からあまり発言権のない私であるが、今回に限っては怪訝な目で周りから見られても積極的に発言するつもりだ。
なにせ、親友の沙都子の事がかかっているのだ。猫を被って、遠慮などしていられない。
「ボクも最大限、力になるのです」
「頼もしいぜ、梨花ちゃん。俺に力を貸してくれ」
何気ない圭一の言葉。それにドキリとする。が、今度は私の番だ。あの6月の戦いで圭一は私にこれ以上なく力を貸してくれた。その恩返しのためにも私も自分の出来る全てを尽くそう。
羽入がいないからといって弱気になってへこんでなどいられない。沙都子と悟史のためだけじゃない、村全体のため、これからの雛見沢のために戦う時なのだ。
昭和58年の6月は過ぎ去った。ならば次の日々が、戦いが待っている。人生は戦いの連続だ。そんな当たり前の事も私は忘れていたが、圭一が気付かせてくれた。ならば全力をもって戦うだけの事だ。
「レナたちは沙都子ちゃんたち北条家の問題を認識しておきながら、それを後回しにして解決を遅らせて来た。でも、圭一くんが私たちにそれは間違いだって気付かせてくれた。だから、今はその問題を解決するために全力を尽くすだけだよ」
「そうだね。私も北条家の問題を解決出来る立場にいながら、それをしなかった。私がもっと前から本気になっていれば四年目の祟りなんて起きなかったかもしれない。悔やんでも悔やみ切れないけど、今はその償いのためにも全力を尽くすよ」
レナと魅音がそう言って決意を示す。二人にそう考えさせるに至ったのはやはり圭一あってこそ。彼は皆の行動を導き、行動を起こすための着火剤となる赤い炎なのだ。
私とて何も責任がない訳ではない。魅音のように去年に行動を起こしていれば四年目の祟りを未然に防げたかもしれない。沙都子と悟史の叔母は死ななかったかもしれないし、悟史の失踪もなかったかもしれない。
それを許してしまったのは北条家の問題に見て見ぬふりをしていた私や魅音の怠慢だ。このままいって六年目の祟りを起こしてしまうなんて事はあってはならない。
6月の圭一のように積極的に動き、それを防ぐ。それこそが私たちの今の役目だと確信出来る。
「ふぁいと、おー! なのですよ。圭一、レナ、魅音」
私はそう言ってみんなに声をかける。ここが正念場。雛見沢が誰でも楽しく暮らせる村になるかどうかはこの時にかかっている。
決して負けられない戦いだ。ある意味、6月の戦いと同じくらいに。
この村の悪しき風習を断ち切り、新たな雛見沢にするためにも私たちは頑張らないといけない。
「はっ、任せな、梨花ちゃん。俺たちならやれるさ」
こういう時も圭一は力強い言葉を発して、自信を示す。それは根拠のない自信なのかもしれない。しかし、それで多くの奇跡を勝ち取って来たのが前原圭一という男なのだ。
また期待させてもらうわよ、圭一。貴方はそれだけの力を持っている人だって、信じる事が出来るから……。
決戦の場は次の御三家会議。それでも圭一ならやってくれるという私の確信は揺るがなかった。