ひぐらしのなく頃に圭梨   作:山屋

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第19話:戦い、終わって

 

 御三家会議が終わり、既に夜の帳の降りた中、私は圭一と二人で古手神社の境界内にいた。レナや魅音には先に帰って貰った。圭一に話があると言って残って貰ったのだ。

 

「梨花ちゃん。何だい、話って」

 

 圭一が私に微笑みかけてくる。私も笑みを浮かべて返した。

 

「お礼を言いたいのです」

「お礼?」

「圭一のおかげでこの村での北条家の問題はほとんど解決しました。そのお礼です」

 

 正直、村中に根深く残る北条家敵視の感情が一朝一夕で消え失せるという都合のいい事はないだろう。それでも園崎が北条家を許した。その事実は村に小さからぬ影響を与えるはずだ。徐々に、でも、変わっていくものだろう。

 そして、何よりこれで来年の綿流しで六年目の祟りとして園崎の手の者に沙都子や悟史が狙われる事はほとんど有り得なくなったと言ってもいい。二人が安心してこの村で暮らしていくために圭一は凄い事をやってくれたのだ。

 一つ前のあの世界のように。

 

「いや、俺は大した事はしていないさ。魅音のお婆さんが北条家を許すって決断を下してくれたおかげだ」

「みぃ、お魎も元々、いつまでも北条家を敵視し続ける事は問題だと思っていたと思うのです。それでもお年寄りの意地というヤツで認められなかっただけなのです。誰かがその背中を押してくれて、切っ掛けを与えてくれなければ……」

 

 圭一という村に訪れた新しい風がその切っ掛けになってくれた。雛見沢もいつまでも昔のまま、悪い風習を引き摺り続ける訳にもいかない。それを誰もが薄々感じていたのだろう。私たち若い人間だけではなく、お魎のような老人でも。

 それもあって、茜たちはダム工事の現場監督のお墓参りに行ったのだろうし、お魎も今回、北条家を許すという決断を下してくれた。

 

「貴方は私に次々に奇跡を見せてくれるわね。次はどんな事をしてくれるのかしら」

 

 思わず素が出て圭一に声をかける。圭一は驚く事はなく、笑って返す。

 

「はっ、この俺を誰だと思っていやがる。前原圭一様だぞ? 奇跡なんて軽々起こしてやるさ」

「貴方ならそれを本当に実行してくれるでしょうね」

 

 今になって羽入がいなくなった事への喪失感がまたぶり返して来ていた。沙都子の、北条家の問題を解決すると必死になっていたから忘れていた感覚だろうか。

 願わくば北条家の問題が解決した事を羽入とも一緒に祝いたかった。特別にシュークリームを二つ食べてやってもいい。

 だが、その羽入はもういない。

 

「どうした、梨花ちゃん?」

 

 そう思っていると圭一が気遣う声をかけてくる。私は「え?」と返す。

 

「……いや、なんだか悲しそうな顔していたからさ。北条家の問題が解決してめでたい時のはずなのに」

「本当に、普段は鈍感な癖に妙な所で察しがいいのです」

 

 圭一は気付いてくれたのか。私が羽入の事を思っている事に。

 

「大丈夫なのです。圭一がいてくれれば寂しくはないのですよ」

「そ、そうかっ?」

 

 私の言葉に圭一は少し頬を赤らめる。やっぱり、女性への免疫はあまりないみたいね。私みたいな幼い女が相手でも。

 

「ふふ、圭一、今晩、泊っていきますですか?」

「い、いや、それは流石にマズいだろう……!」

 

 半分冗談半分本気で言った私の言葉に圭一は慌てて声を返す。そういう顔も好ましい。今は奇跡の体現者であり、村を厄災から救ってくれる英雄も、ただ困惑して、焦っているだけの年相応の中学生男児の顔を見せていた。

 

「まぁ、いいのです。丁度、学校も夏休みです。その間、遊びほうだいなのです」

「ははは、遊びほうだいの夏、か」

 

 ちょっと自嘲気味に圭一が笑う。そういえば、いつだったかの世界で夏休みと言えば、という連想ゲームで圭一は『勉強』と紙に書いて、周りから冷めた目で見られていたっけ。あの時はみんな笑っていたが、進学校に通っていて夏休みも勉強漬けであったであろう圭一の事を考えると案外、笑えない出来事だったのかもしれない。

 

「そんなの初めてだな、とか考えているのですか?」

「梨花ちゃんは何でも知っているな。その通りだよ」

 

 私の言葉に圭一は苦笑する。

 

「雛見沢に来る前の夏休みは勉強漬けだったからな……そういうのも一切ない夏休み、か。まぁ、魅音は高校受験の勉強をしないといけないけど」

「この夏休みに辿り着くまで随分と長かったのです」

 

 夏休み手前の昭和58年の6月を繰り返し続けていたのだ。この年の夏休みを迎えらえる事も私にとっては小さからぬ意義がある。

 

「そうだな……。俺も雛見沢で夏休みを迎えるまで随分、長くかかったような気がするよ。かつての世界の事、詳しく思い出せた訳じゃないんだけど、なんとなくで感じているのかな……」

 

 圭一にとっても雛見沢での夏休みというものは特別な意味合いがあるようだった。圭一は以前の世界の記憶を思い出したとはいえ、それは完全ではない。それでも本人の言う通り、ここに辿り着くまでの旅路が長いものであった事をなんとなくでも思う所があるのだろう。

 

「プールにでも行くのです。ボクの水着姿に圭一はメロメロなのですよ」

「ははは。残念な事に水着姿は部活の罰ゲームで既に見ちまっているからなぁ」

「みぃ……それもそうなのです」

 

 思えばこれまでの数多の世界で部活の罰ゲームで私や沙都子だけではなくレナや魅音のあられもない姿を何度も見ても、手出しする事はしなかった圭一って初心に見えて意外と鉄壁の自制心の持ち主なのだろうか。

 

「まぁ、俺も泳ぎには自信がある。バリバリに泳いでやるさ」

「ボクも思いっ切り泳ぐのです。また水鉄砲合戦をするのも一興なのです」

「それもいいな。前の世界でもやったっけ。水鉄砲合戦。水の中じゃなくて学校でだけど」

 

 海からは遠く離れたこの雛見沢の地であるが、興宮にはプールの類が一切ないという事はない。部活メンバーで一緒に遊びに行くのもいいだろう。出来れば、悟史も誘って。悟史のリハビリはまだ終わっていないので入江の許可が下りないかもしれないけれど。

 なんにせよ、夏休みか。出来る事もやれる事も沢山ある。この昭和58年の夏休みに辿り着くまで長かったが、ようやくそれを迎える事が出来るのだ。その事を実感すると今更ながら嬉しくなってくる。

 

「この夏休みで圭一をオトすのですよ」

「本人の前で言うかぁ?」

 

 私の挑発的な言葉に圭一が苦笑を漏らす。これも冗談半分本気半分、だ。今の私では挑発的な言葉と表現するのがせいぜいで煽情的な言葉にはならないのが屈辱的ながら。

 圭一を恋の標的とするとしてもライバルは多い。レナは勿論だし、魅音も振られた立場にあるとはいえ、チャンスが完全にない訳ではないだろう。沙都子も本人は認めようとしないが圭一を兄のように慕っている所があるし、油断ならない。その中から私は一歩抜きんでなければならないのだ。

 詩音は流石に悟史一筋だから問題はないだろうけど。悟史一筋過ぎて、かつての世界では数多の惨劇を起こしてしまうくらいなのだから。

 

「中学二年生の夏は一度切りだ。楽しんでやるさ」

 

 二カッと気持ちのいい笑みが月明かりに照らされる。笑顔で他人を元気付ける事が出来る力を圭一やレナは持っていると思う。私もそういった力がないとは言わないが私のは猫を被った笑顔だ。天然でやっている圭一やレナとは違う。

 極度に自虐したりはしないけど、そういった事を意識せず行う事が出来る彼らを少し眩しく思う気持ちがあるのは事実だ。

 

「ふふ、圭一、自分だけではなくボクも楽しませてくださいなのですよ」

 

 だが、普段は猫を被った笑顔であっても、この時の私の笑顔は本物だ。圭一にはこれからも様々な奇跡を見せて貰わなければならない。

 圭一が引っ越してこない世界は退屈そのものだった。圭一がいれば毎日が楽しい。そう思える。

 そうして、私たちは念願の昭和58年の夏休みを迎えるのであった。

 

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