結局、圭一を魅了するにはどうしたらいいか。これといった妙案が浮かぶ事なく時間だけが過ぎて行った。その間に圭一は存分に泳いだのか25mプールから上がり、こちらにやって来る。
「あれ、みんなは泳がないのか?」
不思議そうな目で私たちは見られる。そりゃあ、プールにやって来たのに水に入りもせずにプールサイドで話し合いなんてやっていれば変よね。
「そ、そんな事はないよ、圭ちゃん」
「う、うん。レナたちは少しお休みしていただけ」
「そっか。まだ時間はあるけど、こんな機会あまりないんだし、思いっきり泳がないと損だぞ」
二心はなさそうな目でそう言って快活に笑う圭一。女心に鈍感な面がこんな所でも強く発揮されるとは。圭一、貴方の前にいるのは水着姿の妙齢の美女四人なのよ?
……いや、私と沙都子は妙齢と言うにはきついか。レナと魅音も中学生だ。厳しいかもしれない。鷹野くらいの年齢ならそうとも言えるかもしれないが……。
「腹も減ったし、飯でも食うか」
そんな私たちの思いには全く気付いていない様子で圭一はプール内にある食べ物屋さんに向おうとする。私たちもお腹は空いていたので付いて行く事にした。
「やっぱ海は焼きそばだろ!」
「海じゃなくてプールですけれどね」
沙都子の突っ込みを受けながらも焼きそばを買う圭一。それに影響されてかレナと魅音も焼きそばを購入した。私と沙都子はそこまでがっつり食べる程、お腹は空いていないので、ホットドッグを買って食べる事にする。
プールで泳いだ濡れた体に夏の日差しを浴びながら、プールサイドで昼食。贅沢は、しているんだろうな。それこそあの繰り返す昭和58年の6月の時に比べれば天と地なくらいには。
「梨花ちゃん」
そう思っていると圭一が私の傍に寄って来た。な、何!?
「ほっぺについてるぞ」
圭一の指が伸び、私の頬から何かを取る。ホットドッグの食べかすであった。
「み、みぃ……ありがとうなのです」
「気にすんなって」
思わず赤面してしまう。私とした事が。こんな子供のような真似を……。
い、いや、ここで終わっていてはダメね。アピールしないと。
「みぃ、圭一にお願いがあるのです」
「なんだ、梨花ちゃん」
「お食事が終わったら泳ぎ方を教えて欲しいのです」
私の申し出に圭一はキョトンとした顔をする。
「泳ぎ方って、梨花ちゃん泳げるだろ?」
「そ、そうなのですけど、圭一程、上手くは泳げないのです。それを教えて欲しいのです」
私の言葉にレナや魅音、沙都子がこちらを向いたのが分かる。悪いわね。ここは私が一歩、先を行かせてもらうわよ。
圭一はそんな私の思惑になど全く気付いていない様子で深く考える事もなく、頷く。
「おう! 任せとけ」
うーん。自分から仕掛けておいてなんだけど、やっぱり圭一が考えなさすぎではないだろうか。こういう所が悪い方向に出てしまった結果が圭一が原因で起こる惨劇なのよね。圭一が直接、惨劇を引き起こす可能性は低い方なんだけれども。
まぁ、昭和58年の6月を突破した今となってはそれは気にする事もないか。
そうして、食事後、私は25mプールで圭一と一緒に泳ぎ方の練習をする事になった。泳ぎの練習をするにはかかせないビート板も借りて来て、私はそれを使って圭一からクロールのフォームを教わっていた。
「いいか、梨花ちゃん。正しいクロールのためのフォームを身に着けるにはビート板を使って正しい腕の動かし方を体に染み込ませる必要がある」
「みぃ、それは分かるのです」
「よしっ。それじゃあ、実践してみよう」
レナや魅音、沙都子の視線が少し痛いが、先手を打った私の勝ちだ。私は圭一の指導の下、クロールの練習をする。これなら普通のスクール水着を着て来た方がよかったかしらね。
とはいえ、圭一の気を惹く以外にも泳ぎの練習が出来る機会というのは案外貴重かもしれない。雛見沢分校にはプールがないので水泳の授業はないし、雛見沢の川は泳げるくらい澄んでいるけど、本格的に泳ぐには適していない。あくまで水遊びを楽しめる程度の太さや広さだ。
こうしてプールに来たのだから徹底的に泳ぎの練習をするというのも一興か。
少し泳ぎ終わり、圭一と並んでプールに立つ。そして、圭一の体を見る。うーん、やっぱりあんまり筋肉付いてないわねぇ、圭一って。雛見沢に来てからはそれなりに外でも遊んでいるけど、来る前は徹底したインドアがり勉少年だったみたいだから仕方がないけど。
「何、見ているんだ、梨花ちゃん。恥ずかしいぞ」
圭一が少し照れ臭そうに言う。そんな顔をされるとこっちまで照れ臭くなる。私はそれを誤魔化すためにからかいの言葉を発する。
「圭一の体は少し貧相過ぎるのです。もっと筋肉を付けた方がいいと思うのですよ」
「そ、そうか……? これでも雛見沢に来てからは運動している方なんだけどなぁ」
それ以前に運動とはほとんど縁のない生活を送っていたのなら、急に筋肉が付くものではないだろう。少なくとも一か月そこいらでは。
別に筋肉ダルマになれと言っている訳ではない。それなりに見栄えする程度には筋肉を付けておいて欲しいと思うだけだ。
「そんな体では雛見沢の冬は乗り切れないのですよ」
「ははは、冬眠する訳でもあるまいし」
「雛見沢には雪が積もるのです。それを取り除く仕事が待っているのですよ」
そう。雛見沢の冬は雪がたっぷりと家の屋根などに積もるのだ。それを取り除く作業は中学生男子の圭一なら率先してやらされる事は間違いないだろう。雪を取り除く作業はなかなかにハードだ。今の調子ではひーひー音を上げてしまいかねない。
「そ、そうか、それなら備えておかないとな……」
私の言葉に圭一は体を硬くして、応える。そうやって圭一と二人きりの時間、はあまり長く続かなかった。
「圭ちゃん、梨花ちゃんにばっかり構ってないでみんなで遊ぼうよ!」
「梨花、水泳の練習も、もうそろそろ結構でしょう? それよりみんなで遊ぶ事が大切ですわ」
魅音と沙都子がこちらに乗り込んで来る。レナも一緒だ。ち、いつまでも二人きりにさせてはくれないか。
「そうだな。それじゃあ、梨花ちゃん。練習はこれくらいにして、みんなで遊ぶか」
「みぃ……」
私の乙女心など察してくれるとは期待していなかったが。圭一はまるで気にした様子もなくそう言って笑うと25mプールから上がり、みんなで遊ぶ用の円形状のプールの方に移る。私一人、残る訳にもいかず私もそれに続く。
それからはみんなで日が暮れるまで遊んだ。結局、圭一を魅了するという目的は誰一人として達成出来なかったが、楽しい時間であった。
こんな時間を過ごす事が出来るのも昭和58年の6月の牢獄を突破したおかげか。そう思えば贅沢は言っていられないな、と思う。
女子更衣室でシャワーを浴びて体を洗うと私服に着替えてプールの外に出る。西の空に沈む夕日の黄昏色が差し込む中、圭一が暇そうに待っていた。
「女子は遅いなぁ。待ちくたびれたぜ」
「男子と一緒にしちゃダメだよ、圭ちゃん」
「むしろレナとしては男の人の方が着替えとか身支度とか早すぎると思うんだけどな……」
魅音やレナの言う通り、女の子の着替えには時間がかかるものなのだ。それくらい理解して欲しいものである。
「まぁ、いいや。今日は楽しかったしな。学業に囚われない夏休みってのも新鮮でいいな」
「夏休みも勉強ばっかりやっていた男は言う事が違うねぇ」
「みぃ。魅ぃは勉強をしないといけない立場なのですよ?」
「う! そ、そりゃあ、分かってるって!」
本当に分かっているのだろうか。園崎家の次期頭首だから別に志望校に落ちてワンランク下の高校に通う羽目になっても将来には特に影響はあまりないだろうけど、それとは別に目指している高校に合格するという事は人生の上で有意義な経験になる事だろうと思う。
ともあれ、今日は本当に楽しかった。圭一を魅了する、という事は出来なかったけど、こんな夏休みを過ごす事が出来るのを幸運に思おう。
チャンスはまだいくらでもある訳だしね。
私たちは夕日に照らされながら自転車をこいで、雛見沢まで帰還するのであった。