夏休みも始まったばかりのその日。私は圭一を呼び、一緒に沙都子や詩音と共に悟史のお見舞いに行く事にした。
以前思った悟史が退院したら、沙都子は悟史と共に北条家の実家で暮らすようになり私は独りになってしまうのではないかと言う不安は未だ消えずに胸の中に残っているが、だからといって悟史に退院して欲しくないと願うなどという事をするほど私は歪んではいない。
悟史には早く治療とリハビリを終えて退院して欲しい。それが沙都子の幸せに繋がるからだ。その事で私が独りになるかもしれない事についてはまた考えよう。今は考える時間も山ほどあるのだ。
喜一郎の家に住むようにするのもいいかもしれない。元々、両親を失っている私の公的な保護者は喜一郎という事になっており、彼の家に住んでいない今の状況の方がおかしいと言えばおかしいのだ。
沙都子の村での立場を考慮し、沙都子を守るため……という理由も圭一たちの活躍のおかげで村の中での北条家の扱いが改善されつつある今では必要なくなっている。沙都子が堂々と村で暮らせるようになり、悟史も退院したのなら、彼女ら兄妹は自分たちの家に戻って暮らすのがある意味、当たり前といえば当たり前なのだ。
「俺って、悟史とロクに顔合わせた事ないんだよなぁ。緊張するなぁ」
入江診療所に向かう途中、圭一がやや緊張した様子で話す。繰り返す世界において圭一と悟史が肩を並べる世界というのはなかった。まるでその椅子は一つしかなく、圭一がいるなら悟史がおらず、悟史がいるなら圭一はいない、というように二人が並び立つ事はなかったのだ。
そして、悟史が目を覚ました後も圭一はまだ一度も悟史のお見舞いに行ってはいない。圭一にとって話にはよく聞いている人物であろうが、直接、対面するのはおそらくこれまでの世界全てをカウントしても今回が初めてであろう。
「悟史くんは優しいですから。圭ちゃんともすぐ親しくなりますよ」
「そうですわね。にぃにぃは温和な性格ですから」
そんな圭一の不安を取り除くように詩音と沙都子がそう言って声をかける。彼女らの言う通り、悟史は圭一とは少しタイプの違う男子だ。まぁ、圭一も意外と優しい一面を見せる事もあるし、悟史も時折デリカシーに欠ける事をする事もあるので、全く違うとまでは言わないまでも。
「みぃ。圭一と悟史が仲良くなってくれればボクも嬉しいのです」
とりあえず私にとっても圭一と悟史が顔を合わせるというのはあの繰り返す昭和58年の6月を突破した証のような感じがして好ましい事であった。圭一は未だ緊張している様子だったが、入江診療所に到着する。
「いやぁ、皆さん。いらっしゃい」
温和な笑顔で入江が私たちを出迎えてくれる。あのメイド服の件、以来ね。私や圭一にとっては。
「悟史くんですね? 今は起きていますよ」
そう言って入江は案内してくれる。鷹野がいなくなって看護婦がいなくなったせいで今はこの診療所は入江一人で切り盛りしている。何かと忙しなさそうだ。まぁ、私や沙都子をメイド姿に仕立て上げる余裕はあるようだけど。
悟史の部屋に行き、入江が扉をノックして中から「はい」と悟史の返事が聞こえたので開く。悟史はベッドで上半身は起こしていて、こちらを温和な表情で見ていた。
点滴などの類は必要ないのか見当たらない。元気になってきているという事であろう。
「沙都子、それに詩音。と、梨花ちゃんに……君は……?」
悟史が初めて会う圭一に問い掛ける視線を注ぐ。圭一はニカっと笑って自己紹介した。
「初めましてだな、悟史。俺は前原圭一って言うんだ。一か月ちょっと前にこの雛見沢に引っ越して来て、今は沙都子やレナや魅音、梨花ちゃんたちと同じ学校に通っている」
「そうなんだ。君が妹や詩音が話していた圭一くんか。僕は北条悟史。沙都子の、兄です」
「くん付けはいらねえぜ。圭一って呼び捨てにしてくれ。俺もお前の事はみんなから聞いていたからな。変な話だが、初めて会ったって気がしないんだ」
「そうか……分かった、圭一。初めまして。僕が眠っている間、妹が世話になったりしたみたいだね。お礼を言うよ」
圭一と悟史はお互い笑顔で自己紹介をし合う。この二人が対面するのも繰り返す昭和58年の6月を越えた証か。なんだか、思う所があるわね。
「みぃ、悟史、久しぶりなのです」
「梨花ちゃんも久しぶり。梨花ちゃんにも沙都子が世話になったみたいだね」
「ボクと沙都子は親友ですから、当然の事なのです」
微笑む悟史の顔は私の記憶にあるものと違いはない。とても四年目の祟りで狂気にかられて叔母を殺害したとは思えなかった。
……って、これも大きな地雷よね。雛見沢症候群のせいとはいえ、悟史には叔母を手にかけてしまったという罪がある。自分の罪と向き合った圭一同様、悟史もその罪と向き合わなくてはならないのだろうが、今はまだ、その時ではないか。
「ちょっと、にぃにぃも梨花も圭一さんも、人の事を勝手に世話されただのなんだの。わたくしをどういう存在だと思っておりますの」
そんなやり取りをしていると沙都子が抗議の声を上げた。実際に私や圭一だけではなく、詩音は勿論、レナや魅音にも沙都子は世話になった身なのだが、それをこうも周りが世話してあげないといけない存在のように言われるのは本人としては不服だろう。
「沙都子がみんなのお世話になったのは本当だろう?」
しかし、突っ張った態度を取る妹に対し、兄はあくまで温和な態度でそう言い聞かせる。そんな悟史を前にすれば沙都子もいつもの威勢の良さが薄れるのか言葉に詰まる。
「……ま、まぁ、わたくしとて、にぃにぃがいなくなってから一人で生きてきたなどと思い上がっている訳ではございませんけれど……」
「ふふふ、沙都子はねぇねぇたちに可愛がってもらえたんですよねー」
「詩音さん! 頭を撫でないでくださいまし!」
喜色満面で沙都子の頭を撫でる詩音に沙都子が首を振って抵抗する。その様子を優しい瞳で悟史は見ていた。
「悟史、いきなりこんな事訊くのも何だけど、治療とリハビリは順調なのか? 俺たちはみんな、お前が学校に復帰する時を待っているんだぜ」
圭一が悟史にストレートに訊ねる。悟史は気分を害した様子はなく、相変わらず温和な笑みを浮かべたままそれに返す。
「監督が言うにはまだちょっと時間がかかりそうかな……。僕は一年くらい眠っていた訳で筋肉とかが大分衰えちゃっているらしいんだ。少しずつリハビリして治していかないと」
「そうか……。俺はリハビリ生活の経験なんてないから分からないけど、辛くないか?」
「それは大丈夫。監督は優しいし、沙都子や詩音がちょくちょくお見舞いに来てくれるしね。レナや魅音も僕を待っているんだろ? 少しでも早く学校に復帰出来るように頑張らないとね」
穏やかながら、未来に向けた意気込みを見せる悟史。彼の言う通り、沙都子と詩音、それに入江が悟史をしっかりと支えている。この分なら、問題はないだろう。
「はい。お話し中、申し訳ありませんが、悟史くん。今日のリハビリの時間ですよ」
そこに入江が声をかける。悟史は入江の助けを借りながら、ベッドから車椅子に移った。まだ自由に歩ける程には回復していないのだろう。
リハビリが終わるまで付き合うという沙都子と詩音を残し、私と圭一はここで先に退場させてもらう事にした。悟史にしても気心の知れた妹や、誠心誠意尽くしてくれている詩音だけの方がリハビリはやりやすいだろう。
帰り道、私は圭一と話す。
「悟史、か。優しそうな奴だったな」
「みぃ、圭一も見習うといいのです」
「どういう意味だ、そりゃあ。俺も優しいぞ?」
「圭一は悟史に比べると少々、デリカシーが足りないのです」
話しながら帰り道を歩く。圭一と悟史は初対面とは思えない程、打ち解けた砕けた雰囲気だった。友人の仲に早くもなっていると言ってもいいだろう。
「それにああ見えて悟史は野球少年なのです。失踪前は圭一よりはよっぽど体は鍛えられていたと思うのですよ」
「ああ、そういえば野球をやっていたって話は前の世界で聞いた事があるな。また元気に野球が出来るようになるといいな」
「そうなのです」
また悟史が野球を楽しめるようになるまで回復すればみんなで応援に行ったり、一緒に野球をするのもいいだろう。
そう思いながら私と圭一は帰り道を歩くのだった。