今日も夏の太陽はカンカン照りであった。
夏休みで学校がないのはいいが、こうも暑いと流石にうんざりする。私たちの家には冷房なんてものはないので余計に、だ。
今日も沙都子は悟史のお見舞いに行ってしまい、一人で家の中にいるのも退屈だった。
魅音主導でみんなで遊んだり出来ればいいのだが、今日は魅音は受験勉強に専念するようだ。レナも用事があるらしく、私は暇を持て余し、圭一を呼ぶ事にした。
圭一の家に電話し、圭一を私の家に呼び寄せる。圭一は二つ返事で了承してくれた。
「よう、梨花ちゃん。俺に用事ってなんだ?」
とりあえず口実として用事があると言って呼んだものの、特に用事がある訳でもない。私は戸棚から数少ない私物の一つを取り出した。
「それは……かき氷機か」
「みぃ、そうなのです。今日も暑いので、二人で一緒にかき氷と洒落込むのですよ」
「そいつはいいな」
圭一は笑みを浮かべて賛成してくれた。いつ買ったのかも覚えていないかき氷機であるが、いつまでも眠らせておくより活用してあげた方がいいだろう。
率先して圭一は準備してくれた。
「このガラス皿でいいか?」
「構わないのです」
お皿をかき氷機にセットして冷蔵庫から出した氷を使ってかき氷を作る。生憎、シロップなどといったものはないので素で食べる事になるが、かき氷ならそれでもそれなりの美味しさにはなるだろう。
「よーし、それじゃあ、作るぞ!」
意気揚々と圭一がかき氷機を回し、セットされた氷を削ってお皿に降り注がせていく。圭一も男子としてはそこまで腕力はない方だと思うが流石に私よりは力がある。がりがりと氷を削って二人分のかき氷を作り上げる。
「こんなもんかな。それじゃあ、食おうぜ、梨花ちゃん」
「みぃ。楽しみなのです」
スプーンを用意して、二人でかき氷を食べる。この暑い中にかき氷の冷ややかな味は口の中に染みわたり、一時の避暑となり、堪能させてくれる。
圭一もガツガツ食べている。「美味いな」と言いながら。
「もう食べ終わっちまったか。おかわりを作るか?」
「みぃ、お願いするのです」
私の言葉を聞き、圭一は再度、かき氷機を回し、次なるかき氷を作る。そうして、出来上がったかき氷を見て、私は一つ企みを抱く。
「圭一、ボクが食べさせてあげるのです」
「え? そりゃあ、悪いって」
「構わないのです」
私はスプーンでかき氷をひとすくいすると圭一に差し出す。圭一はためらいながらも口を開いてくれた。
「はい、あーん、なのです」
「あ、あーん……」
圭一の口の中にかき氷を入れる。圭一はそれを噛み、食べる。
「うん、美味いぜ、梨花ちゃん」
「奥さんとして当然の務めなのです」
「お、奥さんって……また冗談を」
ちょっと引き攣った笑いを浮かべる圭一。やはり、圭一は私の事を恋愛対象としては見ていないのか。それはそれで不服である。
そりゃあ、今の私の体じゃ、恋愛対象になんてなれないかもしれないけれども。体はこんな子供でも、心は大人だというのに。
一人考えて腹が立ったのでさらにあーんを続ける事にする。勝手な話だとは思うけれども。
「はい。またあーん、なのです」
「お、おう……あーん」
さらに圭一の口の中にかき氷を入れてやる。圭一は照れ臭そうにしながらもそれを受け入れてかき氷を食べる。そんな折、ふと気になった事があった。
「所で圭一」
「おう?」
「私の口調、どっちの方が好み?」
その事だ。普段の猫を被っている口調か、私の本来の口調か。圭一はどっちが好みなのだろう。それが気になった。
萌えマスターを自称するKとあらばどう答えるのか。
「どっちが好みって……?」
「私の本来の口調を貴方は知っているのでしょう? 私か、それともボクか。どっちが好みなのか訊いているの」
「ああ、今みたいな大人びた口調か」
納得したように圭一は頷く。あの6月の戦いで圭一の前では猫を被っていない私本来の口調を見せた事もあった。それに圭一は今では驚く事はないだろうが、考え込む。
「そっちが梨花ちゃんの素なのか?」
「まぁ、そうね。こっちの方が私本来の口調よ」
「そうか……んー、どっちも好きってのが本音だな」
好き。その言葉に胸が一つ大きな脈を打ったが、それを悟られないようにする。
「どういう意味?」
「にぱにぱ言っている梨花ちゃんも大人びた梨花ちゃんもどっちも可愛いって事さ。最初に大人びた口調を聞いた時は驚いたけど、梨花ちゃんは何十年もこの世界を繰り返していたんだろ? なら、そんな口調になるのも納得かなって」
「私は百年の魔女よ」
「そう主張するあたり、まだまだ子供かな、って思うけどな」
面白がるように圭一は笑う。子供、子供かぁ……。確かに最近、自覚した事だが、自分が長い時を生きたと無言の主張をしているのは子供っぽいと思わないでもない。
世界を繰り返したといっても小学五年生の時を延々と繰り返しているだけで実際に大人になった訳じゃない。まだまだ子供なのか、私は。
「そう、それなら圭一は私に人生経験を積ませてくれるのかしら?」
「じ、人生経験って……?」
「例えば……恋愛、とか」
大人ぶって言っているのだが、正直、恥ずかしい。圭一は露骨に動揺した様子だ。
「れ、恋愛って、梨花ちゃんにはまだ早いんじゃないか?」
「遅いくらいよ。長い時を生きて来たけど、恋愛の経験はなかったわね」
「ははは……その相手が俺、か?」
言われてドキリとする。圭一なら相手として申し分ないと言うか。ああ、ハッキリ言ってしまえばあの6月の戦いで頼もしい所を見せてくれた圭一に心惹かれている所があるのも本音なのだが、それを認めるのもなんとなく癪で、恥ずかしい。
「圭一に私の相手が務まるかしら」
「それは自信はないけど……」
おうよ、ぐらい言いなさいよ。変な所でヘタれるわね、圭一は。
「まぁ、いいわ。もうちょっとかき氷を食べさせてあげるから。あーん、しなさい」
「お、おう。なんか雰囲気が変わると味も変わって感じそうだせ……」
先ほどよりさらに気まずそうに私のあーんを受け入れる圭一。少しでも色気を感じてくれればいいのだが、この色々な意味で貧相な体では望み薄、か。
「圭一は自分がいかに恵まれているか、知るべきね」
「いやぁ、恵まれた立場にいるとは思うぜ。俺の過去を考えると、今は」
都内の進学校で受験ノイローゼになるまで勉強に明け暮れていた時期を考えればそれはそうだろう。この雛見沢での穏やかな生活は。
惨劇を繰り返す世界ではこの雛見沢でも酷い目に遭う事が多かった圭一であるが、惨劇を乗り越えた今となっては田舎暮らしを満喫しているに違いない。
学業の成績は進学校に居た頃に比べれば落ちているのだろうが、それでも勉強が人並み以上に出来るあたり、頭はいいのだろう。それなりに要領良くこなす事も出来る才能があるのも知っているし、将来にあまり不安を抱えた身ではないはずだ圭一は。家もお金持ちだしね。
「梨花ちゃん」
不意に圭一に呼び掛けられる。ドキリとしたが、それを表に出さずに私は応える。
「何?」
「俺が梨花ちゃんの恋愛相手になれるかは分からないけど、羽入がいなくなった事で出来た隙間を埋める役目くらいは果たすつもりだぜ」
この男は……。どうして急にそんなこちらの心に響く事を言うのか。なんてアンバランス。普段は女心なんて欠片も分かっていないような癖に、時折、鋭い洞察力と気遣いの力を見せる。それが欠けていたが故に惨劇を引き起こした事もあるというのに。
「それは期待させてもらうわよ……圭一」
「はっ、任せとけ。この前原圭一様にな!」
自信満々にそう言い放つ。圭一のこういう所に私は惹かれているんだろうな、と自覚するのだった。根拠のないはずの自信から奇跡を実現する。
そういう事が出来るのが、前原圭一という存在だ。