それから私は私と両親の奇妙な関係の事を圭一に話した。
まず幼い頃から私には羽入が付いていたため両親にそこまで頼る事なく、一般的な家の子供程、両親に依存する事も、親しみの念も抱く事はなかった事。
村人たちが私をオヤシロ様の生まれ変わりと崇める事を両親、特に母親は快く思わず、なんとか村人たちのそういった扱いから引き離そうとして、それが幼い私には不満だった事。
世界を繰り返すようになっても当初は数年前の世界まで戻れたため、両親が存命の時期まで戻れたが、そこで私は繰り返した世界で得た知識や経験を披露して両親を驚かせる事に優越感や楽しみを覚えていた事。
結局、両親とは良好な関係を築く事は出来ずに死に別れたままで終わってしまった事。
それらを話した。
正直、圭一がどこまで理解出来たかは怪しい。彼は一応、以前の世界の記憶を思い出しているとはいえ、それは断片的なものであり、かつての世界というものがあった、と認識しているだけに過ぎないのだから。
私のように完全に世界を繰り返しているという事を理解している訳ではない。
しかし、彼は茶化す事もなく、私の話を最後まで聞いてくれた。
「結局、私は両親を救えなかった。その事について惜しむ事もなかった。私と私の仲間たちさえ無事で惨劇を乗り越えられさえすればいいって……」
その考えに疑問を持った事はなかった。これまでは。
「……梨花ちゃんは、後悔しているのか?」
それまで黙って聞いていた圭一が口を開く。それは問い掛けだった。後悔している、のだろうか。私が両親を三年目の祟り、いいや、鷹野と山狗の魔の手から救う事が出来なかった事。救う気にすらならなかった事。その事に。
「……分からないわ。私は今でもやっぱり両親の事が嫌い。でも、死んでいい程の人たちじゃなかったとは思っている」
「それじゃあ、後悔しているんじゃないか。お父さんとお母さんが三年目の祟りの犠牲になっちまった事を」
「そうなの、かしら……自分ではよく分からないわね……」
ありていに言って私は両親の事も見下していた所があると今なら分かる。子供ではない。両親よりも大人だ、と繰り返す世界の中でそんな考えに囚われてしまって、ますます両親に反発していたと思う。それでも、私は両親を大事に思っていたのだろうか。逆に両親もそんな娘を大事に思っていてくれたのだろうか。
「私の両親は私の事をどう思っていたのかしら……」
「そんなもん、愛していたに決まっているだろ」
私の疑問に圭一は即答する。
「でも、私は言ったように両親に対して一般的な子供が抱くような感情を抱いていなかったわ。それでも?」
「それでも、梨花ちゃんが梨花ちゃんのお父さんとお母さんにとって大事な子供である事に違いはない。愛していないなんて事は絶対にない」
圭一は断言した。私は両親に愛されていたのだろうか。私の方は早々に両親に対して見切りを付けてしまっていたけれど、両親はそんな私でも愛してくれていたのだろうか。
「……でも、私は両親を見捨てたのよ。両親が三年目の祟りで死ぬのは仕方がない。そう思って……」
「それは確かに仕方がない所はあると思う。三年目の祟りって事は梨花ちゃんは今よりももっと幼い時期だ。出来る事も今より遥かに少なかったし、それで鷹野さんや山狗の手からご両親を助けるのは物理的に難しいものだと思う」
確かにそうだろう。あの時期には圭一も雛見沢にいない。今よりも幼い私に出来る事と言ったら信じて貰えるかは怪しいが、魅音や大石に全てを話して助力を仰ぐくらいしかないだろう。それでも両親を救える可能性は、低い。
……それでも救おうとしなかった。救う気にすらならなかった。私は。
気が付けば私は泣いていた。圭一はそんな私の肩に手を置いてくれた。
「もう失った時間は戻らない。羽入もいないんだろ? 戻しようもない。残念だけど、梨花ちゃんのご両親が戻って来る事もない」
「……そうね、それが当たり前の事。本来は、失ってしまった時間なんて戻らないものだもの」
それでも、それでも……。今更になって両親に対する想いが込み上げて来る。いや、今だからだろうか。惨劇を繰り返している間は両親の事なんて考える余裕もなかった。そんな余裕もなく自らと仲間たちが生き延びる事だけを願って必死に走り続けた。
「俺たちがこうして無事に生きている事も本来の道理からは外れている事なのかもしれない」
「……そうね。もう最初の世界の事なんて思い出す事も出来ないけど、羽入にやり直しを願ったくらいだからきっとロクでもない世界だったに決まっているわ」
そこから始まった惨劇を突破するための戦いの日々。長い長い戦いの果てにそれはようやく終わりを告げた。そのための犠牲は羽入だけだったと思っていたが、他にもいたという事か。
私の両親、沙都子の両親、もっと言えばダム工事の現場監督。結局、救えなかった人もいる。救いようがなかったというのは理性では分かる。
一年目の祟り、現場監督の死なんて現場監督の親友である大石が解決しようと、裏にあるものを解き明かそうと躍起になっていたが、入江が大石に語ったようにその裏には何もない。園崎も、山狗も、なんら関与していない。ただの、と言ってしまうのは何だが、小さな諍いから起きた集団暴行の末の殺人事件に過ぎない。
刑事である大石にとっては日常的に接する事のある事件の一つに過ぎないはずだ。その被害者が、自分の親友であったという点を除けば。
私が関与出来る余地など何もない。それすら何とかしようと思うのは傲慢だ。本物の神様にでもなったつもりか。
「だから、俺も世界の事はよく分かっていないんだけど、悩む時があるんだ。こうして俺は幸せに生きていていいのかって……。俺はかつての世界でレナと魅音を……殺しちまった訳だしな」
悔恨の思いを吐き出すように圭一が言う。圭一が狂気に陥り、レナと魅音を殺してしまった世界。それは過ぎ去った事、などと片付けていい話ではない。少なくとも圭一本人にとってはそうなのだろう。
その罪の記憶があったからこそ、圭一はみんなを救おうと、私の力になってくれようと奮起し、この世界でついに昭和58年の6月を乗り越え、惨劇を突破する事が出来た訳だが、必要な犠牲、などという言葉で片付ける訳にはいかない。
犠牲は犠牲だ。私たちが今、ここに至るまでに多くの、数え切れない犠牲があった。それらを踏み台に私たちはここにいる。
「……梨花ちゃんのご両親はもう戻って来ない。だけど、それに囚われる必要はないと思う。勿論、忘れろ、なんて言っている訳じゃないぜ。ご両親の事を胸に秘めて、これからの人生を生きていく。そうする事が亡くなられたご両親にとっても幸せなんじゃないかな」
「……そうかしら。両親は私の事を許してくれるかしら」
「許すも何も、初めから恨んでなんていないさ」
圭一の言葉に胸が暖かくなるのを感じる。お父さん、お母さん、私は……。
「……ありがとう、圭一。少しは胸が楽になったわ」
「どういたしまして。俺も梨花ちゃんに過去の事に関しては救われた身だからな。その恩返しが少しでも出来ているのならよかった」
私が圭一を救った……。あのレナの学校占拠の世界で圭一がかつての世界でレナと魅音を殺してしまった事を許した事か。
「私も圭一には救われているわ」
「それならいいんだ。失ったものはもう戻ってはこないけど、新しい何かが俺たちには訪れる。そう信じようぜ」
圭一の言う通りなのだろう。過ぎ去った過去に、失ったものに、いつまでも囚われていては前に進めない。それらを忘れる事なく胸に秘めて、前を向いて歩いて行く。
それが多くの犠牲の末に未来を勝ち取った私たちの役目。
そうよね、羽入?