「もうそろそろ帰らなくていいのか?」
圭一が心配そうに告げる。圭一の家に来てからしばらくが経ち、夏の遅い夕暮れが訪れる時間になっても私は無遠慮に圭一の家にいた。
いい加減、沙都子も家に帰っている頃だろうと思い、電話してみたら、沙都子が出たので今、圭一の家にいるという事と、少し遅くなるという事は伝えてある。
急いで帰る必要はない。以前の世界でも沙都子と一緒に暗くなった後まで圭一の家にいた事はあるのだ。
「大丈夫なのですよ。今日は圭一の家でゆっくりしたい気分なのです」
「そうか? それならいいんだけど……」
圭一は女の子をこんな遅い時間まで自分の家に置いておく事に戸惑っているようだが、私としては今日はもう少し圭一と一緒にいたかった。
圭一の両親は私に夕食も一緒に食べるといいと勧めてくれた。お言葉に甘える事にしたが、食事を振る舞われるだけなのは何なので、圭一の母親が料理を作るのを手伝う事にした。
「わー、梨花ちゃんはすっごくお料理上手なのねー。その歳で。ウチの圭一にも見習わせたいくらいだわ」
「みぃ。これくらいは出来るのです」
圭一の母親は私の料理の腕前に感心しているようだった。伊達に何度も世界を繰り返して来て、その分、料理も沙都子と当番制とはいえ、作って来た訳ではない。
キャベツは同じ大きさにみじん切り出来るし、ジャガイモの皮だって包丁で綺麗に剥く事が出来る。
小学五年生にしては少々出来過ぎているか。こんな事を私は自分の母親に見せ付けるようにやって、私は貴方より上なんだぞ、と子供じみた優越感に浸っていた。当然、母親は教えてもいない料理を完璧にこなす私の事を不気味がった。
今では反省しているが、同じ事をやって褒められるというのは悪くない。
「梨花ちゃんは沙都子と二人暮らしだからな、お袋。料理も自分でやっているんだ」
「そうなの? それは大変ねー、梨花ちゃん。困った事があったら何でも言ってね、私たちが力になるから」
「ありがとうございますなのです」
何故、二人暮らしなのか。そこに突っ込んで来るような配慮のない真似は圭一の母親はしなかった。気さくな性格であまり苦労してなさそうなお母さんに見えるけど、圭一が受験ノイローゼになった末にモデルガンでの事件を起こしてしまった際はおそらく自分の育て方に何か問題があったのでは、と悩んだのだろうし、そのあたりの経験から不必要に地雷を踏むような真似はしないようにしているのだろう。
「うんうん。幼い女の子が料理。これも絵になるねぇ」
「親父。何、スケッチしているんだよ」
なんだか、知らない間に私は圭一の父親の絵のモデルにされているようであったが。圭一が咎めるも全く気にしていない。
圭一の父親もわりとゴーイングマイウェイな人なのね。そんな印象ではあったので驚きはしないが。そもそも芸術家なんてそんなものだろう。……というのは偏見だろうか。
ちなみにそのスケッチは後で見せてもらったが、上手かった。確かに画家であるという事は嘘ではないようだ。
「圭一の家のキッチンは設備が充実していて凄いのです。ボクと沙都子のボロ屋とは比べ物にならないのです」
キッチン周りに関しては言った通り、私と沙都子が住んでいるボロ屋とは比べ物にもならない。流石、前原屋敷なんて呼ばれているだけの事はある。先進的な設備が揃っていると童心に返って感心しつつ興味を惹かれる。
「ふふふ、そうかしら。将来の義理の娘と一緒に料理って楽しいわね」
「み、みぃ!?」
「お、お袋! 何言ってんだよ!」
義理の娘。それってつまり……。頭の中で連想ゲームが始まりそうなのをなんとか止めて、料理に集中する。危ない。私とした事が動揺で包丁を握る手が震えてしまっていた。
そんなやり取りをしていて再認識するが、やはり圭一の両親はどちらもいい人だ。圭一の真っ直ぐな性分はこの両親あってのものなのだろう。料理が完成し、台所に運ぶ。
懐かしいわね。いつだったかの世界でも沙都子と一緒に圭一の家で夕食を作って三人で食べた事があったのだが、その思い出を思い返す。
「おう! 今日は飛び切り美味そうだな!」
圭一が反応する。あの時よりも私の料理の腕前は遥かに上達している。圭一の母親と一緒に作った事もあり、圭一の舌を唸らせるには文句ないはずだ。男を落とすなら舌を握っておけ、とかどこかで聞いたような気がする。
魅音程ではないが、お金持ちだと思っていた圭一の家であるが、使われている食材はどれも特売の物だと言う事が私には料理した感覚で分かった。
圭一はそこまで庶民離れしている訳でもないし、一般家庭の中では裕福な方というレベルで日々の生活にそうそう贅沢している訳ではないのだろう。
「それじゃあ、食べましょうか」
圭一の母親の合図で私たちはお箸を握り、いただきます、の挨拶の後、料理に手を付ける。
「うん、美味いぜ、梨花ちゃん」
「それは良かったのです」
「梨花ちゃんは本当に料理が上手いわね~、圭一も見習いなさいよ」
舌鼓を打つ圭一に私は笑みを向けると圭一の母親が私を褒めつつ、圭一に声をかける。
「男がそう厨房に立つもんじゃないだろ?」
しかし、圭一は気にした様子もなく、そう返す。まぁ、そうなのだが。将来は男でも普通に料理出来ないと困るような時代がやってくるかもしれないんだぞ、圭一。一人暮らしするとか考えた事はあるのだろうか。
いくら圭一といえど、中学二年生に過ぎない。親元から離れて一人で暮らす事など、まだ考える段階ではないか。この時期から自分の将来についてプランを持っている程、圭一が計画的に人生を生きているとは思えないし。
「いやぁ、美味しい。圭一、いいお嫁さんを捕まえたな」
「親父……だから違うって」
「みぃ……」
圭一の父親もそんな事を言って、私たちを困惑させる。私としては圭一に好意を抱いているのを今更、否定はしないが、表立ってそう言われると照れ臭いし、否定したくもなる。圭一に至っては全く想定していない言葉だろう。
食事の時間は終わり、外はすっかり暗くなっていた。いくら沙都子に遅くなると言ったとはいえ、流石にそろそろ帰らないと心配をかけるか。
「圭一、梨花ちゃんを送っていきなさい」
「言われなくても分かっているよ」
母親に言われて圭一は自分も外出支度を整える。のどかな雛見沢とはいえ、こう暗くなった後で私のような子供、それも女が一人で出歩くのは問題があるか。
圭一と共に外を歩き、古手神社への道を行く。夏場の汗ばむ陽気もこの時間なら少しは和らぐ。風が吹き抜けていく砂利道を歩き、空を見上げる。
そこには月が輝いていた。いくら世界を繰り返しても、変わらず私たちを照らし出している太陽と月。ふと悪戯心が出て、私はある有名な言葉を口にする。
「圭一、今日は月が綺麗なのです」
「ん? ああ、そうだな。綺麗な月だ」
「…………みぃ」
……まぁ、圭一にそこまで期待はしていなかったが。あまりにも普通に返され拍子抜けする。逆に意味を知っていた場合の方がこちらも対応に困っていたかと思うと少しおかしくなってしまった。
「おいおい、何、笑っているんだよ、梨花ちゃん」
「そんな事はないのですよ、にぱー」
「やっぱり笑ってるじゃねえか」
夏の夜空の下、圭一と一緒に他愛もない話をしながら帰路を歩く。こういう何気ないやり取りが出来るのもあの昭和58年の6月を突破したおかげか。
今日の圭一の家に遊びに行った事。思った以上に楽しめた。こんな機会がまた何度でも巡って来るだろうという事に私はこれ以上ない幸福感を覚える。
本当に月の綺麗な夜であった。