その日、私は圭一を古手神社に呼んだ。圭一に聞いて欲しい話があったからだ。
夏場の暑い中であったが、私は神社の境界内にある家ではなく、外に出て圭一を待っていた。別に待ち遠しいという訳ではなく、呼び付けたからには礼儀だろうと思っただけだ。
そう思っていると神社に入るための長い階段の下に圭一が自転車を停める姿が見えた。自転車から降りて階段を昇り、こちらにやって来る。
「よう、梨花ちゃん。俺に用事ってなんだ?」
「みぃ、とりあえず、こちらに来て欲しいのです」
私は圭一を連れて神社内を歩く。向かう先は祭具殿。
かつての世界では鷹野が綿流し祭りの際に私の奉納演舞の時、圭一と詩音を連れて内部に侵入し、鷹野が独自に調べたこの村のオヤシロ様信仰についてある事ない事を圭一と詩音に吹き込み、圭一や詩音の雛見沢症候群発症を促したあまりいい思い出のない場所だ。
「ここって立ち入り禁止の場所なんだろ」
この世界の圭一もそのくらいの知識は持っていたのだろう。祭具殿の重厚な外観を前に少し怖気づいているような様子を見せる。根は意外とビビりな所があるからね、圭一は。
「中に入る訳じゃないのです。ただ話を聞いて欲しいのです」
「そうか? それならいいんだけど……」
私としても今になってこの祭具殿の中に好き好んで足を踏み入れようとは思わない。ただ圭一に話を聞いて欲しい。
それはこれまでの世界の事だ。これまで私が体験した世界の事を誰かに聞いてもらう。そうでなければ私一人の中で抱え込むにはあまりに大きすぎる事で私の体がパンクしてしまいそうだからだ。
そして、話し相手になれるのは私と同じくかつての世界の事を(私と違い断片的にとはいえ)覚えている圭一しかいない。
「圭一はいつかの世界でこの中に入った事があるのです」
「お、俺がか? そんな神をも恐れぬ真似をしたってのか、俺は」
「みぃ、圭一だけの責任じゃないのです。鷹野や詩ぃにそそのかされての事なのです」
「鷹野さんにか……」
少しは納得がいったというように圭一は頷く。自分一人の意思で祭具殿に入るなどという事は考え難かったのだろう。
「そこで圭一や詩ぃは鷹野にオヤシロ様についてある事ない事吹き込まれて狂気に走ってしまうのですよ」
「そ、そうなのか……やっぱり俺は以前の世界では梨花ちゃんたちに迷惑をかけていたんだな……」
「それはもう気にしていないのです。ですが、この祭具殿も言われている程、怖いものではない、という事は知っておいて欲しいのですよ。羽入のためにも」
「羽入か……」
鷹野が圭一と詩音(と富竹)に祭具殿の中で話した話はオヤシロ様に関するおどろおどろしい話ばかりだったと羽入が言っていたのを思い出す。それで思わず羽入は抗議のためにドンドン祭具殿の中で暴れたそうだが、それも圭一や詩音に悪影響を与えていたようだ。
あの長い年月を生きている癖に妙に幼い所のある羽入の悪い癖だ。羽入はオヤシロ様について誤解などで恐ろしい存在だと語られる事に心を痛めていた。
一度、羽入になんでそんなに長生きしている癖に性格が幼いのか訊いた事がある。羽入は「老化」だと答えた。
羽入にとっての「老化」は「幼児退行」であるらしい。昔はもっと大人な性格をしていたと本人は言っていたが、今の羽入しか知らない私には今一信じ難い。
「鬼狩柳桜というものを知っていますか、圭一」
「い、いや、そんな物騒な名前の物は知らないぞ」
「それは古手家に、いや雛見沢に伝わる伝説の刀の名前なのです」
私の説明に圭一は頷く。
「なるほど。こういう歴史の古い村ならそういう物の一つや二つがあってもおかしくはないか」
「そうなのです。その名の通り、雛見沢が鬼ヶ淵村と呼ばれていた頃、鬼を斬ったと伝わっているのですよ」
「鬼ねぇ……」
胡散臭げに圭一は言う。そんなものが本当にいるのか、と言った態度であるが、それが当然だろう。日本各地に伝わる昔話としては人魚の肉だの天女だのと同レベルのものだと自分でも思う。
「この雛見沢の住人はみんな鬼の血を引いているって事になっているんだっけか」
「そうなのです。後、言葉に気を付けた方がいいのです。村の年よりたちには本気で信じている者もいるのですから、『なっている』なんて言ったら大変なのです」
「そ、そうか。それは気を付けよう……」
慌てた様子で圭一はそう言う。どこから聞いたのかは知らないがこの村の祖先が鬼であるという伝承については耳にした事があったようだ。
「羽入ならこの村の大昔の事も知っていると思うのですが、羽入はボクにはあまりそういった話をしてくれませんでした」
「羽入か……。あの娘はそんなに昔からこの村にいるのか」
「少なくとも鬼ヶ淵村と呼ばれていた時期にはいたそうなのですよ」
その程度の事は羽入から聞いた事がある。羽入自身が伝承に伝わる鬼ではないのか、と私は訊ねたが羽入が悲しそうな顔をしたのでそれ以上は訊く事はしなかったが。
「ま、とはいえ、昔話だな。今を生きる俺たちがあまり気にしていても仕方がない」
「そうなのです。ボクも圭一にそれを言いたかったのですよ。ですが……」
「ですが?」
「ボクが経験したこれまでの世界の話はまた圭一に聞いて欲しいのです」
ハッキリと私は自分の思いを告げる。一瞬、圭一は目をパチクリさせたが、すぐに頷く。
「おう。それくらいなら安いもんだ」
「助かるのです。正直、ボク一人で抱え込むにはあまりにも大きすぎて、長すぎて、重すぎて、爆発しそうになっていたのです」
「誰かに話せば楽になるって事はあるからな。俺で良ければいくらでも」
ニカっと圭一は気持ちの良い笑みを見せる。おそらくあまり深くは考えていないと思うが、意外と思慮深い所もある圭一の事だ。断言は出来ない。百年付き合ってみても相手の事を完全に理解する事は出来ないという事か。それが人間というものなのだろう。
「……圭一はかつての世界の事をどのくらいまで覚えているのですか?」
訊ねてみる。彼の言動や態度からあまり深くは覚えていない事は察せれるのだが、本人の口から聞いてみたかった。
「んー、断片的だな。俺がレナと魅音を……殺しちまった事とか、その後の世界で梨花ちゃんが俺を許してくれた事とか、印象的な事は強く覚えているんだが、それ以外はかなり曖昧だ。あのレナが学校を占拠した世界がどんな結末を辿ったのかも覚えていないな」
「そうなのですか……」
やはりそのくらいしか記憶にはないようだ。レナが学校を占拠した世界の記憶を完全に覚えているのなら、この世界で私から聞く前に鷹野が黒幕だと言う事も分かっていたはずだから当然か。圭一も私と同様、その世界の最後の瞬間の事は記憶出来ないでいるのかもしれない。
この世界の仕組みに関しても曖昧だろう。それは私でもこの世界がどういう仕組みになっているのかについては完全に理解している訳ではないので仕方がない。
それでも圭一が唯一、かつての世界の出来事を話せる相手だという事には変わりはない。
「そうですね、それではボクが生きたまま腹を裂かれて殺された世界の話でも聞いて欲しいのです」
「生きたまま腹を裂かれてだって!? そんな酷い事が!?」
圭一は驚愕の表情を浮かべるが、どうやら覚えているのが前回の世界だけというだけで私は鷹野にこの殺され方を何度もしているらしいのだ。例外は詩音に殺されてしまったり、私が沙都子を救うため鉄平を殺しに行って返り討ちにあってしまった世界とかだけだろうか。
「そんなに前の世界の話でもない。一つ前の世界の話なのですよ」
「一つ前か……。俺は全く覚えていないな」
「その世界でも圭一は沙都子を助けるために大活躍だったのですよ。村中を一つに纏めて、悪しき風習を取り払った。その時はこの世界は最高の世界だと思ったのです」
そして私は話を始める。一つ前の、あの世界の事を……。