そして、夜になった。レナと梨花ちゃんはまだ俺の家にいて、何かと世話を焼いてくれる。
うーむ。このメイドのように仕えるという罰ゲームは俺が言い出した事なのだが、ここまでしてもらうと流石に気が引けて来るな……。こうまでおんぶにだっこしてもらうつもりはなかったのだが、二人の家事能力が高すぎる。俺の出る幕がない。そう思っているとレナが申し訳なさそうに口を開いた。
「レナはそろそろ帰らないといけないかな」
「みぃ。後の事はボクに任せて、レナは自分の家の事をするといいのです」
「ごめんね、梨花ちゃん。それじゃあ、圭一くんの事は頼んだよ」
そんな二人のやり取り。ふむ、レナはもういい加減、帰る時間か。
「それじゃあ、圭一くん。また明日ね」
「お、おう。今日はありがとな」
また明日。明日もこんな感じで世話を焼いてくれるつもりなのか。それに申し訳なさを覚える。
「ふふふ、ようやく二人きりになれたのです」
そんなレナを見送って梨花ちゃんが怪し気に微笑む。
「梨花ちゃんも、もうそろそろ帰っていいんだぞ? これ以上いると結構遅い時間になっちまうし」
「女心を何も知らないトーヘンボクは黙っているのです」
「は、はい……」
なんだか凄いプレッシャーをかけられた気がして俺は黙り込んでしまう。そうして梨花ちゃんは上機嫌に晩飯の支度を始めた。梨花ちゃん一人に任せておいて大丈夫なのは分かっているが、小学生の女の子に料理をさせて、俺は何もしないでいるというのは大変、立場のない事この上ない。
「梨花ちゃん。俺も何か手伝おうか……?」
「足を引っ張るだけだから結構なのです」
「い、いや、そういう訳にも……」
「みぃ」
なんとか食い付いていく。流石に何もしないで待っているのは申し訳なさすぎる。俺でも何か出来る事はあるはずだ。多分。
「それじゃあ、ジャガイモを洗って下さいなのです。それ以上の余計な事は決してしないように」
「おっしゃ! 任せとけ!」
ようやく仕事らしい仕事を与えられて俺は張り切って炊事場に行き、ジャガイモを洗う作業に従事する。これくらいなら流石の俺でも出来る。のだが、調子に乗らないようにしていよう。
「晩飯はカレーか?」
「ボクの手元を見てどうしてそんな事が言えるのですか? サーモンのソテーなのです。ジャガイモはそれに沿えるのです」
「お、おう……」
やはり余計な事は言わない方がいいのか。しかし、梨花ちゃんとこうして並んで料理(ジャガイモを洗うだけなのを料理と言っていいかはともかく)していると……。
「なんだか、新婚さんみたいだなぁ」
そう言うとガタンと音。梨花ちゃんが包丁を落としたのだ。
「圭一……ボクを殺すつもりなのですか?」
「い、いや、そんな事はっ。ってか、動揺しないでくれよ」
「するに決まっているのです!」
何故か怒られている俺。いや、何故か、じゃないのか? 女心は全く分からないものだ。
じゃがいもを洗うのにそこまで時間がかかるはずもなく、それが終わった後、まだ何か手伝えないかと言ってみたものの、見事に却下され、俺はリビングに戻って来ていた。
流石にテレビを見てくつろいで待つ、というのは料理をさせている梨花ちゃんに申し訳なさすぎるので手持ち無沙汰に時間が過ぎるのを待つ。
「全く。圭一は生活能力がなさすぎるのです。それでは将来、どうやって生きていくつもりなのですか」
「ははは、そんときゃ、梨花ちゃんが俺の代わりにやってくれるだろ。家事全般」
「…………」
あれ、また梨花ちゃんが黙り込んだ。冗談めかして返したつもりだったのだが、そこまで何もしないつもりかと呆れられてしまったのかもしれない。う、うーむ、やはり俺も少しずつでいいから家事を身に着けておくべきかな。将来のためにも。
妻に家事を全て任せる夫というのも、もう古いような気がするし。誰を妻にするかとかは全然、考えていないんだけどさ。
「……貴方にはジゴロの素質があるわね、圭一」
黙り込んでいたかと思っていた梨花ちゃんが不意に口を開く。いつもの梨花ちゃんではなく、たまに見せるあの態度だ。ジゴロなんて言葉知っているのか。
「まぁ、いいわ。出来たわよ、圭一。一緒に食べましょう」
「おう。それはいいんだが……」
「何?」
普段と違う態度のまま食事を配膳する梨花ちゃんを見て、訊こうか訊くまいか迷ったが思い切って訊いてみる事にする。
「梨花ちゃんがたまに見せるその口調というか、態度というか、それは何なんだ?」
「まぁ、これが本来の私ね。知っているでしょう? 私は百年もこの昭和58年の6月を繰り返して来たの。肉体年齢はともかく、精神年齢は相応に食うわよ」
「そうかなぁ、梨花ちゃんの精神年齢はそこまで高くない気がするけどなぁ」
「……失礼ね」
俺の感想に梨花ちゃんが口を尖らせる。……ともかく、こっちの梨花ちゃんの方が素で普段のにぱにぱ言っている梨花ちゃんは猫を被っているって事なのか?
「それじゃあ、普段の、みー、とかにぱー、とか言っている梨花ちゃんは?」
「あっちもあっちで古手梨花ね。どちらかが私じゃないなんて事はないわ。あれも私だから」
「そうなのか」
「そうなのですよ、にぱー」
自然に切り替えられる。こちらとしては反応に困ってしまうものだが、本人がどちらも自分と言っているのならいいのだろう。
「圭一はどちらの方が好みなのですか? ボクですか? それとも私かしら?」
「うーむ……」
挑発的な態度で俺に問うて来る梨花ちゃん。俺としては……どうかな。
「うーん。たまに見せる大人びた梨花ちゃんの方が好き、かなぁ。そっちの態度は滅多に見せないし、羽入がいなくなった今じゃ俺にしか見せられないんだろう? それならそっちの方が好き、かもしれない」
「ふふふ、意外と独占欲があるのね、圭一って」
「そんな事はないっての」
こっちの方が好きと言った後で何だが、この口調と態度の梨花ちゃんと話していると梨花ちゃんの方が年上で目上の存在に見えて来るのは困るな。いや、実際に人生を過ごした期間では遥かに年上なのかもしれないけれど。
「じゃあ、圭一と二人きりの時はなるべくこの口調でいてあげる。光栄に思いなさいよ?」
「ああ、全く光栄だな。梨花ちゃんの他の人には見せない一面を見られるなんて」
「……やっぱり独占欲があるんじゃない」
そんなやり取りをしつつも梨花ちゃんが用意してくれた晩飯を食べる事にする。部活メンバーの他の面子は勿論、お袋の料理にも全く引けを取ってない所か上回っているような出来栄えだな。感心してしまう。
「流石に料理上手だな」
「本来のこの年頃の古手梨花にはとても作れない料理ね。まぁ、あの繰り返す昭和58年の6月に感謝なんてしてあげないけど、そのおかげで得られたものもあるって事ね」
「そうだな……俺もそのおかげで色々と成長出来たと思うよ」
梨花ちゃんには悪いが世界が一つだけ、一度だけで終わっていたら、俺は何も知らないまま運命に翻弄されて終わっていただろう。そこから立ち上がり、運命を打ち破る力を身に着ける事が出来たのも、言ってはなんだが、繰り返される惨劇のおかげだ。
「圭一は本当に成長したわね。勿論、レナや詩音も、沙都子も成長しなかった訳じゃないんだけど、みんなにはかつての世界の記憶はないはずなのに」
「それでもどこかで覚えているんじゃないか、やっぱり」
「そうかしら」
「俺が思い出したんだからな。鈍感な俺に出来る事が鋭いレナや詩音たちに出来ない訳がない」
「あはは、それは説得力があるわね」
うーん。自分で言ってなんだか、思いっきり笑われたなぁ。
そしてこの口調の梨花ちゃんと話していると何だか変な気分になる自分を自覚する俺であった。