両親が留守という事と部活の罰ゲームという事で俺の世話をしてくれる事になった面々の中で梨花ちゃんは最後まで俺の家に残っている。そろそろ帰った方がいいんじゃないかと提案するも却下された。まさか泊ってはいかないとは思うのだが。
家の方に電話して沙都子にはもう少し遅くなると伝えたようだ。沙都子は怒っていたようだが、梨花ちゃんは気にした様子はなかった。
梨花ちゃんが遅くまで我が家にいるというのは前もあったが、あの時と違い両親はいない。梨花ちゃんと二人っきり、か。
それを意識したら何だか緊張しちゃうな。
「どうしたのかしら、圭一」
「い、いや、なんでもない」
「本当に? ふふ」
梨花ちゃんがこの大人びた口調と態度で過ごしているというのも緊張を加速させる要因だ。体は小学生でも中身の方はやっぱり長年世界を繰り返して過ごして来ただけあって成長しているんだな……。俺なんかより遥かに年上の感じを受ける。
「そろそろお風呂の時間だし、帰った方がいいんじゃないか?」
「お風呂ね。それならこの家のお風呂を借りるわ」
「マジか……」
お風呂まで入って行くのか。流石に泊ったりはしないだろうけど(2回目)。
「それからワインはない? お風呂上りに一杯飲みたいんだけど」
「未成年がアルコールを飲んでいい訳ないだろ……」
日常的にアルコールを飲んでいるような口ぶりはやめてくれ。それにウチに親父が飲む缶ビールはあれど、ワインなんて洒落た物は置いていない。
「いいじゃない。そんな事、うるさく言わなくても。私や圭一が酒店でお酒を買っても誰も咎めないわよ?」
「それはお使いか何かだと思われているからだろ。その内、うるさく言われる時代が来るって」
「来るかしら?」
来るような気がする。未成年の飲酒だの飲酒運転だのを徹底して取り締まるような時代が。今はダメな事とされつつもみんな平然と酒を飲んで車を運転しているような時代だけど。
「大体、もう遅いし営業している店舗も少ないだろう」
「24時間営業で何でも置いてあるようなお店が出来ればいいのにね」
「そんな便利な店出来るもんか……」
出来れば革命だろうが、出来た所で東京とかの都心がメインで片田舎のこの雛見沢に出来るまではさらに時間がかかる事だろう。
「あーあ、やっぱり田舎は嫌ね。都会に出て行きたいわ」
「前も聖ルチーア学園に行きたいとか言っていたな。梨花ちゃんは都会に出たいのか?」
「田舎で生まれ育った人間なら多くは考える事だと思うけど?」
質問に質問で返される。俺は都会生まれ都会育ちで田舎にやって来た逆パターンだからハッキリは言えないが、確かに田舎の若者が都会に出たがるようなイメージはある。
「それに私の場合、百年間、この雛見沢に閉じ込められていた訳だし。外の世界ってものを知りたいのよ」
「ああ……」
それに関しては俺は何とも言えない。俺は部分的にかつての世界の記憶を思い出していて、ある程度は梨花ちゃんの百年の牢獄について話を聞いてあげる事も理解してあげる事も出来るが、やはり記憶は不完全なものであり、この世界の仕組み自体もよく分かっていないため、完全に理解する事は出来ないからだ。それが出来るのは今は消えてしまった梨花ちゃんの相棒・羽入だけであろう。
「まぁ、でも都会って言ってもそこまでいいものでもないけどな。夢を壊すようで悪いけど」
「都会で生まれ育った圭一はそういう意見になるんだ」
「ああ。俺にとっては田舎でもこの雛見沢の方がよっぽどいいぜ」
それは嘘偽りの無い本音だった。都会で進学校に通い受験戦争に身を置いていた自分としてはこののどかな雛見沢がどれだけ楽園に思える事か。勿論、今は中学二年生だからのん気な事を言っていられるのであって、来年中学三年生になれば今の魅音同様、進学の事も考えないといけないだろうし、その先の将来の事も考えないといけない。
言っては何だが流石にこの雛見沢では就職口は少ないだろうからいつかは出て行かないといけないかもしれない。それが興宮などの近場であったとしても。画家をやっている親父のように住居を選ばない仕事に就ければ一番なのだが、そう上手くいくかは分からない。
それでも、今はこの雛見沢で穏やかな時間を堪能したい所であった。
「真剣な話はこの辺でいいわ。私は先にお風呂に入るわね」
「ああ」
頷き、梨花ちゃんが席を立つ。それを見送った後で猛烈に緊張して来た。
先にお風呂に入る。つまり梨花ちゃんが浸かった湯舟に俺が後で浸かるという事だよな? そ、それは、なんというか、緊張するな……。興奮まではいかずとも。いちいち、お湯を張り直すなんて贅沢な真似も出来ないし。梨花ちゃんは気にしていないんだろうか。多分、気にしてはいないんだろうな……。俺一人、舞い上がっているようでなんだか恥ずかしい。
「ニュースでも見るか……」
昼間はワイドショーを見ているお袋と違って、普段からニュースを積極的に見るようなタイプでもないのだが、とりあえずテレビを付けて気分を誤魔化す事にする。ああ、そうだ。今は夏場だし、梨花ちゃんも風呂上りは暑いだろうから冷房でも入れておくか……。
そんな事をやっていると梨花ちゃんがお風呂から上がって来た。なかなか長い時間入っていた。女の子のお風呂が長いというのは本当のようだ。
「ふぅ。いつもの家のボロ風呂と違って立派なお風呂だから長湯しちゃったわ。あら、クーラーを付けていてくれるなんて意外と気が利くじゃない。圭一」
「そいつはどうも」
「後は冷たい麦茶が欲しいわね」
「おいおい、梨花ちゃんが俺に仕えるんじゃなかったのか?」
俺は苦笑いしながらも本気で言っている事ではない。麦茶の一杯くらい入れてやる。ワインは出せないけど。
「クーラーがあるなんて羨ましいわ。私と沙都子の家にはそんな大層なものはないから」
「大層って。終戦後の復興時期じゃあるまいし……」
そんな事を思いながら梨花ちゃんを見る。服装は泊る訳ではないので私服のままだが、体中から湯気が出ていて、なんというか、色っぽい。小学五年生ならざる色気を醸し出している。それも梨花ちゃんという人間が成せる事か。
俺の視線に気付いた梨花ちゃんがニヤリと笑みを浮かべる。
「あら、どうしたの、圭一。私の方を見て」
「い、いや、なんでもないぞっ!」
いかん。声が上擦ってしまった。なんでもあると言っているようなものだ。
「ふふふ、こんな小学生に見とれるなんて圭一はイケない男の子なのです」
「う、うるせー。梨花ちゃんが妙に色気があるのが悪いんだよ」
「色気……ある、かしら?」
苦し紛れに反撃したつもりだったが、意外と効いたようだ。梨花ちゃんは目を見開き、俺に問うて来る。いや、そんな事、訊かれても困るんだけど。
「あ、あるだろ、普通に。今の梨花ちゃんは色っぽいぜ」
「そう……ありがとう、圭一」
「お、おう……」
なんだこの変な雰囲気。
「ま、まぁ、もうこんな時間だし、流石に帰った方がいいぞ、梨花ちゃん」
「そ、そうね。お言葉に甘えさせてもらう事にするわ」
「いや、今日、お世話になったのは俺だからな。ありがとう」
「どうって事はないわよ。気にしないで。罰ゲームだし、それに……」
「それに?」
俺の問い掛け。梨花ちゃんは一拍置いて、
「私のやりたかった事でもあるし」
そんな事を呟くのだった。
それから梨花ちゃんを送って行って、自宅に帰って来る。さて、俺も風呂に入って寝るか、と思った所で先ほどの懸念を思い出す。
梨花ちゃんが浸かった湯舟に浸かるんだよな……。大袈裟に考えるな。単純にお湯に浸かるだけの事だ。別にどうという事はない。一緒にプールに行った事もあっただろう。あの時も梨花ちゃんが浸かったのと同じ水に浸かっていた。それの温度が変わっているだけだ。
「何故、俺はこんなに緊張しているんだ……」
若干、不思議に思いつつ、風呂に入る俺であった。男の風呂なんて烏の行水だが、それに輪をかけていつも以上にさっさと風呂から上がった気がする。