まずい、と思った。何がまずいのかは自分でも分からない。でも、今、圭一と二人っきりで会っているこの場面を沙都子や詩音に見られるのはまずいと思ったのだ。
「け、圭一、隠れて下さいなのです!」
「え? なんで?」
私の言葉にキョトンとした顔になる圭一。彼にしてみれば何ら後ろめたい事はないのだろう。私の提案に不思議がっている。そんな圭一を無理やり、押し入れの中に押し込む。
「お、おい、梨花ちゃん!?」
圭一の抗議の声はこの際、黙殺だ。圭一を押し入れの中に押し込んだ後、沙都子と詩音を迎える。
「み、みぃ……沙都子、おかえりなのです。詩ぃ、いらっしゃいなのです」
「ただいまですわ」
「どうも梨花ちゃま」
二人は笑みを浮かべて居間(といっても玄関から入ってすぐだが)まで入って来る。そこに不審の色はない。と、とりあえず圭一がいる事は隠せたようね……。
「ところで梨花ちゃま」
「み!? な、なんなのですか、詩ぃ」
「圭ちゃん、来てますよね?」
ドキリとする。何故バレた。そう思ったが、私の慌てた様子を見て、沙都子が呆れたように言う。
「圭一さんの自転車が外にありましたし、玄関にも圭一さんの靴があって、それでよく隠せたとお思いですわね」
「み、みぃ~」
そうだった。圭一は徒歩でここまで来た訳でもなく、玄関口には靴も置いてある。隠せ通せるはずがないのだ。
「圭ちゃんは、この辺でしょうか」
そう言い、詩音は押入れを開ける。中から圭一が転がり落ちて来た。のだが。
「み! 圭一! どうしてボクのパンツを被っているのですか!?」
「わ、わたくしのものもですわ!」
「い、いや、待て! わざとじゃないぞ! 狭い押し入れに押し込められたんだから、そこに入ってるものくらい身に着くって!」
なんと圭一は私のパンツや沙都子のパンツを体に纏っていた。それに私は憤慨する思いを味わうが、確かにそれらを収納している広いとはいえない押し入れに圭一を押し込めたのは私だ。文句を言う資格はない。
「あらら~、圭ちゃんったら、とんだ変態さんですね~」
「圭一さんが変態なのは分かっていましたが……これは」
「い、いや、だからわざとじゃないって!」
圭一は必死で言い繕う。確かにわざとじゃないのは私も知っているが……。
「梨花ちゃんも何か言ってくれよ」
「みぃ……圭一はエッチなワンワンさんなのです」
「梨花ちゃん~、それは酷いんじゃないか……?」
今回の事に関しては圭一に非がないのは分かっているが、つい言ってしまう。女心は複雑なのだ。
圭一は私と沙都子のパンツを取り、押し入れに直すと気まずそうに私たちを見る。そんな圭一を詩音は咎めるような目で一瞥する。
「所で圭ちゃん。今日はお姉と一緒に図書館でお勉強のはずですよね? それが何で梨花ちゃんと二人っきりでいるんですか?」
やはり追及されるか。私が恐れていた事はこれだったのだ、と今更思い当たる。い、いや、別に圭一と二人っきりでいるからといってやましい事など何もない、はずなのだが。
詩音の声音に責めている感情を感じ取り、私は思わずビクリとしてしまう。圭一も焦りの色を顔に浮かべた。
「い、いや、魅音の奴。今日はちょっと調子が悪いみたいでな。早めに切り上げたんだ」
「それでどうして梨花ちゃまの家にやって来て、梨花ちゃまと二人っきりでいるんですか?」
「そ、それはだな……」
圭一が答えに詰まる。ここぞとばかりに詩音は追及する。
「圭ちゃん、浮気はダメですよ? 爪剥ぎの刑ですよ?」
「い、いや、浮気とか……俺と魅音はそういう関係じゃ……」
「あら、婚約者ではないのですの?」
言い淀む圭一に沙都子がさらに追撃をかける。「婚約者って……」と圭一は困ったように呟く。
「なんか村の中ではそういう扱いになっているみたいだけど、俺も魅音もそんな気はないって」
「お姉にはその気があると思いますけどねぇ……」
ジロリと詩音が圭一を見る。これはまずい。助け舟を出さないといけないだろう。そう思い私は咄嗟に口を挟む。
「そ、そうなのです! ボクも圭一に勉強を教えてもらいたくて圭一を呼んだのです!」
「梨花が、ですか?」
「は、はいなのです!」
真っ赤な嘘だが、咄嗟についたにしては上出来ではないだろうか。圭一はそんな話聞いてないという顔を一瞬、浮かべるもこの嘘に乗ってくれる事にしたようだ。
「あ、ああ、そうなんだ。梨花ちゃん。7月に入ってからちょっと成績落ちただろ? そのフォローをな……」
7月に入ってから私のテスト結果が以前ほどではなくなっているのは本当だ。それは昭和58年の6月までの勉強は嫌と言う程繰り返したものであったが、その先、7月以降の勉強に関しては全く私にとって未知の領域であったからだ。
「み、みぃ……ボクは将来的には詩ぃが前に通っていた聖ルチーア学園に行きたいと思っているのです。そのために今からでも勉強の地力を付けておく事は大事なのです」
「梨花ぁ~、そんな事、わたくしに相談もなく!」
「ご、ごめんなさいなのです、沙都子。でも、沙都子は目覚めた悟史の方に専念して欲しかったのです」
聖ルチーアに行きたいなどというのは今、思い付いた事だが、案外悪い事ではないかもしれないな、と思った。けど、それだと雛見沢を離れて圭一からも離れる事になるのか。何故、その事が気がかりになるのかは分からないが、圭一から離れるのは嫌だな。
「聖ルチーアねぇ……」
上手く話題をそらす事に成功したのか詩音が苦い顔をする。
「あそこは相当なお嬢様学校ですよ、梨花ちゃま。色々と面倒な事も多いですよ?」
「み、みぃ……それでも目指してみたいのです。出来れば沙都子も一緒に」
「わたくしもですか? まぁ、わたくしならお嬢様学校でも上手くやれると思いますけれど、梨花はどうでしょうかね」
仮に雛見沢を離れて聖ルチーア学園に行くとしたのなら沙都子も一緒がいい。それは咄嗟に思い付いた事ながら、私の本音でもあった。
「なんだそういう事情なら俺も力を貸すぞ」
圭一が言う。どこまで私の嘘で本当なのかは分かっていないだろうけど、勉強の面倒を圭一が見てくれるというのはありがたい事だと思う。が、そこに詩音が釘を刺す。
「ダメですよ、圭ちゃん。圭ちゃんはお姉の高校受験の面倒を見ないといけないんですから。二兎を追う者は一兎をも得ず、どっちつかずになっちゃいますよ」
「あ、ああ……それもそうなんだが……」
その通りだ。今、圭一が最優先する事は魅音の高校受験の面倒を見る事。それは分かっている。分かっているのだが、私の胸は痛みを覚える。
圭一は気まずそうに頭を掻き、その末に口を開く。
「こんな事言うのもなんだが、魅音は今まで勉強をサボって来たツケが貯まりに貯まってしまってるみたいでな……本気で高校進学を目指すなら俺なんかじゃなく本職の家庭教師を付けた方がいいんじゃないかと思っているんだ」
「圭ちゃん、お姉を見捨てるんですか?」
「そういう訳じゃないけど、俺なんかよりそっちの方が魅音のためになると思っての事だ」
家庭教師か。園崎の財力なら一人の家庭教師どころか、一科目ごとにそれぞれ一人付けるくらいは余裕だろう。それも飛びっきりの一流家庭教師を付ける事が出来るだろう。確かに雛見沢に来る前は進学校に通っていたとはいえ、魅音より一学年下の圭一が面倒を見るよりは望ましい環境で勉学に励める気はする。
「……確かにそうかもしれませんが、お姉は圭ちゃんに教えてもらいたいと思っていると思いますよ」
「……それは分かっている」
真顔になった詩音に圭一も真剣な表情で応える。どうやら私たちが首を突っ込んでいい事でもないようだ。沙都子もそれを察してか先ほどから黙っている。
圭一と魅音の関係、か。難しい問題だな、と思う。でも、出来れば……。
(出来れば何だと言うのよ、私)
自分で考えた先が分からなくなってしまい私は内心舌打ちする。結局、その日はそれでお開きになり、圭一も詩音も帰って行った。
私は自分の胸の中が理解出来ず、困惑するのであった。