その日、私はかねてより思っていた事を実行に移そうとしていた。
朝から出かける準備をしている私を沙都子が怪訝そうな目で見るが気にしてはいられない。
「梨花~、どこかへ出かけられるんですの~?」
「みぃ~、ちょっと行って来るのです、にぱー」
沙都子は首を傾げたが、自分も悟史のお見舞いに行く身だ。ちょくちょく留守にしている自分が言えた話ではないかと思ったようでそれ以上が突っ込んでこず、沙都子は悟史のお見舞いに出て行った。
私は一人、お昼間近の時間を見計らうと家から出て自転車である場所に向かう。
ある場所、それは圭一の家だ。
今日、私はいわばデートというものを圭一とやってみようと思っている。事前にいつも世話になっている礼としてお昼ご飯でも食べに行かないかと圭一を誘ってある。
鈍感な圭一はデートなんて事は露ほども思わず、笑顔で了承してくれた。その鈍感さにある意味救われている所があるのも事実なのだが、もう少しどうにかならないかと思う。
やはり私の外見ではそういう事は連想し辛いのだろうか。むぅ。部活の罰ゲームでスク水だの体操服だのを着てやった時は興奮している癖に。アレは部活という特殊環境下でのノリだと言うのか。
そんな事を思いながら砂利道を自転車で走り、圭一の家、前原屋敷に到着する。チャイムを押すと中から圭一の母親が出迎えてくれた。
「あら、梨花ちゃん」
「こんにちはなのです」
圭一の母親はおっとりしていて、優しそうな人だ。私の母親は(私が言う事をあまり聞かなかったりしたせいもあるが)少し神経質な方だったので純朴そうな母親で少し羨ましく思う。
「ふふふ、圭一をオトしに来たのね。今は圭一はフリーだから、チャンスよ」
「み、みぃ……そういう訳では……」
ない事もないかもしれないのだが。女は何歳になっても恋バナが好きなのだろうか。後押ししてくれるのは素直にありがたいと思うが。
「おお、梨花ちゃん。来てくれたか」
圭一が姿を見せる。これから二人で興宮に行って昼食を食べるという事になっている。エンジェルモートじゃなくて別の店でね。エンジェルモートが嫌いな訳じゃないけど、もっと大人のデートというヤツをしたいのだ。エンジェルモートだとバイトしている詩音に遭ってしまう可能性もあるし。
「それじゃ、行こうか。興宮だな」
「みぃ。お店の下準備は出来ているのです」
「圭一。しっかりやりなさいよ」
「何がだよ、お袋」
母親からの言葉に圭一は首を傾げつつ、私と一緒に自転車をこいで興宮までの道を行く。砂利道が舗装された道に変わり、露骨に建物が多くなってくる。
「今日は私がおごってあげるわ、圭一」
二人きりなので遠慮なく、私は素の口調で圭一と話す。本来、デートならば男性がお金を出すのが基本なのかもしれないが、そこは勘弁してやろう。
「それはありがたいな。今月、小遣いが厳しくて……」
「無駄遣いするからよ。もっと計画的にお金は使わないと」
そう。今日のために節約してお金を抽出した私のように。沙都子が被検体になる事で入江から私と沙都子に支払われるお金は今でも引き続き払われている。あまり贅沢出来る程、潤沢に貰っている訳ではないが、たまに贅沢を楽しむ程度にはある。
あらかじめ興宮にあるレストランの一軒に入る。魅音から聞いて調べておいたお店だ。こういう事も自宅で簡単に調べられればいいのだが、そんな便利な世の中ではない。
一応、魅音からお墨付きをもらっている店なので不味くはないと思う。何のために調べているのかは魅音に勘繰られてしまったが。
「おお、なかなか美味そうな店だな。……でも、いいのか?」
「なにがいいの?」
「それなりの値段はしそうなんだが……やっぱり俺も金出した方が……」
「今日は私が普段のお礼を圭一にするんだから素直に私におごられておきなさい。ま、甲斐性なしの自覚があるのならまた今度おごり返してくれればいいわ」
言い切って少し顔が赤くなっていないか心配になる。また今度。今回に限らず、また圭一と食事に行く約束を言外に取り付けた形になる。
「ああ。悪いな」
その意図に圭一は気付いているのかいないのか。いつもの笑顔で応じる。そして、二人してお店の中に入り、メニュー表を見る。
ハンバーグをメインにしたレストランのようだ。お高いサーロインステーキもメニューにあるが、これを頼まれるのは少し懐が痛むわね……。おごるつもりでいて何だけど。
そこは圭一も察したのかそこまで高価なものではないハンバーグセットを頼んだ。私も同じものにする。飲み物も付いて来るとの事だが、私はメロンソーダ。圭一はアイスコーヒーだ。
「ちょっと意外だな」
「……何がよ?」
圭一が私に声をかけて来る。
「いや、梨花ちゃんの事だから飲み物はコーヒーでも頼むのかと」
「コーヒーは苦いから嫌よ」
「はは、まだまだ子供だな」
むぅ、デリカシーのない……。私は精神は大人でも体は子供のままだから仕方がないのだ、と誰に向ける事もなく心の中で言い訳。
「そういう圭一だってどうせミルクと砂糖を入れて飲むんでしょう」
「それもそうだが」
「威張れるものじゃないわよ、それじゃあ」
ここで無理に大人ぶってブラックのコーヒーを飲んだりしないあたりは素直で好感が持てるが。私も無理してブラックのコーヒーを飲んだりはしない。でも、その方が大人っぽく見えて、圭一的には好感度アップなのかしら? でも苦いのは嫌だし……。
「私を子供扱いするなら今度、飲み比べでもする?」
「なんの?」
「勿論、ワインのよ」
自信満々で私が言うと圭一は苦い顔になる。
「未成年。しかも小学生がアルコールを飲んじゃダメだろ」
「羽入にも止められていたんだけれどね。美味しいのよ」
「美味しくても飲んじゃいけません」
教師のような口調で圭一は言い切る。妙な所で真面目で堅物な……。普段は散々おちゃらけている癖に。
「圭一だって6月に園崎家の宴会騒ぎに参加した時にお酒飲まされたんじゃないの?」
「い、いや、飲んでないぞ! 確かに飲まされそうにはなったが、なんとか断った!」
「本当に?」
「本当だって」
そんな事を話している間に料理が運ばれて来る。とりあえず見た目は合格点ね。お店を出しているのだから当たり前だけど、私が家で作るハンバーグよりは美味しそうだわ。
「おお、美味そうだな」
「それじゃあ、いただきましょうか」
二人していただきますをしてフォークとナイフを手に取り、ハンバーグに取り掛かる。フォークとナイフで食べるなんてなんだか本格派ね、と家でハンバーグを作ってもお箸で食べる私は思ってしまう。
「うむ、美味いな」
満足げに圭一が舌鼓を打つ。私としても味には文句がない。
「この店も園崎系列なのかな?」
そんな中、圭一がふと疑問に思ったように呟く。それに関しては私も魅音から話を聞いていたのだけど。
「興宮のお店は園崎系列が多いけど、このレストランは違うらしいわよ」
「へぇ、珍しい」
「園崎系列の店の中じゃ下手な事も出来ないからね」
意図的に避けたのだ。それでもどこに園崎の目や耳があるのか分からないのが、この辺りの怖い所なのだが。そりゃあ、大石もオヤシロ様の祟り、園崎黒幕説を信じ込んじゃうわよね。そんな環境じゃあ。警察官という立場上、園崎組とやり合う事も多かったんだろうし。
とりあえずまずは食事には満足。約束通り、私がおごる。圭一は最後まで遠慮していたが。
まだまだ今日は始まったばかりよ。これから存分に楽しむんだから。