「ふぅ、ご馳走になっちまったな」
レストランを出て、圭一は満腹、満腹と言いたげに自分の腹を撫でた。男子はよくやる動作だが、正直、あまり上品ではない。圭一に上品さなんて水と油なのは分かっているけれど。
「悪いな。お金出してもらって」
「出世払いで返してくれればそれでいいわ」
「ははは、出世払いって……」
私の言葉に圭一は苦笑いする。圭一ならそれなりに大物になれそうな気はするんだけどね。なんだかんだで妙なカリスマ性みたいなのは持っていると思うし、口先も達者だ。繰り返す世界では所々で頭の悪い所は見せているとはいえ、根本的に頭の回転はいい方だとも思うし、それなりの企業に就職出来れば結構いい所までいけるのではないだろうか。
「さて、これからどうするかだな……」
「ブラついて回るというのが定番だけど、この暑い中じゃね」
「そうだなぁ」
デートの定番はお店を見たりしながら、あちこちうろつくというものだが、それにしてはこの暑さは厳しい。レストランから出て速攻でこんな事を思うのも何だが、喫茶店にでも入って休みたい。普段クーラーの冷気というものを浴びる機会が少ない人間にとってあの心地良さはやみつきになるものがある。
そんな事を思っていると。
「お、おお! K!」
いきなり声がかかった。振り返ってみればそこには坊主頭の男子高校生の姿。この男は確か。
「おお、亀田くんか。奇遇だな」
「Kの方こそ! こんな所で」
笑みを浮かべる圭一に、同じく快活な笑みを返す男子高校生……亀田幸一。
私とはあまり親しい仲ではないが、全く知らない相手という訳ではない。興宮の県立大島高校に通う野球部員であり、同野球部ではエースを務める。こんな片田舎の野球部にいるとは思えないくらい実力はあるらしく、プロのスカウトの目にも止まっているという。
硬派なキャラを演じてはいるが、その実態は萌えを愛する圭一に負けず劣らずの変態で実はエンジェルモートの常連でもある。
彼が圭一の口先の魔術にかかってしまい、圭一の事をKと呼び崇拝するようになるのは多くの世界で起こる事であったが、この世界でもそうであるようだ。
「Kはデートか! 羨ましいな!」
野球部らしい快活さでそう言われ、私はビクリとする。デート、デート。そう見られたのか。だとすれば嬉しい。
「いや、デートなんかじゃないって」
否定しないでよ、圭一! 全く悪気の無い顔でさらりとデートを否定し、圭一は亀田に喋り始める。
「この子は梨花ちゃんって言って、村で俺がお世話になったり、俺が世話したりしている子なんだ。普段のお礼って事で一緒に食事に行って来た所なんだよ」
「デートじゃないっすか、K!」
亀田、ナイス。あんたの萌え趣味は理解出来ないけど、なんだかいい感じに私をサポートしてくれているじゃない。
「いやぁ、だからデートなんかじゃないって」
尚も否定する圭一。相変わらずのデリカシーの無さを発揮している。ちょっとは察しなさいよ、あんた。そんなんだから恋愛沙汰でも惨劇の要因を作っちゃうのよ。
「亀田くんは今日は部活休み?」
「そうっすね。これからエンジェルモートに行こうかと」
「へぇ、それはいいな」
待て、圭一。まさか、俺たちも一緒に付いて行くぜ、なんて言わないわよね? いくらなんでもそこまで空気読めなくないわよね? 魅音じゃないんだから。
「……という訳で積もる話もありますが、これで失礼するっす」
「ああ。たっぷりエンジェルモートのスイーツを堪能して来い!」
「言われるまでもないっす!」
そうして、圭一に見送られるまま亀田は去って行った。……とりあえず一緒に行くなんて話にならなくて良かった。
「悪いな、梨花ちゃん。亀田くんとは盟友の仲で……」
「それは分かっているのですが、ボクを放っておくなんて、デート中にする事ではないのです」
あえてにぱにぱ口調で不満を表してやる。圭一はまた不思議そうな顔をする。
「だからデートじゃないだろ」
「その鈍感さも許し難いのです」
腹が立つからしばらくこの口調でいてやろうか。私がこれだけアピールしているのにどれだけ鈍感なのよ。この男は。
考えれば100年の世界の仲で圭一が本格的に部活メンバーの誰かと恋仲になった事はなかったわね。レナとか魅音とか一歩寸前まで行った事はあったけれど。圭一が雛見沢にやって来てから一か月そこいらで惨劇が起こっていたからとはいえ、根本的に恋愛沙汰には疎い男なのだろう。
「まぁ、とりあえず、エンジェルモートには行かずとも俺たちもあちこち見て回ろうぜ」
「そうね。私たちも楽しまないと」
とりあえず正答を圭一が言ったので口調は元に戻してあげる事にする。このクソ暑い中、外を出歩くというのもあまり気が進まない事なのだが。
冬になったらまた圭一とこうやって町に繰り出すのも悪くないかもしれないわね。お互いジャンパーやコートを着て、寒いから二人の手を一緒にポケットに入れたりとか……悪くない。うーん、私も意外と乙女趣味なのかもしれない。
「そういえば圭一は夏の雛見沢しか知らないのね」
「それもそうだな。これまでの世界は昭和58年の6月で雛見沢は終わっていたみたいだしなぁ」
「例外もあったみたいだけどね」
よくよく考えてみれば私が詩音に殺された世界などは私の死後、つまり女王感染者の死後も、雛見沢に何も起こらない事が確認出来る訳だから鷹野たちの手に寄る大虐殺は起こらない気がする。そういう世界では鷹野としては発狂ものだったのだろうが。
「うーん。そういう世界でも俺は雛見沢を離れてしまっていた気がするな。冬の雛見沢って全く記憶に欠片もないんだ」
「そうなの? それなら正真正銘、今年の冬は圭一にとって初の冬の雛見沢になる訳ね」
「そうなるな。楽しみだぜ」
100年越しにやっと見られる冬の雛見沢か。圭一はかつての世界の記憶を全て思い出した訳じゃないみたいだけど、何が感慨深いものはあるかもしれないわね。
「楽しみとも言ってられないわよ。雛見沢の雪は積もるんだから。圭一も男なんだから屋根に昇って雪かきして貰わないと」
「それは話に聞いているなぁ。それが務まるように体を鍛えておかないとなぁ」
「今の圭一がやったら筋肉痛でぶっ倒れそうね」
「反論出来ん……悔しい事に」
雛見沢に来て、外で遊ぶ事が多くなって大分、アウトドア派になっているとはいえ、元が元だ。そうそう体力も筋肉も身に着くものではないだろう。
「雪かきは大変だけど、白く彩られた雛見沢はなかなか綺麗なものよ。それは楽しみにしていいけどね」
「そうなのか。なら、楽しみに冬を待ちますかね」
脅すばかりでも何なので私が笑みと共に告げると、圭一は期待に目を輝かせた。実際、冬場の雛見沢はなかなかの見ものなのだ。
「そうね……冬を普通に迎えられる事が出来る。幸せな事ね……」
羽入の力がまだあって、死んでも数年間、昔まで戻れた時期は冬を経験する事も出来たが、羽入の力が尽きかけてからは一か月かそこいら前までしか戻れなかったから私にとっても冬の雛見沢というものは久しぶりだ。
それを無事に迎えられるのも隣にいる鈍感男のおかげか。
「圭一」
「ん、なんだ、梨花ちゃん?」
「……ありがとね」
ポツリと感謝の言葉を述べる。なんだかんだで圭一は村にとっても、私にとっても、救世主であるのだ。
いきなりの言葉に圭一は照れ臭そうにする。
「なんだよ、いきなり……ま、いいけど」
相変わらずよく分かっていないようだけど、この繰り返す世界で圭一にどれだけ希望を与えられてきたかは分からない。圭一が雛見沢にやって来ない世界は、やはり最悪の世界だったわね……。