翌日。私は沙都子に付き添い、入江診療所にやって来た。表向きは悟史の見舞いだが、それとは別の狙いもあった。それを入江に話す。
「な、なんと、前原さんを悩殺する格好がしたい、と!?」
入江は仰天した顔で言う。沙都子と詩音は悟史の病室に行ってしまっている。声が大きい、と私は思う。
「べ、別に悩殺したい訳じゃないのです。ただ、圭一を喜ばせたいのです」
「ふふふ……」
「入江?」
不気味な笑みを浮かべた入江を不審に思い、私は声をかける。すると入江は大きく哄笑した。
「ふっふっふ、あーっはっはっはっは! これぞ人の夢! 人の望み! 人の業!」
「い、入江……?」
「前原さんを悩殺するとあれば手は一つしかありません! これが人が数多持つ予言の日ですか!」
なんだか眼鏡が曇ってその奥が見えない。圭一がこの場にいたら「そんな事!」とか「それでも!」とか反論しそうな勢いで入江は続ける。そんな竜騎兵(ドラグーン)を多数従えていそうな入江にはなるべく構わず言葉を続ける。
「あのですね、入江。ボクは本気で言っているのです」
「ふふふ、分かっていますよ。こちらにいらっしゃい。打ってつけの衣装があります」
入江が言う打ってつけの衣装、ね。大体の想像は付くが、私は入江に続いて入江診療所の地下のスペースを進む。以前は富竹や山狗といった自衛隊員たちとの会議室だったり、匿われている悟史の存在の秘匿のために自由に入れるスペースではなかったが、全てが終わった後の今では私でも出入り出来る場所になっていた。そうして、開かれた部屋。そこには案の定、メイド服が並んでいた。
「このメイドマスター、入江。このような日が来る事を想定して様々なサイズのメイド服を用意しておきました。これを来て前原さんにやさし~く、メイドとして接待してあげれば前原さんはメロメロですよ」
「分かってはいたけど、やっぱりメイド服なのね……」
思わず素が出てしまった。相談を持ち掛ける相手を間違えたかと思うが、レナとかに相談して一張羅を用意する手伝いをしてもらっても鈍感な圭一には通用しない気がするし。これくらいの劇薬的衣装の方がいいのかもしれない。
「ボクのサイズに合うメイド服はありますか?」
「勿論です! 沙都子ちゃんに着せるため……ごほんごほん。小学生用のサイズのメイド服も用意してあります」
前半は聞かなかった事にしておいてやろう。本当にこの診療所に沙都子を通わせておいて大丈夫なのかと不安がよぎるが、こう見えて私の両親が亡くなった後、私と沙都子はこの男の援助で生活をして来たのだ。その間、変に沙都子に手を出す真似はしなかった。その真摯な気持ちを信じてあげようと思う。
「さ~て、どんなメイド服がお望みですか? フリフリのフリルが付いたタイプでしょうか? それとも無難に纏めたタイプでしょうか?」
ノリノリでメイド服を取り出し吟味する入江にやはり危険な匂いを感じつつも私は手渡されるメイド服を見ていく。圭一はどのメイド服なら喜んでくれるだろう。媚びっ媚びに可愛いものがいいのか、それとも控え目な方がいいのか。その好みが分からない。何故、私は圭一の好みを想像しているのだろうと少し疑問に思いつつも。
媚びに媚びた可愛い服はあまり効果がない気がするな……。私はいつもの部活の罰ゲームを思い出しながらそんな事をふと思う。こう見えて圭一にはもうスクール水着からエンジェルモートの制服まで披露した身であるのだ。それを思えば今更、メイド服程度でどうこう出来るという気はしない。ここは控え目に纏めて、純粋な私の可愛らしさで勝負するのがいいのではないか。
そんな事を思っていると、「梨花~、何をしていらっしゃいますの~」という声と共に沙都子が部屋に入って来る。そして絶句した。
「か、監督……これは一体?」
「これが人ですよ、沙都子ちゃん。人は誰しもメイド服に憧れるものなのです」
「いや、意味が分かりませんわ」
沙都子が不信感全開で入江を見るが、入江は気にした様子を見せない。それどころかこんな提案までする。
「ああ、そうだ。沙都子ちゃんもメイド服を着て、一緒に前原さんを接待してあげてはどうですか? 二人がかりでなら前原さんはいやKは確実に落とせますよ」
「圭一を、落とせる……」
その言葉に魅力的な響きを感じ取ってしまい、私は思わずオウム返しにする。入江はさらに眼鏡を煌めかせて続ける。
「前原さんのハートを狙うにはそれしかありません」
「い、いや、監督は何を仰っているのですの? 梨花からも何か言ってやってくださいまし」
「み、みぃ……これはボクが相談した事ですから……」
「はぁ!? 勝手に監督が梨花にメイド服を着せようとしてるのではなくて!?」
沙都子は驚きの表情を浮かべる。その言葉に入江は少しへこんで言う。
「沙都子ちゃん……私の事を何だと……」
「変態さんでしょう?」
「みぃ、入江はとんだ変態なのです」
「うう……そのように扱われても二人のためになるのなら、この入江、本望です」
そもそも私は何故、圭一のためにメイド服を着る流れになっているのだろう。自分で言い出した事が切っ掛けとはいえなんだか分からなくなって来た。
「とにかく梨花。このような監督の趣味に付き合う必要はありませんわ。にぃにぃの所に一緒に行きましょう」
「い、いや、その、沙都子……ボクとしてはメイド服を着るのも悪くはないと思いますのです……」
「何を仰っていらっしゃるんですの」
「そもそもいつもの部活の罰ゲームでこれより過激な衣装を着ているではないですか」
そう言われると言い返せないのか沙都子がウっと言葉に詰まる。
「なんですの……梨花は圭一さんに監督の言う所のご奉仕がしたいんですの?」
「そ、それは、そういう訳では、ありませんけど……」
「それなら別にメイド服を着る必要もありませんわよ」
そうなのだが。これを着て圭一と接すれば圭一は喜んでくれるかもしれない。そう思うとちょっとこのまま入江を捨ててこの部屋から出て行く事には躊躇いが残る。
「大丈夫です。お二人がメイド服を着れば、必ず前原さんはメロメロになりますよ!」
「全く、監督はまだそんな事を言って……」
入江が復活し、また語り出すが、沙都子は呆れたため息を吐く。とはいえ、私としては聞き捨てならない言葉でもあった。
「み、みぃ……沙都子さえ良ければ一緒にメイド服を着て、圭一にご奉仕して欲しいのです」
「はぁ!? 正気ですの、梨花?」
「しょ、正気も正気なのです……」
でも、やっぱり一人でメイド服でご奉仕は恥ずかしいから私は沙都子を巻き込む事にする。私の言葉に沙都子は仰天した様子であったが、やれやれと息を吐く。
「仕方がありませんわね……梨花にはわたくしがにぃにぃの所に付きっ切りになってしばらく構ってあげられておりませんし、圭一さんにも日頃から世話になっておりますし、付き合ってさしあげますわ」
「ありがとうなのです、沙都子!」
私は思わず沙都子に抱き着く。沙都子が「り、梨花~、いきなり抱き着かないでください」ともがくが、しっかりとその体を抱きしめる。今更ながらこういうじゃれつきが自然に出来るのも相当恵まれている事なのよね。沙都子とはいつまでも親友の仲でいたいものだわ。
「ふふふ、お二人の気持ちはよ~く、分かりました。この入江。お二人のために一肌でも二肌でも脱ぐ事にしましょう!」
入江もなんだかテンション高くなっているし。やはり自分で言い出した事ながら、私たちがメイド服で圭一にご奉仕する事は確定のようだ。どうしてこうなったんだろう、という思いを抱かない事もないが。
(これで圭一は喜んでくれるのかしら? くれるわよね。この私がメイド服に着替えてご奉仕してあげるんだから……)
その時の事を考えると少し胸が熱くなる自分に私は気付かないふりをした。