夏休みも残り少なくなって来たとある日の事。
俺、前原圭一が正午に近い時間になって起きて家の居間に行くとレナが来ていた。お袋と一緒に食事を作っているようだ。
この匂いは、カレーだな。
元はレナがおすそ分けか何かで来て、そのまま一緒に料理をって流れかな。お袋と仲の良いレナらしい。
親父の姿が見当たらず、仕事場にいるのかとも思ったが、そういえば今日は出かけるとか言っていたっけ。。
「あら、圭一。起きていたのね。もうお昼よ。いくら夏休みだからってだらしなさすぎない?」
「圭一くん、おはよう。こんにちは、かな? かな?」
「うっせよー、お袋。レナ、おはよう。なんか悪いな」
いきなり小言を言って来るお袋に言い返してからレナに挨拶する。料理をしてくれている事への感謝もだが、レナだけが村とのお袋の接点なのだからその点でも感謝したい所だ。お袋もこの雛見沢でレナ以外の村人とも接点を持った方がいいと思うのだが。
親父はまだ絵のモチーフを探しに行ったりで村を回ったりしているので少しは村人たちと接点のある方だ。田舎の風景は絵の題材としてもなかなかいいものらしい。俺は画家でもなければ、富竹さんのようにカメラで撮影をする訳でもないのでよく分からないが。
「いいんだよ、圭一くん。これくらいはね」
「ああ。レナはいいお嫁さんになれるよ」
何気なく言った言葉だが、レナは頬を赤らめる。お袋が露骨にニヤニヤした。
「あら、圭一。梨花ちゃんだけじゃなくレナちゃんにも手を出すの?」
「だ、出さねーよ。ってかなんで梨花ちゃんの名前がそこで上がるんだ」
俺と梨花ちゃんはそういう関係ではないはずだ。何となく一緒に過ごす時間が増えている事は自覚するが、それもあの6月の戦いの事や羽入の事、ここではない別の世界の事などを全て知っているのが、梨花ちゃん以外では俺しかいないという事情もあっての事で二心はない。
「そういや、レナに訊きたい事があるんだ」
「私に? 何かな、圭一くん」
「ああ、『今日は月が綺麗』ってどういう意味だ?」
瞬間、レナの顔が真っ赤になった。瞬間沸騰だ。お袋はさらにニヤニヤとした笑みを深める。
「け、け、圭一くん!!」
「うおっ、なんだ?」
いきなり大声を出され俺はビビッてしまう。真っ赤な顔といい、なんだと言うのだ。
「そ、その言葉をどこで聞いたのかな? かな?」
「え、えーっと……」
なんだか、凄い勢いで詰め寄られる。そんなに凄い言葉なのか?
「り、梨花ちゃんからだけど……」
「梨花ちゃんかぁ……なるほどねぇ……」
驚いたようでいて、どこか納得したようなレナの面持ち。興奮した様子も収まったようだ。本当に何だと言うんだろう。
「……で、どういう意味なんだ? そんな反応するって事はレナは知っているんだろう?」
「はうぅ……知っているには、知っているけど、圭一くんが知らないならレナが勝手に教える訳にはいかないかな。それにしても梨花ちゃんも大胆だねぇ……」
「隅に置けないでしょ、ウチの圭一も」
よく分からない事をレナが言い、お袋がやはりからかうように笑う。
どうやらレナは意味を知っているようだが、俺には教えてくれないらしい。勝手に教える訳にはいかないってどういう事なんだろう。
「レナちゃんも頑張らないと。梨花ちゃんに先を越されちゃうわよ」
「が、頑張るだなんて。レナは圭一くんとそういう仲じゃ……」
なんだか恋バナっぽい雰囲気でレナとお袋は話し出す。さっきの話題からどうしてそこに繋がるんだ。まるで分からない。
そう思っていると家のチャイムが鳴った。
「圭一、私たち手が離せないから」
「分かっているよ。俺が出る」
流石に料理をしている二人に行かせて、俺自身はソファに転がっているなどという程、俺もろくでなしではない。怠惰の傾向があるのは自分でも認めるが。
玄関を開けると、そこにいたのは。
「圭一。おはようなのです」
「梨花ちゃん。おはよう。どうしたんだ、こんな時間に」
まだ朝とも昼とも言えるようなこんな時間に梨花ちゃんが我が家までやって来るとは。少し驚きつつも中に通す。
「今日は圭一にご飯を作ってあげようと思ったのよ」
「そうなのか。でも、それじゃあ、悪いな。せっかくの厚意だけど遅かったみたいだ」
「遅かった?」
訝しげな顔をして、梨花ちゃんが玄関を見る。そこに置かれている靴を見て察したようだった。察しの悪い俺とは違う。すぐに理解したのだろう。
「……そう。もうレナが作っちゃってるのね」
「ま、まぁ、そういう事だな。でも、せっかくだから梨花ちゃんも一緒に食べていけよ」
「……まぁ、ここまで来て帰るのも何だしね。お邪魔するわよ」
そうして、俺と梨花ちゃんが居間と台所の方に戻る。
「みぃ~。レナ。圭一のお母さん。おはようございますなのです」
「梨花ちゃん? 梨花ちゃんも来たんだ……」
「あらあら、噂をすれば影ね。いらっしゃい、梨花ちゃん」
驚いた様子のレナと楽し気な様子のお袋。なんだかよく分からない雰囲気だ。
「梨花ちゃんも料理を作りに来てくれたみたいなんだけど、もうレナが作っているからな。わざわざ来てもらって追い返すのもなんだったんで一緒に食事したいんだけど、いいよな?」
「勿論だよ、圭一くん、梨花ちゃん」
「カレーだから一人増えても充分、量はあるわ」
「カレーなのですか。楽しみなのです」
レナとお袋の前なので、俺の前で見せる大人びた態度ではなく、子供っぽい態度で接する梨花ちゃん。
俺の前ではあの大人びた態度でいる事が多くなったから、なんだか不思議な感じだ。元々、梨花ちゃんと言えばこっちの梨花ちゃんだったのだが、百年に近い時を過ごして来たというからには大人びている方が本来の梨花ちゃんなんだろうな。
「レナちゃん。梨花ちゃんに負けないようにここでアピールよ!」
「ふぇっ!?」
「み、みぃ……何を言い出すのですか……圭一のお母さんは」
全くだ、と俺は梨花ちゃんに同意する。お袋の奴め。変な考えしやがって。レナと梨花ちゃんが困っているだろう。ここは注意するのも家族の役目か。
「おいおい、お袋。レナも梨花ちゃんも俺にそんな気がある訳ないだろう。二人を困らせるなって」
そう言うと睨むような目で梨花ちゃんに見られた。レナも何か言いたそうだ。
「な、なんだ……」
「圭一。鈍いのもいい加減にね。あんたの方こそ二人を困らせないように。こんなに可愛い娘たちなんだから」
何故か悟った様子のお袋。本当になんだというんだ。
「二人共。ウチの圭一なんて、二人には釣り合わないような売れ残りの大安売り特売品だけど、よろしくね」
「い、いえっ。そんな事ないですっ」
「圭一が特売品だと言う事はないのですよ。ボクたちにとっては」
なんだかお袋が俺をボロクソに言ったのを二人が庇ってくれているようだが、よく分からない。母親が息子の事をそんな風に言うのはないんじゃないのか。
「圭一は最高級黒毛和牛なのですよ、にぱー」
「肉にたとえられてもなんか微妙な気分だな……」
梨花ちゃんが俺を褒めてくれているのは分かるが、食品にたとえるのはやめて欲しい。
「そうだね、梨花ちゃん。圭一くんは黒毛和牛だよ」
「レナまでやめろって。肉は。俺の事、取って食うつもりか?」
流石に二人がかりで肉へのたとえは勘弁して欲しい。褒めてくれているん、だよな……?
「ボクたちの方が圭一に取って食われちゃうかもしれないのです。圭一のオットセイで」
「は、はうぅぅ……圭一くん。酷いよぉっ」
「待て! レナパンの構えは止せ、レナ! 俺は何も言っていない!」
なんだか分からないが今日の朝飯兼昼飯は賑やかな事になりそうなのであった。