レナとお袋の手によるカレーが出来上がったので早速、みんなで食べる事にした。話しながら食べるのは行儀が良くないのだろうが、わざわざ俺の家まで来て食事するレナと梨花ちゃんは色々と話したい事があるようだった。
「それにしても圭一の家は広々としていて羨ましいのです」
「俺はそんな気はしないんだけどなぁ。なんたって、自分の家なのに自由に見て回らせてもらえないし」
「え? そうなんだ。圭一くん」
「ああ、親父の仕事場……アトリエとかな」
そうなのだ。この家は雛見沢の村人たちには前原屋敷とか呼ばれているらしいが、俺はその住人にも関わらず家の中を自由に見た事がない。玄関と居間と台所、トイレに風呂に自分の部屋といった生活に必要な所だけで親父の仕事場などには立ち入り禁止だ。
「親父がどんな絵を描いているのか俺は知らないんだよな」
絵描きという職業を自称している事も怪しく思えて来るくらいには。
とはいえ、他の仕事をしているような様子もないし、お袋も働いている訳じゃないのにかつての俺の罪、モデルガンでの傷害事件の際には被害者の人たちに慰謝料を払ってくれた上にその後、この雛見沢の土地を買って(勿論、都会の相場に比べれば安かっただろうが)、先に言ったように前原屋敷と言われるくらいに立派な家も買い引っ越して来たりしているのだから、人並み以上には絵で稼げているのは事実だろうけど。
「圭一くんのお父さんの絵か~。気になるね~」
「ボクもなのです」
「そこんとこどうなんだ、お袋?」
俺はお袋の方に水を向けるがお袋は意味ありげに笑う。
「まぁ、熱狂的なファンが大勢いるのよ。お父さんには」
「ホントか~?」
絵画の世界になど詳しくはないが、前原画伯などと言った言葉はニュースなどでも聞いた事がない。分野を問わずクリエイターなんてよっぽどのレベルにならないと、その道に詳しくなければ一般には名前を知られないものかもしれないが。
「ホントに立派な家で羨ましいのです。ボクと沙都子のボロ屋なんて圭一の家と比べれば吹けば飛んでしまうようなものなのです」
梨花ちゃんがしみじみと言う。
梨花ちゃんが沙都子と一緒に古手神社の外れにあるボロ小屋に住んでいる事には複雑な理由があるという事は聞いている。その内容までは流石に知らないが、古手神社内にある立派な古手家の家や沙都子の実家の北条家の家に住まず、あんなボロ屋に住むからにはそれなりの理由があるのだろう。
それを考えれば下手にその事に触れるのも無神経かと思ってしまうのだが、梨花ちゃん自身がこう言って気にしていないようならば変に配慮したりする方が気にされてしまうかもしれない、と俺は口を開く。
「まぁ、あのボロ屋じゃな……」
「梨花ちゃんと沙都子ちゃんだけでも狭いよね~」
俺の相槌に合わせて、レナも口を開く。とりあえず、地雷を踏む、と言う事はなかったようだ。
「もしかしたら沙都子は悟史が退院したら一緒に北条家の方に住むようになるかもしれないのです」
「それもそうか……悟史まであそこに住む訳にはいかないからな」
悟史と沙都子は兄妹だからいいとして、梨花ちゃんとはいくら仲が良くても血縁関係もない異性だ。いかに小学生とはいえ、一緒に暮らすのはマズいだろう。特にあの狭い家では。
「そうしたら梨花ちゃんはどうするの?」
「まだ分からないのです、レナ。喜一郎の家か古手の家に住もうとも思うのですが、今はまだ決められないのです」
レナの問い掛けに悩ましげな顔を見せる梨花ちゃん。また複雑な所だろう。今は梨花ちゃんの公的な保護者になっているらしい村長さんの家なら梨花ちゃんを歓迎してくれるだろうが、村長さんにも家族がいるし、そこにいきなり梨花ちゃんが住むというのは気まずい所もあるだろう。
古手家の本来の家に戻るというのも、広い家に梨花ちゃんが一人だけで住むのは少し心配だし、ご両親との事を思い出してしまって辛い場所かもしれない。
「ふぅん……それなら梨花ちゃん。ウチに来る? 私は大歓迎よ」
そんな中、お袋がとんでもない事を言い出す。俺は食べていたカレーを噴き出しかけた。
「み、みぃっ!? 何を言うのですか、圭一のお母さん」
「いやぁ、わりと本気なんだけどね。行く宛てがないのならウチが止まり木にはなるわよ。部屋も余っているし」
「そういう訳にもいかないだろ、お袋」
梨花ちゃんだけではなく、俺も慌ててお袋に抗弁する。
「レナもなんとか言ってやってくれ」
「う~ん。梨花ちゃんが圭一くんと一緒に暮らすの? それは梨花ちゃんとしては嬉しいかもねぇ……」
「みぃっ!? レ、レレレ、レナ! 何を言うのです!」
何故かレナまで火に油を注ぐような事を言う始末。とんでもない。梨花ちゃんと一緒に暮らすなんて。そんな事は……。
「でしょでしょ、レナちゃん。私もお父さんも圭一も歓迎よ、梨花ちゃん」
「いや、親父はともかく俺まで同意しているかのように言うなって」
さらにお袋は調子に乗ってそんな事を言う。
そうだ。親父もいるんだよな。常日頃からレナや梨花ちゃんといった美少女を絵のモデルにしたいとか言っている親父がいるのに梨花ちゃんをこの家に住ませるなんて事はやはり絶対にダメだ。危険過ぎる。親父は犯罪に手を染める事はないとは思うが、まさかのヌードモデルになる事なんかを求めだしたりするかもしれない。
とか思っていたら梨花ちゃんが俺の方に視線を向けている。
「け、圭一も、私がいると嬉しい、かしら……?」
梨花ちゃん、動揺のあまりか、口調がにぱにぱ口調ではなく、大人びたものになってしまっている。
そして、それを言われる俺も動揺してしまう。いきなり何を言い出すんだ!
「え、いや、その、それは……」
「や、やっぱり、私なんかと一緒は圭一も嫌よね……」
落ち込んだ顔を見せる梨花ちゃん。なんでこんな流れになってしまったのか全く分からないのだが、とにかく梨花ちゃんを悲しませるのはダメだ! それはあの6月の戦いで誓った事だ! 羽入を失った梨花ちゃんをさらに悲しませるなんて、そんな事は!
「い、いや、俺はどっちかと言うと……う、嬉しい、けど……」
「そう?」
「あ、ああ……」
顔を上げて、梨花ちゃんにジッと見られる。うう、いつもの子供っぽい表情ではなく、大人びた表情でこう視線をそそがれると元々、女の子に耐性の低い俺は勘違いしてしまいそうになる。梨花ちゃん、うら若い乙女が、男を勘違いさせるようなしぐさをしちゃダメだぜ。
「は、はううぅぅ~! 今の梨花ちゃん、すっごく、かぁいい~! お持ち帰りした~い!」
なんてやっているとレナまで顔を真っ赤にし出した。もはや、この場で普段通りなのはうちのお袋だけである。
何が何なのか、分からなくなってきた。
「カレーにらっきょうって凄く合うよな。古典的だけど、好きなんだよ、これ」
「圭一、現実逃避は良くないって教えたでしょう」
く、話題を食卓に載っているカレーの方にそらして無理やり乗り切ろうとしたが、ダメか!
しかし、なんだかよく分からなくなった雰囲気であるが、とりあえず食事は進めようと言う流れになる。
「流石はレナと圭一のお母さんなのです。このカレー、すっごく美味しいのです」
「カレーは腕前がダイレクトに繁栄される料理って言うからな。流石はレナだぜ」
「むぅ……」
あれ、上手い具合に話題をそらせたと思ったのに梨花ちゃんから不服そうな目で見られる。なんでだ?
「今度はボクのカレーも圭一にご馳走するのです」
「せっかくだから魅ぃちゃんや沙都子ちゃんにも作って貰って、圭一くんに食べ比べしてもらおうか?」
「望む所なのです、レナ」
またよく分からない方向に話が進んでいる気がする。危機感を覚えてお袋の方を見る俺であるが。
「ふふ、ホントにあんたも隅に置けないわね、圭一」
お袋は不敵に微笑むだけであった。