夏休みも最終日。明日からは二学期が始まる。
そんな時、私たちは沙都子と詩音と一緒に悟史のお見舞いに行く事にした。私たちと言ったように私だけではなく、圭一やレナ、魅音も一緒だ。みんなで悟史のお見舞いに行く。
「皆さんに来ていただければにぃにぃも嬉しいと思いますわ」
沙都子は笑顔で皆を歓迎していた。
「悟史とは一回会っただけだからな。また会いたいと思っていたんだ」
「レナも悟史くんと会うのは久しぶりだな」
圭一とレナも笑顔でそんな沙都子に応える。
「お姉も久しぶりですよね?」
「そうだね、詩音。あんたはちょくちょく足しげく通っているみたいだけど、通い妻のつもり?」
「そりゃあ、勿論」
魅音のからかいの言葉に驚く様子もなく笑顔で肯定する詩音。詩音の悟史への思いは疑う余地のない所ね。
かつての世界ではその思いが暴走して惨劇を招く事もあったけど、詩音が悟史を思う気持ちは本物だろう。
こうして惨劇を乗り越えた後では沙都子と共に悟史を支える大きな存在として、悟史の社会復帰の助けになってくれているはずだ。
「これは皆さん、お揃いで」
「みぃ、入江。迷惑ではなかったですか?」
「とんでもありませんよ。悟史くんも喜ぶと思います」
入江診療所に入ると入江が私たちを出迎えて、悟史の部屋まで案内してくれる。今日はまだリハビリが始まる前のようだ。
部屋に入るとベッドで体を起こしている悟史がいた。突然の大勢での来訪にも関わらず笑顔で悟史はいてくれた。
「わぁ。沙都子に詩音だけじゃなく魅音にレナ。梨花ちゃんに圭一まで……」
「いよう! 悟史。元気にしているか!」
あまり悟史と会った事がないのに、昔からの知り合いのような調子で圭一が気軽に挨拶をする。
「圭ちゃん馴れ馴れしいよ」
「いいんだよ、魅音。僕としても遠慮されない方が嬉しい」
魅音が苦言を呈するが、悟史は笑顔で圭一を見返す。
「悟史くん。リハビリは順調かな、かな?」
「うん、レナ。だいぶ体力も筋力も戻って来た。この分だと二学期中には学校に復帰出来そうだ」
「それは良かったです!」
レナの問い掛けに答えた悟史に詩音が嬉しそうな声を出す。詩音としても悲願の事であろう。悟史が再び学校に通えるようになるというのは。
そこに辿り着くまでに随分、長い時間をかけてしまった事を私は知っている。本当に、本当に長い時間だった。
「みぃ、良かったのです、悟史」
私は万感の思いを込めてその言葉をかける。その意図が分かるのは圭一だけだろうけど。悟史は私に対しても微笑んでくれた。
「ありがとう、梨花ちゃん。僕も本当に長い事かかったような気がするんだ。物凄く長く、ね」
「にぃにぃは大袈裟なのですわ。確かに一年は長いですけれども……」
「あはは、ごめん。沙都子」
沙都子と悟史の関係も一年前、悟史が失踪する前と変わらない。少し抜けた所のある兄としっかりものの妹。それでも兄は妹の事を大事に思って、何よりも大切に守り抜こうとしている。
「悟史が学校に通うようになれば部活も盛り上がるぜ!」
圭一がそんな事を言う。彼にしてみればまだ実力も知らぬライバルの登場は闘志が燃えたつ所だろう。
「あはは、魅音の部活か。懐かしいね」
「今は学校中の皆さんが部員になっておりますのよ、にぃにぃ。それはもう盛り上がる事で」
「それは凄いね」
微かに驚いたように悟史は言う。
「病み上がりでも手加減するような奴は部活にはいないからね。勿論、下級生たちも」
警告するように魅音が不敵に笑う。これにも悟史は微笑を返した。
「それは大変だ」
「俺としちゃあ、未知の強敵の悟史と戦える事が楽しみだぜ」
「そんな未知の敵だなんて。僕はそんなに凄くないよ」
どうだろうか、と私は思う。悟史が部活に参加していた期間はそう長くはないが、なかなか油断出来ない所があったように思える。おっとりした顔でグサリと刺して来る。そんなプレイングを見せる事がある。
「そう言う人の方が怖いものなのです」
「そうだね、梨花ちゃん」
「梨花ちゃんもレナもそんな事言って……僕は本当に大した事なんてないから……」
私のレナの言葉に困惑した様子の悟史。本心からの困惑のようだが、そんな兄に沙都子がため息を漏らす。
「もう、にぃにぃ。だらしない事を仰らないでくださいませ。全員、なぎ倒してやるぜ! くらいの気構えでいてくれませんと妹としても困りますわ」
「そんな事、言われても……むぅ」
いつもの悟史の口癖が出る。こうして聞けるのも久しぶりの事だ。それだけで悟史がいる日常が帰って来るという実感が湧く。
なんにせよ、昭和58年の二学期か。ここに来るまで本当に、本当に長かった。圭一がいてくれたおかげで惨劇を乗り越えてここに辿り着く事が出来た。ここから先の私の歩みはこれまでになかった未知の道。それでもしっかり歩んでいこうと思う。
(思えばそれが当たり前なんだけどね)
先の事が分かっている。一度歩んだ道をもう一度、歩む。そちらの方がおかしい事だったのだ。それが正常に戻っただけの事。
「また悟史と一緒に学校で勉強出来るのを楽しみにしているのです」
その思いを込めて私はそう言う。悟史は微笑んだ。
「僕も早く学校に復帰したいとは思うよ。そのためにもリハビリを頑張らないとね」
「おう! 頑張れ、悟史。俺たちはいつでもお前を迎える準備は整っているぜ!」
やはり長年の友人のように圭一が悟史に声をかける。全くタイプの違う二人だけどやはり意外とウマが合うのかもしれない。そういう方が。
「圭ちゃん。悟史くんは繊細なんです。自分と同じだとは思わないでください」
「まるで俺が繊細じゃないみたいな言い方だな、詩音」
「そう思ってますけど」
「なんだと!」
いきり立つ圭一にその場の圭一以外の面々が思わず笑みをこぼす。圭一が繊細はないわね。やっぱり。
「みんな、圭一に悪いよ」
そう言う悟史も笑っている。圭一は納得のいかないような顔をしていたが、すぐに元の調子に戻る。良くも悪くも何事も気にしないのが圭一だ。
「二学期が楽しみだな。なんにしても」
圭一のその言葉には全面的に同意であった。だが、気になる事もある。
「みぃ。悟史は退院したら、北条の家に住むのですか?」
その事だ。悟史は退院したら、沙都子と共に北条の家に戻ってしまうのではないだろうか。今の私と沙都子の家で一緒に悟史とも暮らすというのは現実的ではない気がする。かといって、私一人取り残されるのもそれはそれで悲しい。
「そうだね……」
「梨花……」
そんな私の複雑な思いを察してか、悟史と沙都子が表情を曇らせる。だが、その末に悟史はハッキリと言った。
「北条の家に戻ろうと思っている」
それは予想していた事。覚悟していた事。沙都子と私の共同生活は悟史がいなくなったという異常事態があったから成り立っていたのだ。その異常事態が長く続き過ぎていたからそちらの方が当たり前だと思っていただけで本来はおかしい事なのだ。私と沙都子の二人だけであのボロ小屋で暮らすというのは。
分かってはいたが……。
「そうなの、ですか……」
気落ちした声を抑える事は出来なかった。そんな私を気遣うようにみんな黙り込む。
「梨花。梨花もわたくしたちと一緒に北条の家で暮らすというのはどうですの?」
そこに沙都子が提案する。それなら私一人で寂しい思いをする事はないのだが、それもどうなのだろう。
「みぃ、ありがとうなのです、沙都子。でも、これに関してはボクもよく考えてみようと思うのですよ」
「そうです事……まぁ、無理強いはしませんわ」
沙都子もデリケートな問題だと分かっているのだろう。そこで強く押して来る事はなかった。
悟史の帰還。それがあれば環境は激変する。分かっていた事なのだが、改めて昭和58年の6月という時期を長く過ごしてその環境に慣れ過ぎてしまった我が身を実感するのであった。