「ぐわーはっはっは! 今日の部活は俺の快勝だな!」
教室中に圭一の勝利の雄叫びが響き渡った。本日の部活も従来の部活メンバーに加えて、富田・岡村を始めとした生徒たちも参加しての大規模なものだったが、ここで圭一は圧倒的な強さを発揮。富田・岡村たちは元より私たちでさえ寄せ付けない強さで見事一位に輝いた所だった。
「はぅ~、圭一くん、凄いね~」
レナが感心したように言うがそう言うレナもベスト5には入っている。悪くない順位だ。ちなみに2位は沙都子。彼女も好調のようだ。3位は私、と言いたいが富田・岡村コンビが意外な奮闘を見せて3位、4位を取り、レナが5位。私は6位に収まっている。
私たちのことを知る者ならここで誰かの名前がないとおかしく思う所であろう。そのその名前の主とは圭一に今でこそ部長の座を譲ったもののかつてはこの部活の部長を務めていた者。
「うう……なんかおじさん最近調子悪いんだよねー……」
魅音らしからぬ弱気な口調で魅音は言い放つ。一応、ベスト10には食い込んでいるものの、彼女の実力を思えば低い順位と言わざるを得ない。そこいらの生徒たちにも後れを取るとは魅音らしくない。
「どうしたのですか、魅ぃ。体調でも悪いのですか?」
「いや、体調は悪くないんだけどね……ありがと、梨花ちゃん。心配してくれて」
「うーむ、魅音。そんな調子じゃダメだぞ。勉強にも身が入っていないみたいだし、もう少し気を引き締めないと」
私の言葉に苦笑いした魅音に圭一が発破をかける事を言う。これで普段なら何を~、と噛み付いて来るのが魅音なのだが。
「……あはは、そうだね。おじさんも、もっとしっかりしないと……」
なんと逆にふさぎ込んでしまった。これは魅音らしくない。私は瞬時にレナと沙都子とアイコンタクトを交わす。
「どうしたの魅ぃちゃん。元気ないよ?」
「受験勉強疲れですか? それにしても魅音さんらしくありませんわ。覇気が足りませんわよ」
「うーん、勉強疲れかなぁ……ここの所、せっかく圭ちゃんに教えて貰っているのに勉強の方がなかなか上手くいかなくてねぇ……」
やはりその事か。圭一が私と沙都子の家に来た時に語った通りだ。魅音の受験勉強はどうやら順調とは言い難いようだ。それを圭一も気に病んでいた。
「う~む。ここは今日は徹底的に勉強しないとな。魅音。罰ゲームが終わったら図書館に……」
「あー、圭ちゃん、ごめん。今日はパス。罰ゲームはしっかりやるけど、勉強の方は家で一人でやるよ」
「む? そ、そうか……?」
魅音らしからぬ覇気のない物言いに圭一も困惑している。どうやら本気で悩んでいるようだ。しばらくそっとしておいた方がいいのかもしれない。魅音だって人間だ。調子が悪い時だってあるだろう。
それから6位以下の参加者たちには罰ゲームが施された。私はギリギリで罰ゲーム免除から外れて罰ゲームを受ける羽目になった。くじ引きで引き当てた私の罰ゲーム内容は1位の人にアイスクリームをあ~ん、で食べさせてあげる、だ。
「くぅぅ、圭一さん、羨ましいです」
1位の人というと圭一になる。私は胸が高鳴るのを堪えて圭一を羨ましそうな目で見る岡村の声を聞いた。
「悪いな、傑。梨花ちゃんからのご褒美は俺がいただきだぜ」
岡村が私に寄せている思いを知っている圭一が勝ち誇ったかのように言う。これは別に私に食べさせてもらうのが嬉しいという事ではないのだろうな。少しへこむ。
余談だが、従来の部活メンバー以外の生徒一同の部活への入部試験以降、圭一と富田・岡村コンビはお互いを下の名前で呼ぶようになっている。何故かと訊ねた私に友としての証だ、と圭一は語ったっけ。
「に、二位の人が三位の人に食べさせてあげる罰ゲームはないんですか!?」
「なんでわたくしが自分より下位の人にそんな事をしてあげないといけませんの!」
沙都子萌えの富田が無茶苦茶な提案をして、沙都子に速攻で却下される。逆ならともかく上位の人間が、下位の人間に奉仕するなど部活のルールから言って論外だ。沙都子は富田なんかには食べさせてもらいたくないだろうけど。
「それより梨花。チャンスですわよ」
私の傍に寄って沙都子が囁く。チャンス? と私はオウム返しで沙都子に訊き返す。
「今日が圭一さんが魅音さんとお勉強に行かれませんのでしたら、監督の所に行ってメイド服姿を見せる絶好の機会ではありませんこと?」
「あ、そ、それもそうなのです……!」
そう言えばそうだ。圭一の部活の後の予定がフリーなら入江診療所に誘って、入江が見繕ってくれたメイド服姿を見せる絶好の機会ではないか。
私は意を決して圭一に声をかける。
「け、圭一……」
「ん、なんだ、梨花ちゃん。罰ゲームか?」
「そ、それは勿論、やりますが、少し用事があるのです」
「俺に用事?」
圭一はキョトンとした顔になり、その後、真剣な顔つきになる。
「また羽入の事か?」
声を潜めてそう言う。この真剣な声音、表情。普段はふざけているけど真面目な時にはとことん真面目になる。そういう所が圭一の良い所だ。だが、今回は羽入の事ではない。
「い、いえ、そうではないのですが……入江診療所まで来て欲しいのです」
「監督の所に? まぁ、いいけど」
呼ばれた理由に心当たりがないのだろう。圭一は不思議そうにしながらも頷いてくれた。密かに私は胸を撫で下ろす。とりあえず第一関門はクリア、か。
「俺は体に悪い所なんてないぞ」
「頭の中身が悪いのですわ」
「なんだとっ、言ったな、沙都子っ」
さりげに毒舌を挟んだ沙都子が教室を逃げ回るが、圭一はそれを難なく捕まえて頭にグリグリ攻撃を繰り出す。「痛いですわ!」と沙都子が悲鳴を上げるが、圭一は構わない。
いいなぁ、と少し沙都子を見ていて思う。あそこまで遠慮のない行動は圭一は私には取ってくれない。なんだかんだで良くも悪くも一歩引かれている所がある。お姫様扱いというか。あまり安易に手を出してはいけない雰囲気というか。そういうキャラでこの100年、通して来たのだから仕方がないのだけど。
「あはは、圭一くんと沙都子ちゃん、仲がいいね」
「全くなのです」
レナの笑い声に心底同意する。圭一にとっても沙都子は妹のようなものだろう。詩音のように猫可愛がりはしないが、そのあたりの加減が沙都子にとっても心地良いのかもしれない。沙都子にとっても圭一は失踪していた悟史の代わりの兄として見ている所があった。悟史の所在が知れて、目覚めた今でも急に圭一を慕う心が消える訳ではない。
ズキリ、と。何故だが、私の胸が痛んだ。
「みぃ、圭一、いつまでも沙都子とにゃんにゃんしていないで入江の所に行くのです」
「にゃ、にゃんにゃんなんてしてないぞ!?」
「そうですわよ、梨花! 何を変な事を申しておりますの!?」
私の言葉に二人は顔を真っ赤にして反論して来る。それを見てレナがクスクス笑っていたが、魅音の方は相変わらず元気が無さそうだ。うーん。魅音も上手く立ち直ってくれるといいんだけどね……。そう思っていると魅音が笑顔を見せた。
「あはは、圭ちゃん。梨花ちゃんからのせっかくのデートのお誘いなんだから早く支度してあげなよ」
デート!? 今度は私の顔が赤くなる番だったが、幸いにしてそれは圭一たちには見られていなかったようだ。
「魅音さん、わたくしも一緒に行くのですわ」
「あ、そうなんだ? じゃあ、真面目な話かな?」
「真面目……という訳ではございませんけど……」
魅音に問われ、沙都子が答えに詰まる。確かに真面目と言うにはあまりにも、だ。
「両手に花だね、圭一くん」
「梨『花』ちゃんだけに、か?」
レナのからかいの言葉に返した圭一の寒い親父ギャグに場が凍り付く。
「け、圭一くん。案外、笑いのセンスがないね……」
「うーん、おじさんも今のはないと思うね~」
「圭一さん、親父臭いですわよ」
「圭一、残念なのです」
「お、お前らなぁ! ってか、沙都子! 誰が親父臭いだ! 俺はまだ花の中学二年生だ!」
圭一の叫び声が教室に響き渡る。私たちだけではなく、他の生徒たちも笑いをこぼす。圭一は納得のいかない顔をしていた。
とりあえず、圭一を入江診療所に呼ぶ事は成功。後は、ここからね。