原作だと独り身にも思える描写なのに
長かった夏休みも終わり、ついに二学期が始まった。
昭和58年小学五年生の二学期。
ここに辿り着くために私はどれだけの時間をかけたのか。それを考えれば感慨深くもなるというものだ。
「ふあ~あ、おはようなのです、沙都子」
布団から出て、同居人に挨拶をするも、返事なし。あれ? と思ったものの、やや遅れて、もう今では沙都子はこの家に住んでいない事を思い起こす。
(北条の家に帰ったんだったわね……)
悟史が車椅子生活ながら入江診療所を無事退院した事で沙都子と悟史は二人で北条家の家の方に住む事になった。私も一緒に住まないかと誘われたのだが、私の戸籍上の保護者は喜一郎である事の問題やその他、私個人の心の整理が付いていない事もあり、考えさせてほしいと返答を先延ばしにしていた。
余談だが、北条家で沙都子と悟史が暮らすに当たって、まずはみんなで北条家の大掃除から始めた。この世界では四年目の祟り以来、北条家に暮らす者はおらず、鉄平は帰って来たものの、すぐに圭一の活躍で撃退出来てしまったため北条家は未だに埃を被っていて、とても住めたものではなかったからだ。
悟史は面目無さそうな顔をしていたが、仲間のためならこれくらいはやる。私たちは手分けして北条家の大掃除と片付けを始めた。案の定、圭一はあまり役に立たず、レナなどは大活躍だったのであるが。
悟史はしばらくは車椅子生活で入江の所に通ってリハビリも引き続き行うようだが、北条家は車椅子で暮らせるような作りには出来ていない。当然、家での生活には介護が必要となるのだが、そこは詩音が葛西に命じて、園崎の若い衆にやらせる手配をしたようだ。悟史にとっても沙都子にとっても園崎の面々とは因縁浅からぬ仲であるが、これも北条と園崎の和解の証として、園崎の手を借りながら、悟史には体を万全にまで治して欲しいものだ。
(とはいえ……)
すっかり静かになってしまった我が家を見つめる。小さなボロ屋であるが、小学生が一人で住む分にはこれでもまだ広いと感じてしまう。なんだかんだで沙都子は騒がしいヤツだったが、おかげで気分的に救われていた所があったのだと今更知る事になった。それは羽入も同じであるが。
(私もどうするか、ね)
難しい事なので考えるのを先延ばしにしているが、いずれは決断しなければいけない。沙都子が出て行った今、このボロ屋に住み続ける事の意義は薄い。
順当にいけばやはり今の公的な私の保護者である喜一郎の公由家に住むか、あるいは古手の本宅に戻るといった選択肢だろう。その二つならどちらを選んでも何も言われる事はないはずだ。
(ああ見えて結構家族が多いのよね喜一郎は)
そこに私が割って入るというのはやや気が引けてしまう所がある。かといって古手の本宅は本宅で、嫌でも三年目の祟りで犠牲になってしまった……山狗に殺されてしまった両親の事を思い出してしまい辛い場所である。
じゃあ、どうするのか、という話であるが、やはり今の私にはまだ分からない。
(とりあえずお弁当作りましょ。遅刻なんて出来ないしね)
手を動かしていればしばらくは何も考えないで済む。私はパジャマから制服に着替えると台所に立つのであった。
そうして、登校を開始する。いつもは、いや、これまでは沙都子と二人での登校だったが、今では一人だ。一人での登校など何十年ぶりになるか。四年目の祟り以前の月日まで時間を遡れた時にまだ沙都子と一緒に暮らしていない時期を最後に経験したのもどれくらい前の世界になるのか、もう覚えてはいなかった。
(沙都子と悟史は大丈夫かしら。沙都子はしっかり者だけど、悟史の体が万全じゃないから少し心配ね)
そう考えた私は登校コースを外れて北条家の方へと足を向けた。すると奥から三人の人影がやって来た。一人は沙都子。もう一人は車椅子の悟史。そして、悟史の車椅子を押している詩音だ。
「あら。はろろ~ん。梨花ちゃまじゃありませんか」
「梨花ぁ? こっちの方まで来て、どうしたんですの?」
「みぃ。沙都子たちの事が心配になったのです」
別に嘘をつく必要はないので真実を話す。それより詩音が何故、悟史の登校に付き添っているのかという事の方が気になる。
「詩ぃは学校はいいのですか?」
「ああ、ウチの学校ですか? 構いませんよ。悟史くんの方が大切です」
「みぃ。悟史は愛されているのです」
「あはは。時々、愛が重く感じるけどね」
悟史は苦笑いする。悟史の車椅子を押す、詩音の姿はこれでもかと言うくらいサマになっているものであった。
「悟史は早くも学校復帰なのですね」
「監督には実はまだ止められているんだけどね。僕としてはなるべく早く復帰したかったんだ」
「にぃにぃは一年間眠っていたので勉強も出来ておりませんでしょう? わたくしが教えてあげますわ」
北条兄妹がそう言って笑う。とりあえず、兄妹仲の良さは私の記憶にある通り、変わらないようで一安心。
私も三人に加わり、四人で雛見沢分校に行く。そこの昇降口で困った事があった。北条の家がそうであるようにこの分校も車椅子の人間が通う事を前提として出来てはいない。階段をどう昇るか、だ。
「私が車椅子を持ち上げれば……」
「詩ぃ。それは危険なのです。圭一や魅ぃがもう来ていると思うのでボクが呼んで来るのですよ」
いくら詩音でも悟史の体重+車椅子の重量は厳しいだろう。こういう時こそ男手が必要な場面だ。圭一と魅音にも手伝ってもらって、三人で持ち上げれば二階まで運べるだろう。
「おっしゃ、任せろ、梨花ちゃん」
「おじさんも一肌脱ぐよ!」
圭一たちはやはりもう教室にいた。私が事情を説明すると快く引き受けてくれて昇降口まで来る。そして、詩音と三人で悟史の車椅子を持ち上げ、二階に運ぶ。
「ごめんね。詩音、魅音。それに……圭一」
「気にするなって、悟史。困った時はお互い様だ!」
申し訳なさそうな悟史に快活な表情を返す圭一。サバサバしているのは彼の美点である。多少、物事にこだわらなさすぎるきらいはあるが。
「悟史くん、おはよう」
レナが満面の笑みで挨拶をする。傍から見ればなんてことのないただの挨拶。ただ、このためにどれだけの時間と労力が費やされてきたのか、私には分かる。圭一にも少しは分かっているかもしれないけど。
「完全復帰とはいかねぇみたいだが、悟史も晴れて学校に通えるようになったんだし、ますます盛り上がるな」
「あまり熱くならないでくださいよ、圭ちゃん。ただでさえ夏で暑いんですから」
「うるせー、詩音。俺の暑さは夏の嫌らしい暑さと違って、燃え滾るマグマのように苛烈なものなんだよ」
「そのマグマで自分の家を焼いてしまいかねないのが圭一さんですわね」
「なんだと、沙都子!」
うがー、と圭一が沙都子を追いかけまわす。捕まりませんわ、とばかりに沙都子は逃げ回る。そんな様子を見て、悟史は笑った。
「あはは、圭一はいつもこんな感じなのかい」
「そうだね、悟史。圭ちゃんはいつもこんなノリだよ」
「こんなノリなのです」
「それは……微笑ましいね。楽しい学校生活になりそうだ」
悟史も圭一の学校での振る舞いに好感を持ったようだ。
「圭一と一緒だと飽きがこないのですよ。悟史も楽しい学校生活が送れると思いますです」
「きっとそうだね」
穏やかに笑みを浮かべる悟史。やはり圭一とは同い年の男子でもタイプが全く異なると思うが、どこかに似通った面を見出してしまうのが不思議であった。
沙都子の方もそのあたりを見抜いて圭一を兄のように慕う世界もあったのだし、悟史とも上手くやっていくだろう。
自分で言った言葉だが、ますます楽しい学校生活を送れそうだ。